人文学プログラム 朝鮮の歴史と社会 近世近代
本書は、放送大学大学院開講「朝鮮の歴史と社会─近世近代 (’20)」の印刷教材である。須川英徳氏 (放送大学) を編著者とし (高麗~朝鮮後期担当)、本学の月脚達彦 (近代移行期担当)、三ツ井崇 (日本植民地期担当) の両教員が執筆陣として加わっている。
本書の大きな特徴は、国際的契機への注目、ナショナリズムの相対化、「文化史」などの新しい方法・視角を通して、一国史的で西洋中心的な理論的枠組みに基づく固定化した従来の朝鮮史のとらえ方を見直そうとする点にある。須川は、近代における資本主義の成立を絶対的な基準とし、それに至る階梯を説明するような形ではなく、世界的な交易圏の広がりとそれに積極的あるいは消極的につながっている時代として、17世紀以降 (朝鮮後期) を朝鮮の「近世」と措定した。そして、その朝鮮後期を理解すべく、その前段階の高麗および朝鮮前期の時代の歴史と社会について整理する (第2~7章)。
月脚は、近代移行期の朝鮮の政治史・政治思想史を、東アジア世界との関連で位置づけることによって、一国史的で近代主義的な朝鮮近代史の捉え方を批判した。第一に、近世の中国中心の東アジア国際秩序とのかかわりのなかで19世紀後半の朝鮮の開国を検討し、朝鮮の欧米諸国への開国は日本のそれとは異なる意味を持っていることを論じた (第8章)。第二に、1880年代の東アジア国際秩序の変容のなかに朝鮮の開国・開化政策の推移を位置づけることによって、日本のそれと異なる朝鮮の近代世界への対応の様相を論じた (第9章)。第三に、日清戦争後の近世的な東アジア国際秩序の解体という状況における朝鮮のナショナリズムの形成と展開について、日本の対韓政策の推移との関連で論じた (第10章)。
三ツ井が担当する植民地期朝鮮については、第一に、朝鮮内での動向と日本・他の植民地との構造的連関という観点から、日本「帝国」史という観点から植民地朝鮮を位置づけた (第11章)。第二に、政治や経済といったメジャーな領域ではなく、「文化」という切り口から日本語/日本文化と朝鮮語/朝鮮文化の間の緊張関係について論じた (第12章)。第三に、植民地期朝鮮史における「近代化」・「近代性」の理解をめぐる論争を整理し、「近代」を相対化して植民地期朝鮮社会を分析する試みについて提示した (第13章)。「近代的なるもの」の受容/普及のアンバランスさ、「近代」の主体の競合と対立、「近代性」が持つ限界、「抵抗」と「協力」の二分法が持つ限界などについて指摘した。
また、本書の特徴は、各時代を研究する上での史料状況に関する紹介や利用上の注意について解説しているほか (第14章)、各時代を分析するための注意点について具体的に解説している点 (第15章) である。大学院科目向けの内容ではあるが、学部生の学習に向けても十分助けとなる記述である。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 月脚 達彦、三ツ井 崇 / 2022)
本の目次
2.高麗における中央集権化と科挙(須川英徳)
3.高麗から朝鮮へ(須川英徳)
4.朝鮮時代の社会と人々(須川英徳)
5.朝鮮時代の社会と経済(須川英徳)
6.17・18世紀の朝鮮社会(須川英徳)
7.19世紀朝鮮の社会危機(須川英徳)
8.東アジア世界の変容と朝鮮(月脚達彦)
9.1880年代の東アジアにおける朝鮮の開国・開化(月脚達彦)
10.日清・日露戦争と朝鮮のナショナリズム(月脚達彦)
11.日本「帝国」の中の植民地朝鮮(三ツ井崇)
12.植民地支配と文化(三ツ井崇)
13.植民地期朝鮮における「近代」(三ツ井崇)
14.韓国・朝鮮の歴史を研究するための史料について(須川英徳・月脚達彦・三ツ井崇)
15.韓国・朝鮮の歴史と社会について研究するために(須川英徳・月脚達彦・三ツ井崇)