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白い表紙、延暦寺の写真

書籍名

再生する延暦寺の建築 信長焼き討ち後の伽藍復興

著者名

海野 聡

判型など

316ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2022年12月23日

ISBN コード

9784642016681

出版社

吉川弘文館

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再生する延暦寺の建築

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比叡山延暦寺は言わずと知れた天台宗の総本山で、織田信長により焼き討ちされ、伽藍の大部分を失ったことはよく知られている。一方で延暦寺の研究は古代における伽藍の形成や多宝塔などの密教特有の建築の形式、礼堂建築の付加など、建築史の分野でも焼き討ち以前に偏っており、焼き討ち後の延暦寺は看過されてきた。本書は筆者を中心に全山の建造物を実地調査した『比叡山延暦寺建造物総合調査報告書』(比叡山延暦寺、2013年、海野聡編) の内容をもとに、焼き討ち後の伽藍復興に着目し、延暦寺における建築の継承のあり方や現在に至る伽藍形成を論じ、近世の天台宗寺院の解特質を明らかにしたものである。
 
大陸の諸国に比べ、海に囲まれた日本は人為的な破壊はそれほど多くないが、延暦寺の焼き討ちからの復興は、戦乱に端を発した破壊と再生の様相を示す数少ない事例である。復興では、経済的な課題に加えて、材料供給、工匠の確保などの基盤構築が求められる。加えて、とくに復興時には開創当初とは社会状況が異なり、経済基盤や援助に苦労することも多い。延暦寺にとっても、信長による比叡山の焼き討ちからの復興は大規模であり、大きな転換点でもあった。
 
その一方で、こうした社会状況は復興の方法にも影響を与えており、一時的な投資による急速な再興ではなく、長時間をかけて緩やかな再生を遂げた。伽藍復興における再生は、伽藍の持続的な継承とも位置付けられ、長期間にわたったがゆえに、単に復旧するのではなく、復興へと結びついた。延暦寺の破壊と再生は、復興における計画性、伽藍の長期的な変化などの視座に富んでおり、長期の伽藍の継承の方法を示しており、いわば「受け継ぐ建築史」なのである。その復興では、最も重要な堂宇である根本中堂のように、一定の規範を意識しながら平面規模を踏襲して再建されるものも多い。ただし、その根本中堂であっても、その規範は必ずしも創建当初とは限らず、元々三棟であった文殊堂、薬師堂、経蔵を円珍が一つにまとめ、良源が拡大した形式が規範となっている。規範は変容するのだ。
 
規範の継承と変容は延暦寺に限ったものではなく、日吉社の焼き討ち後の再生では、仏教施設を排除することで新たな境内を生み出している。すなわち前近代の寺社は規範を変容しながら、緩やかな変化を許容しつつ、受け継がれてきたのであり、延暦寺の再生にはその要素が詰まっているのである。この「規範」と「古建築を受け継ぐ」という課題は今後も継続して検討を深めていきたい。
 

(紹介文執筆者: 工学系研究科 准教授 海野 聡 / 2023)

本の目次

序章 焼き討ち後の延暦寺の伽藍復興の意義
 
第I部 比叡山の地勢と歴史
 第一章 延暦寺の開創と伽藍の形成
 第二章 比叡山の地勢と三塔十六谷の構成
 第三章 元亀の焼き討ちの背景と伽藍復興
 
第II部 焼き討ち以降の延暦寺の復興
 第一章 豊臣政権における焼き討ちからの復興
 第二章 家康・家光による復興と寛永寺の開創
 第三章 綱吉期における寺社復興と延暦寺
 第四章 廃仏毀釈と近代以降の伽藍復興
 
第III部 延暦寺建築の特質
 第一章 延暦寺の現存仏堂の構成と特質
 第二章 延暦寺の廟所建築の特質
 第三章 特殊な建築構造と組物─延暦寺型鐘楼と雲形肘木
 第四章 山内復興における資源循環
 第五章 指図にみえる計画と現存建築にみる実態
 
終章 破壊と再生を通した継承の建築史へ

関連情報

書評:
衣川仁 評「“復興”が示す数多の問いと仕掛け――業績重圧の学術界にも一石投じる労作」 (『週刊読書人』 2023年3月10日) 
https://repo.lib.tokushima-u.ac.jp/ja/118110
 
関連記事:
「木材の価値 修復で再認識 (東京大学 海野聡准教授)」 (読売新聞オンライン 2023年7月1日)
https://www.yomiuri.co.jp/local/kansai/feature/CO036741/20230703-OYTAT50034/

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