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緑と白の表紙

書籍名

旧石器社会の人類生態学

著者名

森先 一貴

判型など

298ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2022年5月31日

ISBN コード

9784886218858

出版社

同成社

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旧石器社会の人類生態学

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更新世のおわり、現生人類 (ホモ・サピエンス) は南極を除く五大陸に拡散した。この拡散過程に関する理解は考古学・人類学・遺伝学的な研究の進展を受けて近年大きく前進し、その時期やルートの複雑な実態が明らかになるとともに、なぜ現生人類だけが地球上の多様な環境に適応できたのかについて研究が進められている。やがてこの過程で、我々の祖先はアジア東縁に浮かぶ日本列島に到来した。日本列島で現生人類が築いた最初の時代を後期旧石器時代 (3.9~1.6万年前) とよぶ。これ以前の人類活動については、列島内に存在するかどうかも含めて議論がある一方、後期旧石器時代には正確な年代的位置づけをもつ遺跡数が急増し、その存在を疑うものはいない。日本列島人類史の幕開けと呼ぶにふさわしいのは、この時期である。
 
このように、国際的な議論の場では、考古学はさまざまな関連学問と連携しながら研究を進めるのが通常である。ところが20世紀の日本の旧石器時代研究は、石器の技術や形態の時間的・空間的変化を復元しようとする文化史的考古学が主流であった。しかし、この伝統的手法と日本旧石器考古学の閉鎖性が、2000年の前・中期旧石器時代遺跡捏造問題の原因のひとつであったと言わざるを得ない。このとき以来、日本旧石器考古学は第四紀学の一員としての自覚をもった再出発を期すこととなった。人類学、遺伝学や、古気候学・地質学・古生物学など地球惑星科学諸分野と連携した再体系化が図られようとしている。
 
なによりもまず、私たちはグローバルな問題意識を共有し、国内のガラパゴス化した過去の研究関心・手法と訣別せねばならない。本書はこうした目標のもと上梓した。日本列島の後期旧石器時代史を、伝統的な枠組みから解放し、人類生態系 (human ecosystem) の歴史として捉え直す試みである。人類生態系とは、考古資料から人類の活動を解明するだけでなく、これを過去の動物・植物・地形景観及びそれらを変貌させる気候変動とシステム的に捉えようとする理論的枠組みであり、過去の方法論とは本質的に異なる研究体系である。訣別はさらに低次の研究手法においても進められねばならない。これまでの研究思考の歴史を振り返りながら、やや初歩的と思われるような研究上のテクニカルタームの整理、分析手法と解釈の理論的枠組みもあえて本書に収めた。
 
本書一冊でこれらの目標を果たすには到底至らない。本書では、日本列島各地 (東北・関東・東海・九州) の地質・考古編年を放射性炭素年代から高精度化し、石器技術と居住形態研究によって人類活動を復元したものを、気候・環境研究と統合して地域多様な人類生態系の変遷と背景を考察し、それが縄文時代の始まりとともにどのように姿をかえたのかを論じたにとどまる。日本の旧石器考古学は再出発以降、新たなあゆみをはじめてまだ間もないが、その先にはグローバルな問題意識と自由な発想のもと、さまざまな学問が共創する新たな沃野が広がるにちがいない。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 森先 一貴 / 2023)

本の目次

序章 地域研究と広域研究の総合にむけて
1. 本研究の目的と対象範囲
2. 本書の構成
 
第1章 日本旧石器時代研究における思考の歴史
1. 思考の推移
2. 示準石器を中心とした編年研究
3. 石器文化論による文化史的考古学
4. 機能・システム・構造と二項論理の視点
5. コンテクストの拡張
 
第2章 研究の方法
1. 方法的枠組みの基本的な考え方
2. 石器技術の階層
3. 居住・生業形態の階層
4. 社会戦略の階層
5. 想像界と象徴界
 
第3章 気候変動と資源構造の変化
1. 気候変動と海水準変動
2. 動植物相と資源構造の変化
3. 資源構造の変化と時期区分
 
第4章 後期旧石器時代前葉
1. 後期旧石器時代開始期の理解について
2. 熊本県石の本遺跡群8区の再評価
3. 後期旧石器時代の開始と石刃技術の展開
4. 後期旧石器時代前葉の地域史
 
第5章 後期旧石器時代中葉
1. 地域編年
2. 年代研究の進展と編年の検証
3. 後期旧石器時代中葉の地域史
 
第6章 後期旧石器時代後葉から縄文時代草創期
1. 旧石器時代の終焉と縄文時代の開始に関する論点
2. 後期旧石器時代後葉から縄文時代草創期の年代観
3. 神子柴遺跡の形成
4. 縄文化の諸戦略
 
終章 日本列島後期旧石器時代の社会と生態
1. 時期区分の妥当性について
2. 大陸縁から列島へ―39,000~37,000年前
3. 振幅の大きい寒冷気候と粗区画的適応への傾斜―37,000~30/29,000年前
4. 安定した寒冷乾燥気候と細区画的適応への転換―30/29,000~19,000年前
5. 細区画的適応の進展と縄文時代の開始―19,000~11,500年前

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