日本国憲法の普遍と特異 その軌跡と定量的考察
1946年11月に公布され1947年5月に施行された日本国憲法は、世界で最も古い未改正の現行憲法である。世界の現行憲法が、平均で5.1年に一度の割合で改正されていることを考えると、70年以上も全く同じ内容であり続けている日本国憲法は、まさに異例の存在といっても過言ではない。憲法が改正されなかったという事実は、日本の立憲民主主義体制について何を物語るのだろうか。また、日本国憲法が70年後の未来においても有効であり続けるためには、内容を改善する必要はないのだろうか。本書は、1789年以降に制定された約900の成文憲法との定量的な比較を通じて、これらの疑問に答えようとするものである。
本書の主張は三つある。第一に、日本国憲法の最大の特徴が、非対称的な柔軟性にあるということである。他憲法と比べ、日本国憲法は具体的に保証されている人権が多く、「私」への国家の過度な介入を制限しつつ、幸福追求や文化的な生活などの社会経済的権利を幅広く保障している。対照的に、統治機構の細部は法律に委ねられており、地方分権や選挙制度など政府機関の構造は、国会の単純多数で変えることが可能である。これらは、憲法の改正頻度と密接に関係している。世界的に見て、憲法改正の多くは政治制度にかかわるものであるが、日本の場合、それらは法改正で実現可能である。したがって、日本国憲法は他憲法に比べて改正の必要性が構造的に低いと言える。
第二に、日本国憲法は時代に取り残されているどころか、逆にグローバルスタンダードが日本国憲法に近づいているという点である。世界的に見て、制定年が遅い憲法ほど、規定されている内容が日本国憲法に似てきている。その主な理由は人権規定にある。日本国憲法は、制定時には世界的に珍しいほど多くの権利を保障していたが、他憲法でもそれらを規定することが一般化している。また、人権が多く明記されている憲法は、長続きする傾向を持ち、その内容や正当性が広く受け入れられていることを表している。日本国憲法が70年以上も存続しているのは、潤沢な権利保証と関係していると考えられる。
第三に、改正の必要性が低いということが、改正が望ましくないということと同義ではない、と言うことである。日本国憲法の最大の特徴である政治制度の柔軟性は、代表制民主主義にとって諸刃の剣ともなり得る。本書が特に問題視するのは、議会多数による選挙制度の恣意的運用であり、「一票の格差」や過度な選挙規制など、政権政党や現職議員に有利なシステムを作り上げてきた。国会に選挙制度の細部を決定させることは、従業員 (国会議員) に雇用と解雇の基準を選ばせていることを意味する。筆者は、選挙制度に対して、最高裁判所に介入する権限を明示的に付与することによって、国会議員の裁量を狭め、日本の民主主義の性質を強化できると考える。
(紹介文執筆者: 社会科学研究所 教授 ケネス・盛・マッケルウェイン / 2023)
本の目次
第2章 憲法が変わるとき
第3章 日本国憲法の特異性
第4章 グローバルスタンダードな日本国憲法
第5章 憲法の対応力と緊急事態条項の是非
第6章 日本国憲法と選挙制度
第7章 日本国憲法のこれから――国民視点の憲法とは
関連情報
第44回石橋湛山賞 (一般財団法人石橋湛山記念財団 2023年)
https://ishibashi-mf.org/activity/prize/44th/
第34回アジア・太平洋賞 特別賞 (一般社団法人アジア調査会 2022年11月)
http://www.aarc.or.jp/apshow34.html
著者インタビュー:
ケネス・盛・マッケルウェイン—憲法のレシピとは? (東京大学 / The University of Tokyo | YouTube 2024年2月13日)
https://www.youtube.com/watch?v=Idq4n4ieK5w
書評・書籍紹介:
田北浩章 <「石橋湛山賞」記念特集> (機関紙『自由思想』No.171 2024年2月号)
https://ishibashi-mf.org/activity/bulletin/no171/
Yokodaido, Satoshi 評「Can Japanese Constitutional Law Scholars Recognize the Significance of this Book?」 (『Japanese Journal of Political Science』Volume 24, Issue 3, pp.368-374. 2023年4月24日)
https://doi.org/10.1017/S1468109923000075
読書編集長が選ぶ「今年の3点」 (朝日新聞デジタル 2022年12月24日)
https://www.asahi.com/articles/DA3S15510965.html
書籍紹介 (法学館憲法研究所 2022年9月5日)
https://www.jicl.jp/articles/books_20220905.html
[読書]憲法 ケネス・盛・マッケルウェイン著 日本国憲法の普遍と特異 具体的議論への導きの書 (『沖縄タイムス』 2022年8月27日)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1014237
関連記事:
海外と比べた日本の憲法の特徴とは? (NHK みんなとわたしの憲法)
https://www3.nhk.or.jp/news/special/minnanokenpou/about/002.html
ポスト安倍時代における憲法改正の道筋は?:依然としてある高いハードル (nippon.com 2022年11月1日)
https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00847/
私が考える憲法 緊急事態、9割の国で規定 東大教授 ケネス・盛・マッケルウェイン氏 (日本経済新聞 2022年5月3日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO60408850Y2A420C2M11000/
日本国憲法:その特異な歩みと構造 (nippon.com 2017年8月31日)
https://www.nippon.com/ja/in-depth/a05602/
日本の憲法は「長寿」世界一!改憲がなかった本当の理由 (あさがくナビ 2017年5月2日)
https://asahi.gakujo.ne.jp/common_sense/morning_paper/detail/id=2159
関連動画:
横大道聡×ケネス・盛・マッケルウェイン×倉持麟太郎 3人で語るシン憲法研究会 「このクソ素晴らしき世界」#108 (8bit News <Jun Hori> | YouTube 2023年12月26日)
https://www.youtube.com/watch?v=o2-HWJ1x2Tg
倉持麟太郎×ケネス・盛・マッケルウェイン×横大道聡 シン憲法研究会「美しい憲法?」「このクソ素晴らしき世界」 (8bit News <Jun Hori> | YouTube 2023年9月27日)
https://www.youtube.com/watch?v=MsrnzXED0yE
新企画!3人で語るシン憲法研究会 倉持麟太郎×ケネス・盛・マッケルウェイン×横大道聡「このクソ素晴らしき世界」#94 (8bit News <Jun Hori> | YouTube 2023年6月21日)
https://www.youtube.com/watch?v=TUoztqYEheA
横大道聡×ケネス・盛・マッケルウェイン×倉持麟太郎 シン憲法議論 (8bit News <Jun Hori> | YouTube 2023年6月21日)
https://www.youtube.com/watch?v=0wYn7zpELjc
憲法を科学する~選挙制度を診る ケネス盛マッケルウェイン先生登場!」 倉持麟太郎「このクソ素晴らしき世界」#83 (8bit News <Jun Hori> | YouTube 2023年3月15日)
https://www.youtube.com/watch?v=byCRqYbfBv8
『憲法を科学する~選挙と緊急事態条項~』倉持麟太郎「このクソ素晴らしき世界」#72 (8bit News <Jun Hori> | YouTube 2022年11月16日)
https://www.youtube.com/watch?v=nbxpkyQ4etg
『憲法を科学する~1文字も変わらなかったことの意味』倉持麟太郎「このクソ素晴らしき世界」#56 (8bit News <Jun Hori> | YouTube 2022年7月20日)
https://www.youtube.com/watch?v=iF6hu48hJkY
講演会:
より良い日本国憲法とは (一般社団法人経済倶楽部 東洋経済新報社外郭団体 2024年1月26日)
https://www.keizaiclub.or.jp/kouen/12258/
メディア出演:
今夜のプラス9 世界有数の短さ「日本国憲法」なぜ不変? (BSテレ東「日経ニュースプラス9 2023年8月15日」
https://www.youtube.com/watch?v=C-wLWPF8_B8
https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/nkplus/feature/post_280005