COVID-19の世界的流行により社会は急速にリモート化の普及が進み、大学や企業でもオンライン会議ツールを使った授業や打ち合わせが日常化しました。2020年度に一変した風景を覚えている方も多いのではないでしょうか。このような環境では、場所を選ばずに参加でき、交通費や移動時間を節約でき、さらに多様な働き方の実現につながるといったメリットがあります。その一方で、画面越しにしか相手の反応を見ることができないため、空気感や一体感がうまく伝わらず、コミュニケーションがスムーズに行えない場合も少なくありません。この問題を解決できる可能性を持つのがメタバースです。
メタバースとは「多人数が同時にオンラインで社会的活動が可能な3Dバーチャル空間」です。ただし、メタバースの定義はまだ流動的で、100人いれば100通りの定義が存在するような状況です。本書では合意が取れている上記の定義を支持し、ソーシャルVRのように「集いの場」として捉えて解説しています。たとえば、複数のユーザがアバタと呼ばれる自分の分身のキャラクタを操作して3DCGのモデルや写真をベースとした街や部屋などの空間で自由に交流を図ることができるものが該当します。単なるオフラインの代替ではなく、3Dオブジェクトや部屋を作ってそれを売買したり、全く違う性別のアバタを使ってこころまで変容させたりといった新たなコミュニケーションの形を提供しています。
メタバースはVR (バーチャルリアリティ、人工現実感) やAR (オーグメンテッドリアリティ、拡張現実感) を基盤技術としています。オンラインゲームやデジタルツインのような既存のコンセプトを包含するような形で、バーチャル空間上の世界でさまざまな形のエンターテインメント、コミュニケーション、ビジネス、そして教育訓練システムなどの社会応用に展開できるものとして期待されています。
本書は、メタバースの概念が生まれてきた背景・経緯をはじめ、2016年以降に登場した民生版のVRデバイスや、メタバースを実現するための先端技術やその応用を取り上げて解説しています。対象読者はVRやメタバースの専門家だけでなく、大学生や大学院生、そしてビジネス書のメタバース関連本を読んだ経験のある社会人も含まれています。商業的な観点ではなく、学術的な観点からメタバースを解析していることが特徴です。
メタバースは定義としても学問としても発展途上で、完成形には至っていませんが、アクティブユーザ数や長期の取り組みの事例は増加し続けており、着実に広がりをみせています。投機的な盛り上がりが落ち着き、新しい世界について学ぶ最適な時期かもしれません。本書をきっかけにVRやメタバースに興味を持ち、将来この分野で活躍する研究者やビジネス事業者が増えることになれば幸いです。
(紹介文執筆者: 情報基盤センター 教授 雨宮 智浩 / 2023)
本の目次
1.1 VRの歴史
1.2 VR/AR/MRとは
1.2.1 VR(人工現実感)
1.2.2 AR(拡張現実感)
1.2.3 MR(複合現実感)
1.2.4 その他の関連する用語
1.3 メタバースの歴史
1.4 メタバースロードマップ
1.5 メタバースとは
1.6 ソーシャルVRとメタバース
1.7 デジタルツインとメタバース
1.8 NFTとメタバース
1.9 アバタとメタバース
参考文献
2章 メタバース/VRを構成する基礎技術 ~感覚・提示~
2.1 視覚ディスプレイ
2.1.1 視覚特性
2.1.2 頭部搭載型ディスプレイ(HMD)
2.1.3 没入型ディスプレイ
2.1.4 メガネ式立体視ディスプレイ
2.1.5 裸眼立体視ディスプレイ
2.1.6 波面再生ディスプレイ
2.1.7 体積表示型ディスプレイ
2.2 聴覚ディスプレイ
2.2.1 聴覚受容器と神経系
2.2.2 音の知覚の特性
2.2.3 音の空間知覚
2.2.4 HRTFとHRIR
2.2.5 オーディオデバイス
2.3 体性感覚ディスプレイ
2.3.1 皮膚感覚と特性
2.3.2 振動刺激ディスプレイ
2.3.3 電気刺激ディスプレイ
2.3.4 温度刺激ディスプレイ
2.3.5 深部感覚と特性
2.3.6 力覚ディスプレイ
2.4 嗅覚・味覚ディスプレイ
2.4.1 嗅覚特性と嗅覚刺激ディスプレイ
2.4.2 味覚特性と味覚ディスプレイ
2.5 前庭感覚・移動感覚ディスプレイ
2.5.1 前庭器官と知覚特性
2.5.2 モーションプラットフォーム
2.5.3 前庭電気刺激ディスプレイ
2.5.4 ロコモーションディスプレイ
2.5.5 自己運動知覚
2.6 感覚間相互作用
2.6.1 感覚間一致と共感覚
2.6.2 多感覚統合
2.7 内受容感覚・内臓感覚
2.8 錯覚を応用した情報提示技術
2.8.1 pseudo-haptics
2.8.2 hapticretargeting
2.8.3 牽引力錯覚
2.9 物理量と感覚量の関係
2.9.1 ウェーバー・フェヒナーの法則
2.9.2 スティーブンスのべき法則
参考文献
3章 メタバース/VRを構成する基礎技術 ~計測・表現~
3.1 物理世界のセンシング
3.1.1 モーションキャプチャ
3.1.2 生体情報センシング
3.2 情報世界のモデリングとレンダリング
3.2.1 モデリング
3.2.2 レンダリングとシミュレーション
3.2.3 視覚レンダリング
3.2.4 全天周映像
3.2.5 Webフレームワーク
3.2.6 聴覚レンダリング
3.2.7 力触覚レンダリング
3.3 ネットワーク・サーバ技術
3.3.1 ネットワークアーキテクチャ
3.3.2 オンライン通信とサーバ
3.3.3 高速通信とその限界
3.3.4 VR世界の複製
参考文献
4章 メタバース/VRと身体
4.1 アバタと身体
4.1.1 アバタ
4.1.2 自己と身体
4.1.3 プロテウス効果
4.1.4 VTuber
4.1.5 アバタと身体錯覚
4.2 サイバーシックネス・VR酔い
4.2.1 動揺病
4.2.2 VR酔い対策
4.2.3 VR酔いの定量化
4.3 身体と環境の相互作用
4.3.1 身体と環境
4.3.2 アバタ群衆の行動誘導
4.3.3 パーソナルスペース
4.3.4 身体近傍空間
4.4 体験する姿勢と状態の効果
4.4.1 ロケーションVR
4.4.2 リダイレクテッドウォーキング
4.4.3 疑似歩行感覚
4.4.4 ノーモーションVR
参考文献
5章 メタバース/VRを使った産業応用
5.1 メタバースの産業応用
5.1.1 産業応用に関する全体像
5.1.2 コミュニケーションメディア
5.2 教育訓練
5.2.1 アバタを活用した授業
5.2.2 ロールプレイング型教育
5.2.3 野外学習
5.2.4 医学
5.3 デジタルツイン
5.3.1 デジタルエンジニアリング
5.3.2 建物モデルと都市モデル
5.3.3 デジタルアーカイブ
5.3.4 地方創生と観光
5.4 エンターテインメント
5.5 イベント・パブリックビューイング
5.6 バーチャルマーケット
5.6.1 メタバース接客
5.6.2 バーチャルショップ
5.6.3 アパレル業界
5.7 広告・マーケティング
5.7.1 マーケティング
5.7.2 広告
5.8 メタバースで生まれるビジネス
5.8.1 アバタワーク
5.8.2 イベントスタッフ
5.8.3 収益化モデル
5.9 その他
参考文献
6章 メタバース/VRの今後の展望
6.1 時空間を超えるメタバース
6.1.1 距離を超える
6.1.2 時間を超える
6.2 意識を超えるメタバース
6.2.1 なりたい自分と不可分な私
6.2.2 パースペクティブテイキング
6.3 橋渡しするメタバース
6.3.1 空間から場へ
6.3.2 弱い紐帯の強さ
6.4 基盤化するメタバース
6.4.1 インターバース
6.4.2 アバタの標準化と所有
6.4.3 メタバースディバイド
6.5 メタバースのUI
6.5.1 ユーザインタフェースとデザイン
6.5.2 アフォーダンス
6.5.3 進化するVRデバイス
6.5.4 フルダイブVR
6.6 メタバースの課題
6.6.1 物理世界の法とVR空間の法
6.6.2 キラーコンテンツの登場
6.6.3 中毒性や寝たきりの危惧
6.6.4 人工知能との融合
6.6.5 人間拡張技術
6.6.6 身体融合錯覚
参考文献
関連情報
第39回電気通信普及財団賞 受賞論文 ~テレコム学際研究賞~ 特例表彰 (公益財団法人 電気通信普及財団 2024年3月13日)
https://www.taf.or.jp/award/
自著解説:
Book Introduction by Author (『日本バーチャルリアリティ学会誌』28巻3号p.36-37 2023年9月30日)
https://doi.org/10.18974/jvrsj.28.3_36
著者インタビュー:
VRを活用する教育の効果と可能性 (東京大学情報基盤センター | note 2023年5月30日)
https://note.com/utokyo_itc/n/ne3477a3a1f15?magazine_key=m8ec0af57a978
連載: 嗜好を科学する
VRの未来、“錯覚”はひとの感覚を騙すトリガー:東京大学VRC・雨宮智浩 (DIG THE TEA 2023年2月24日)
https://digthetea.com/2023/02/tomohiro_amemiya_pt1/
連載: 嗜好を科学する
VRは、もうひとつの「現実」になる:東京大学VRC・雨宮智浩 (DIG THE TEA 2023年2月27日)
https://digthetea.com/2023/02/tomohiro_amemiya_pt2/
メタバースを使った新しい働き方はすでに始まっている多様な働き方の実現に向け積極的な活用に期待 (パーソル総合研究所 2023年1月20日)
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/interview/i-202301200001.html
education特集: 教員が押さえておきたい「メタバースの活用」、東大VRセンターに聞いてみた - 議論や雑談のほか、疑似体験の活用がカギ? (東洋経済ONLINE 2022年11月26日)
https://toyokeizai.net/articles/-/633661
features: 連携研究機構を軸に進む大学のVR活用の現在
メタバースとしての東大 (東京大学『学内広報』No.1561 2022年8月25日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/kouhou/1561/02features.html
関連動画:
「VRを教育に活用する」雨宮智浩教授 (東京大学情報基盤センター「nodes」関連動画 | YouTube 2023年6月1日)
https://www.youtube.com/watch?v=1pt0m28kNO0
書籍紹介:
2024年最新|メタバース本買うならコレ!入門書~実用書までおすすめ書籍紹介 (メタバース相談室 2024年1月26日)
https://xrcloud.jp/blog/articles/business/677/
【2024年最新】おススメメタバース本5選を目的・レベル別に紹介 (メタバース総研 2024年1月12日)
https://metaversesouken.com/metaverse/book/
講演・カンファレンス:
XR Kaigi (株式会社Mogra 2023年12月18日-12月22日)
https://www.xrkaigi.com/
第44回「VR/メタバース講義の実践と課題」雨宮 智浩 (東京大学大学院情報理工学系研究科/東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター 准教授) (大学等におけるオンライン教育とデジタル変革に関するサイバーシンポジウム 2021年12月10日
https://edx.nii.ac.jp/lecture/20211210-05