
書籍名
逸脱のフランス文学史 ウリポのプリズムから世界を見る
判型など
272ページ、四六判、並製
言語
日本語
発行年月日
2024年2月
ISBN コード
978-4-86385-613-4
出版社
書肆侃侃房
出版社URL
学内図書館貸出状況(OPAC)
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本書の企画の出発点は「個人的な歪みに満ちた」フランス文学史を書いて欲しい、という出版社からの要望だった。そもそも、学術的な文学史というものは、各時代・ジャンルを専門家が担当する分業によって執筆されるのが常である。文学史を一人で書くとなれば、偏見、欠落、誤謬が混じるのは不可避であるが、そういう〈歪み〉を売りにした文学史があってもいいじゃないか、と言うのである。
僕も、確かにそれは面白いかもしれない、と思った。かつて仏文の大学院を受験するために繙いた文学史の教科書は、作家名や作品名の羅列に近く、情報源としては有益であったものの、読み物として面白いとはお世辞にも言えなかった。作家や作品の数が少なくても、記述が客観でなくても構わないから、本音で語られる文学史を読んでみたい。僕もそういう願いを抱いたことがあったのだ。
とはいえ、自分の〈好み〉を前面に押し出し、対象を好き勝手に裁断するのも気が引ける。これまでにもそういう書物がなかったわけではないが、その場合、読者の関心を引きつけているのは、俎上に載った作家や作品なのではなくて、気ままに放言する評者のほうだったはずだ。自分にはそこまでの個性も覚悟もないと思うと、二つ返事でこの企画を引き受ける気にはなれなかった。しかし、答えを保留しているうちに、出版社が望む〈歪み〉は僕自身ではなく、我が偏愛の作家たちに引き受けてもらえばよいのではないか、と思い至ったのだ。そうして生まれたのが、本書『逸脱のフランス文学史 ウリポのプリズムから世界を見る』である。
副題に出てくる「ウリポ」とはなんだろうか。これは、一九六〇年に作家のレーモン・クノーと数学者のフランソワ・ル・リヨネが、双方の友人たち、つまり文学者と数学者を誘って創設し現在まで存続している実験文学集団のことである。実験文学とはいっても、過激な前衛性よりも力の抜けた遊戯性が彼らの持ち味だった。そうした遊戯性の先駆者としては、ルネサンス期のフランソワ・ラブレー、十八世紀のドニ・ディドロ、二十世紀初頭のレーモン・ルーセルなどがいて、本書でもウリポとの関連を念頭に置きつつ、彼らの作品が取り上げられている。けれども、ウリポの実践とは何の関係もなさそうな作家についても、なかばこじつけ気味に共通点が見出されているのも、本書の特色だと自負している。たとえば、バルザック晩年の傑作『従兄ポンス』に登場する絵画コレクションと、ウリポの旗手ジョルジュ・ペレックの『人生 使用法』に現れる (猥褻な仕掛け時計など) 珍妙な物品のコレクション群を対比しつつ、両者の時代背景 (大革命後の混乱、生の実感の喪失) を浮き彫りにするくだりは、ぜひ本書を手に取ってお読みいただきたい。
本書は脇道から、支流から垣間見えるフランス文学の風景である。ひどく歪んでいたとしても、大道を行く文学史からは零れ落ちているもの掬いあげられていたなら、無謀な企画もひとまず成功したと言えるだろう。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 塩塚 秀一郎 / 2024)
本の目次
フランス文学との出会い 11
フランス文学史 45
中世 46
『聖アレクシス伝』 48
クレチヤン・ド・トロワ『ペルスヴァル』 51
『狐物語』 56
フランソワ・ヴィヨン 59
十六世紀 63
フランソワ・ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエルの物語』 67
ミシェル・ド・モンテーニュ『エセー』 77
十七世紀 86
ピエール・コルネイユ『舞台は夢』 90
ルネ・デカルト『方法序説』 96
モリエール『ドン・ジュアン』 101
ブレーズ・パスカル『パンセ』 106
十八世紀 113
ヴォルテール『カンディード』 115
ラクロ『危険な関係』 122
ジャン=ジャック・ルソー『告白』 127
ドニ・ディドロ『運命論者ジャックとその主人』 134
十九世紀 140
スタンダール『パルムの僧院』 145
オノレ・ド・バルザック『従兄ポンス』 152
シャルル・ボードレール『悪の華』 158
ギュスターヴ・フロベール『感情教育』 171
ギュスターヴ・フロベール『ブヴァールとペキュシェ』 180
ジュール・ヴェルヌ『神秘の島』 188
二十世紀 199
レーモン・ルーセル『ロクス・ソルス 204
アンドレ・ジッド『贋金つかい』 211
マルセル・プルースト『失われた時を求めて』 218
ミシェル・ビュトール『心変わり』 228
アニー・エルノー『戸外の日記』 236
パトリック・モディアノ『ドラ・ブリュデール』 244
おわりに 254
あとがき 260
引用・参照文献 269
関連情報
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