本書は、企業買収法の主要な課題について検討した成果を取りまとめ、筆者独自の視点からその解決策を提示するものである。特に、公開買付け (TOB) やキャッシュ・アウト、株式買取請求権、買収提案の競合、公開買付規制の在り方といったテーマに焦点を当て、日本の法制度や判例の特徴を明らかにするとともに、日米比較や具体例を通じて実務的・学術的な示唆を得ることを目指している。
第1章では、公開買付けを中心とした企業買収に関する基本的な問題として「フリーライド問題」と「強圧性の問題」を提示し、それらの解決策としてのキャッシュ・アウトの可能性を検討する。さらに、買収手法の強圧性に対応する防衛策や、買収者の視点から見た公開買付け規制の課題についても議論する。特に、公開買付けの撤回や買付価格引き下げに関する規制が、買収の実務にどのような影響を与えるかについて具体的に検討し、規制の合理性とその限界を明らかにする。
第2章では、株式買取請求権に関する最高裁判例を分析し、公正な価格決定の基準を検討する。株式買取請求権は、合併やキャッシュ・アウト後に行使される権利であり、その内容は事前の株主判断や買収者の行動に大きな影響を及ぼす。本章では、友好的買収を中心としたキャッシュ・アウトに関する判例を通じ、日本の法的基準を解釈する。また、デラウェア州の最近の判例動向と比較することで、日本の株式買取請求権の特性を相対化し、より深い理解を得ることを目的としている。
第3章では、買収提案が競合した場合の問題点を実例をもとに検討する。特に、友好的買収と敵対的買収の競合、MBO (経営陣による買収) におけるマーケット・チェックの重要性を中心に議論を展開する。公開買付期間を長めに設定することで、競合する買収提案が行われる可能性を前提とする実務のあり方を分析し、取締役の義務や公正な株価決定の在り方について、日米の比較を交えながら検討する。
第4章では、公開買付規制の課題を概観し、日本の事前規制型の特徴と欧州の事後規制型との比較を行う。現行の事前規制型を前提に、強圧性の問題への対応策や、防衛策の残存可能性を検討する。また、特別関係者の範囲や株券等所有割合の判断基準といった具体的な問題についても議論を深める。本章の目的は、現行の事前規制型を維持しつつも、市場買い集めや株主アクティビズムに与える影響を最小化し、制度設計の方向性を示すことである。
本書は、筆者がこれまで発表してきた論文を基に新たな考察を加えたものである。特に、日米の法制度や判例の比較を通じて日本の実務の特性を相対化し、新たな視点を提示する点に学術的な独自性がある。また、買収提案の競合や公開買付規制の在り方に関する議論は、現代の企業買収実務に対して具体的な示唆を与えるものであり、社会的にも大きな意義を持つ。
本書を通じて、企業買収法の課題をより深く理解し、実務や研究に活用していただけることを願っている。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 飯田 秀総 / 2025)
本の目次
第1章 買収手法と会社法・金商法
第2章 株式買取請求権の公正な価格をめぐる判例法理
第3章 買収提案の競合
第4章 公開買付規制の立法論上の諸論点
関連情報
独立社外取締役が知っておきたい「強圧性」 (公共社団法人会社役員育成機構 2023年8月19日)
https://blog.bdti.or.jp/2023/08/19/kyoatsusei/
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