本書は、金融商品取引法 (以下「金商法」) を、会社法を学び終えた法学部生や法科大学院生を対象に概説するために執筆されたものである。会社法からスムーズに金商法の議論に移行することを目指し、主に東京証券取引所に株式を上場している会社を中心に取り上げる。このアプローチは、すでに会社法を学んだ読者に対して、金商法という法律の全体像を理解しやすくする狙いがある。
金商法と会社法の関係性
金商法は、会社法と密接な関係を持つ特別法であり、両者の学習を切り離すことはできない。例えば、企業買収の分野における公開買付けや、自己株式の取得、役員報酬の開示義務など、会社法と金商法が交差するトピックは多岐にわたる。これらのテーマは、会社法の学習段階でも一部触れられており、金商法の理解を深めることで、会社法の全体像がより明確になる。
ただし、金商法は単に会社法の補完的な役割にとどまるものではなく、むしろ「資本市場に関する基本法」としての性格を持つ点にその独自性がある。ここでいう資本市場とは、株式や社債といった企業の資金調達手段に加え、デリバティブ取引を含む幅広い概念であり、市場も東京証券取引所のような組織化された市場に限定されず、相対取引を含む広い意味での市場を指す。
本書の学術的・社会的意義
本書の意義は、金商法の基本構造を明確化し、読者にその本質を理解させることにある。金商法は、日本経済の基盤である資本市場の透明性と公正性を確保し、投資家保護と企業の健全な成長を両立させるための法律である。そのため、本書では金商法が果たす役割やその規制体系を、学術的に整理しつつ、具体的な事例や判例を交えながら解説する。
また、本書が資本市場に関する基本的な知見を提供することは、単に法学教育の一環としてだけでなく、社会的にも意義深い。日本の資本市場が国際的な競争環境において高い評価を得るためには、投資家や企業が金商法に基づくルールを適切に理解し、それを遵守することが不可欠である。本書を通じて、法学部生や法科大学院生が将来的に実務に携わる際の基礎を築くことを目指している。
教材としての特徴と利用方法
本書は、金商法の全体像を理解しやすくするために構成されており、専門的な議論に深入りせず、大きな視点を提供することを目的としている。具体的なルールや詳細な解説は、他の体系書やコンメンタールに委ねる形を取るが、本書で基本的な考え方を身につければ、必要に応じてそれらを参照する際の指針となるだろう。
例えば、公開買付け規制やインサイダー取引規制といった個別のルールについては、関連する条文や判例の紹介にとどめ、読者が自身で深掘りできるような設計をしている。また、法制度の背景や立法趣旨にも触れることで、金商法がなぜそのような規制を設けているのかという点を理解しやすくしている。
本書を手に取る読者が、金商法の理解を深めることで、より実践的な法知識を身につけ、資本市場の発展に寄与することを願っている。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 飯田 秀総 / 2025)
本の目次
1.1 金融商品取引法の内容の概観
1.2 法源
1.3 沿革
1.4 金商法の目的
第2章 有価証券,デリバティブ取引,暗号等資産
2.1 金商法の適用の入口
2.2 有価証券
2.3 デリバティブ取引
2.4 暗号等資産
第3章 開示規制総論
3.1 金商法における開示規制
3.2 発行市場と流通市場
3.3 投資者は情報を必要とすること
3.4 企業内容等の情報の開示の強制は必要か
3.5 開示規制の機能
3.6 適用除外有価証券
3.7 重要性(マテリアリティ)
3.8 コーポレート・ガバナンス
3.9 サステナビリティ
第4章 発行開示規制
4.1 はじめに
4.2 有価証券届出書の提出等
4.3 ガン・ジャンピング規制
4.4 発行登録制度
4.5 届出が必要な行為
4.6 有価証券届出書の提出義務が発生しない場合
第5章 継続開示
5.1 有価証券報告書
5.2 四半期報告書・半期報告書
5.3 臨時報告書・適時開示
5.4 重要な情報の開示(フェア・ディスクロージャー・ルール)
5.5 その他
5.6 外国会社による継続開示
第6章 開示情報の正確性の確保と開示規制のエンフォースメント
6.1 情報の正確性を確保する制度
6.2 刑罰
6.3 課徴金
6.4 民事責任
第7章 委任状勧誘規制
7.1 総論
7.2 規制の適用範囲
7.3 規制内容
7.4 委任状勧誘規制違反の効果
第8章 大量保有報告制度
8.1 序説
8.2 規制の対象
8.3 大量保有報告書の提出
8.4 変更報告書の提出
8.5 特例報告制度
8.6 公衆縦覧等
8.7 刑罰
8.8 課徴金
第9章 公開買付け
9.1 はじめに
9.2 公開買付規制の適用範囲
9.3 公開買付けの開始前の行動の規制
9.4 事務
9.5 買い付ける株式の数・種類・条件
9.6 開示規制
9.7 買付期間
9.8 平等・公平な取扱い
9.9 ディールリスクのコントロール ― 条件・撤回等
9.10 応募株主等による契約の解除
9.11 立法論上の課題 ― 強圧性への対応
9.12 決済
9.13 自己株式の取得と公開買付規制
9.14 エンフォースメント
第10章 不公正取引規制
10.1 不公正取引規制の一般規定としての金商法157条
10.2 風説の流布・偽計・暴行・脅迫
10.3 インサイダー取引
10.4 相場操縦規制
10.5 空売り規制
10.6 その他
10.7 暗号等資産の取引等に関する規制
第11章 金融商品取引所など
11.1 金融商品取引所
11.2 プロ向け市場
11.3 私設取引システム(PTS)
11.4 総合的な取引所
11.5 金融商品取引清算機関
11.6 非上場株式の流通
第12章 業者規制
12.1 はじめに
12.2 金融商品取引業の定義
12.3 金融商品取引業の4区分
12.4 参入規制
12.5 兼業規制
12.6 組織等の規制
12.7 銀証分離規制と登録金融機関
12.8 業務管理体制の整備
12.9 行為規制
12.10 監督
12.11 外国業者に関する特例
12.12 外務員
12.13 その他の業規制
第13章 金商法のエンフォースメント
13.1 はじめに
13.2 金融庁・証券取引等監視委員会などの組織
13.3 刑事罰・過料
13.4 行政処分等
13.5 課徴金
13.6 緊急差止命令
13.7 法令違反行為を行った者の氏名等の公表
13.8 金融商品取引業協会による処分
事項索引
判例索引
関連情報
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