認知臨床心理学とは
本書は、日本の認知臨床心理学の最先端の研究を紹介したものである。
認知臨床心理学とは、認知心理学と臨床心理学を統合した学際領域である。前者の認知心理学は、人間の心の働きを認知 (知覚・記憶・思考・判断など) の観点から研究する基礎分野である。一方、臨床心理学は、心の問題を持つ人に対して、心理的な支援をおこなう実践分野である。これら2つを結びつけ、心の病理を認知の観点から理解し、心理療法に役立て、人々の心の健康増進に貢献しようとするのが認知臨床心理学である。
認知臨床心理学のおもな研究テーマは、認知病理学、認知アセスメント論、認知行動療法の3つに分けられる。
1) 認知病理学
不安・抑うつといった心の問題は、主観的には感情の問題であるが、認知の仕方が大きな影響を与えることが明らかとなってきた。例えば、不安になると、恐怖の対象に対して「注意」が過剰に向けられ、制御できなくなることがある。また抑うつになりやすい人は、何でもネガティブに考えやすい思考の傾向がある。一般に心の病理においては、注意の偏りや認知のゆがみ、記憶バイアスといった認知の偏りが見られる。
本書では、(1) 不安とストレス障害、(2) 反復思考、(3) 抑うつに関連した問題、(4) 幻覚・妄想および統合失調症、(5) パーソナリティとそれに関連する障害という5つの臨床的問題を取りあげ、それぞれが認知の面からどのように捉えられ、治療できるかについて,最新の実証的な研究をもとに考えた。
2) 認知アセスメント
認知面の偏りを捉えるために、認知課題、質問紙法、面接法などの技法が開発されている。本書では、睡眠のアセスメント、マインドワンダリングの測定、自己内省・洞察尺度、幻聴のアセスメント、パーソナリティ症のアセスメント、完全主義尺度などの技法が紹介されている。
3) 認知行動療法
認知の偏りが心の病理を強めているのであれば、偏りを減らすことによって症状の軽減を図ることができる。それが認知療法である。認知療法は、以前から盛んであった行動療法と合体して、認知行動療法と呼ばれるようになっている。認知行動療法は、短時間で大きな効果が得られるというエビデンス (科学的根拠) が証明されたので、心理的治療法の世界標準となっている。本書では、認知行動療法とともに、メタ認知療法、マインドフルネス、メタ認知トレーニング、怒りコントロールなどの重要な技法が紹介されている。
認知臨床心理学と公認心理師
2017年には公認心理師法が施行され、心理職の国家資格ができた。日本の心理学史上画期的なことであった。公認心理師の仕事においても、認知臨床心理学は重要であることを本書では強調した。公認心理師の養成大学院では認知行動療法 (行動論・認知論に基づく心理療法) の習得が必修となっている。このように認知臨床心理学は社会的意義の大きい分野であり、本書が、次の世代の認知臨床心理学研究への架け橋となることを期待している。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 名誉教授 丹野 義彦 / 2025)
本の目次
第I部 不安とストレス障害(佐々木淳:大阪大学大学院人間科学研究科教授)
第1章 不安症(佐々木)
第2章 社交不安症(星野貴俊:甲南女子大学人間科学部准教授)
第3章 睡眠と不安(高野慶輔:産業技術総合研究所主任研究員)
第4章 ストレス・不安と認知機能(林 明明:理化学研究所脳神経科学研究センター研究員)
第II部 反復思考(杉浦義典:広島大学大学院人間社会科学研究科准教授)
第5章 不安と認知バイアス(守谷 順:関西大学社会学部教授)
第6章 反復思考(杉浦)
第7章 マインドワンダリング(飯島雄大:帝京大学文学部講師)
第III部 抑うつに関連した問題(森脇愛子:帝京大学文学部講師)
第8章 抑うつと心理社会的側面(森脇)
第9章 抑うつと記憶(小林正法:山形大学人文社会科学部准教授)
第10章 注意機能と抑うつの関係(西口雄基:千葉大学教育学部准教授)
第11章 抑うつと自己注目(森 正樹:株式会社ディー・エヌ・エー ヘルスケア事業本部)
第12章 自己洞察(中島実穂:立教大学現代心理学部助教)
第13章 自殺予防と援助希求行動(山内貴史:東京慈恵会医科大学医学部准教授)
第IV部 幻覚・妄想および統合失調症(石垣琢麿:東京大学大学院総合文化研究科教授)
第14章 一般人口における精神病症状体験(山崎修道:東京都医学総合研究所社会健康医学研究センター副参事研究員)
第15章 被害観念と社交不安(森本幸子:東北医科薬科大学教養教育センター准教授)
第16章 幻聴への認知的アプローチ(古村 健:東尾張病院臨床研究部精神科リハビリテーション療法研究室長)
第17章 メタ認知トレーニング(石垣)
第V部 パーソナリティとそれに関連する障害(丹野)
第18章 パーソナリティ理論と公認心理師の実践――ビッグ5理論の可能性(丹野)
第19章 完全主義の臨床心理学(小堀 修:国際医療福祉大学赤坂心理・医療福祉マネジメント学部准教授)
第20章 攻撃性と精神病理(上野真弓:元・精神保健研究所心身医学部流動研究員)
第21章 冷たい (基礎)と温かい(臨床)のあいだ(浅井智久:株式会社国際電気通信基礎技術研究所認知神経科学研究室主任研究員)

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