臨床心理学は、自己理解のために役立つ科学であり、また、臨床実践を通して困った人を援助するための科学である。世の中の役に立ち、社会貢献の大きい学問であり、これからどんどん伸びていく領域である。ひとりでも多くの方がこの分野に興味を持っていただくことを願って本書を執筆した。臨床心理学の全体像をじっくり伝えるために、ふつうの教科書の数冊分に当たるほどの量となった。薄い人門書では物足りなくなったときに,本書を手にとっていただきたい。本書は、以下のようないろいろな用途に対応できる。
1) 大学生の入門書として、一生使える実用書として
本書の著者は、いずれも東京大学駒場キャンパスの関係者であり、何よりも大学生のリベラルアーツ (教養教育) の入門書をめざした。とくに力を入れたのが、主要な心理的障害の症状、発症メカニズム、治療法などである。こうした内容は、読者の「メンタルヘルス・リテラシー」向上に役立つだろう。メンタルヘルス・リテラシーとは、心の健康についての知識を持ち、障害を予防したり、ストレスを軽減し、早期発見をめざすなど、市民として必要な心の健康を維持する技能のことをさす。本書は、読者自身の抑うつや不安などにどのように対処したらよいのか、自分とうまくつきあうにはどうすればよいかといったことを考える手助けとなるだろう。大学を卒業して社会人となっても、家庭に1冊あると便利な『家庭の医学』の心理版として利用いただけるだろう。また、本書は読者自身のパーソナリティ (性格) について、理解を深める手がかりとなるだろう。このように、本書が健康な自分へ向けての「自分探し」の一助となれば幸いである。
2) 大学4年間くり返し読める基本書として
臨床心理学は「科学」と「実践」という2つの顔を持つが、本書では、まず、「科学」としての臨床心理学の姿をしっかり描くことをこころがけた。本書全体を通して、基礎心理学と連携して科学性を強めつつある臨床心理学や、エビデンス (科学的根拠) を重視する臨床実践の姿を紹介した。大学や大学院での教科書として新しいスタンダードとなることをめざした。
3) 新しい臨床実践の形を伝える参考書・専門書として
臨床心理学の「実践」の顔については、臨床心理学の3つの基本領域 (心理アセスメント、異常心理学、心理療法) を詳しく解説し、臨床心理学の現場や制度、研究法、専門性と倫理についても述べた。最近の欧米の臨床心理学では、大きなパラダイム・シフトが進行し、新しい世紀になってから、そうした動きはますます本格化している。本書は新しい実践の形を詳しく紹介した。日本においても、2010年から認知行動療法の費用が国の健康保険から払われるようになり、2015年には国家資格としての公認心理師法が成立した。心理師をめぐる環境は大きく変わりつつある。本書は心理士の生涯学習のテキストとしても役に立つだろう。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 丹野 義彦 / 2016)
本の目次
第1章 臨床心理学とは何か
第2章 エビデンスにもとづく臨床心理学
第3章 パーソナリティ理論
第4章 臨床の基礎学としての心理学
第2部 臨床心理学の理論と実際
第5章 臨床心理面接
第6章 臨床心理学的アセスメント
第7章 精神分析パラダイム / 精神分析療法
第8章 人間性心理学パラダイム / クライエント中心療法
第9章 学習理論パラダイム / 行動療法
第10章 認知理論パラダイム / 認知療法
第11章 さまざまなパラダイム
第12章 臨床心理学の現場
第13章 臨床心理学研究法
第14章 心理士の専門性と倫理
第3部 心理的障害の理解と支援
第15章 心理的障害の見取り図
第16章 うつの理解と支援
第17章 躁の理解と支援
第18章 社交不安症の理解と支援
第19章 パニック症の理解と支援
第20章 強迫症の理解と支援
第21章 心的外傷後ストレス障害の理解と支援
第22章 統合失調症の理解と支援
第23章 パーソナリティ障害の理解と支援
第24章 身体の不調に関連する心理的障害の理解と支援
第25章 発達に関する障害の理解と支援
第26章 認知症の理解と支援
第27章 依存・嗜癖の理解と支援