本書は、David G. Myers 著『Psychology』第10版の邦訳である。原書はアメリカをはじめさまざまな国の大学で、心理学概論などのような学部教養教育の科目のスタンダードな教科書として指定され、今日の心理学入門のバイブルともいうべき浸透の仕方をしている。また、高校生が読んで理解できる水準を目指して作られている。
これを訳した結果、B5判の2段組で693ページの教科書に仕上がった。しかも全ページでフルカラーである。日本でよく用いられる「~学概論」の教科書の平均値から比較すると、文字数が桁違いであるように感じるかもしれないが、世界水準では、このような規模の教科書が教養教育に普通に使われているのである。学生たちは分厚い教科書の指定箇所を自習で読み進めておき、一定程度の知識の下地をつくった上で授業に臨むのだ。日本の心理学の教養教育でも、ぜひ、海外に比して遜色のない質と量を備えた心理学入門の教材を提供したいとの思いで、個人訳に踏み切った。
個人訳をすることには、ある意味で必然性があった。本書の内容は、心理学史、心理学研究法、生理、認知、遺伝、進化、発達、知覚、学習、記憶、思考、言語、知能、動機づけ、産業、情動、健康、人格、社会、障害、臨床など、心理学という裾野の広い学問領域を網羅的に取り扱っていて、ひとわたり俯瞰できるようになっている。それをたったひとりの著者が書きあらわしているのであり、しかも、極めてパーソナルな書き方をしているのである。著者である「私」が読者である「君」に対して、あたかもほのぼのと個人授業をしているかのような軽妙な筆致で、独特のユーモアやジョークを交えて書いている。その雰囲気が最大限に伝わるように、著者の人となりを「憑依」させて訳出することを心がけた。
Facebook や Google といった最近のソーシャルネットワーキングサービスや検索サイトのことを実名で例示しながら人間の心理学的特性について解き明かすなど、現代を生きる青少年になじみのある素材がふんだんに盛り込まれて、わかりやすく書かれている。楽しく読めるということにエネルギーが惜しみなく注がれている。その反面、専門的見地から吟味できる人の目で読むと、内容面でよりよい提案がしたくなるかもしれない。だが、それはそれで「概論」というものの宿命であり、一段高みにのぼった方は一段高みの学修教材に当たることで自らをさらに高めればよく、そうなるためのもともとの足場作りとして本書が機能すれば、訳者としては本望である。また、心理系の大学院に進まれた方など、心理学の専門家にとっても、スペシャリストになればなるほど、自分の専門分野と遠く離れた話題に関しては不完全な知識だったりするかもしれない。そうした人たちにとっては、本書が手元にあって随時のバックアップの参考書として、認知地図の保全のために機能してくれればよいと思う。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 村上 郁也 / 2017)
本の目次
1章 クリティカル・シンキング、科学的心理学
2章 心の生物学的基盤
3章 意識と二重路線の心
4章 生得要因,獲得要因、人間の多様性
5章 生涯を通しての発達
6章 感覚・知覚
7章 学習
8章 記憶
9章 思考と言語
10章 知能
11章 動機づけと仕事
12章 情動とストレスと健康
13章 パーソナリティ
14章 社会心理学
15章 精神疾患
16章 セラピー
関連情報
北岡 明佳 (2016)『D・マイヤーズ著,村上郁也訳 カラー版 マイヤーズ心理学』基礎心理学研究, 35(1), 11-12.
http://doi.org/10.14947/psychono.35.2