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2023年 藤井総長年頭挨拶

掲載日:2023年1月6日

みなさま、明けましておめでとうございます。

2023年の年頭にあたり、ひとことご挨拶申しあげます。

昨年は、2月24日にロシアがウクライナに対し武力で侵攻するという大きな出来事があり、いまだに戦争状態が続いています。この侵攻の翌日には、武力による一方的な現状変更は到底受け容れられるものではなく、対話と交渉による平和的な解決を望む、という総長メッセージを発表しました。武力侵攻の理不尽や人権侵害に対する非難を表明しないことが、黙認や加担につながるような事態を招いてはならず、できるだけ素早く基本的な姿勢を示す一方、困難に直面する方々への支援を本学として行うことが重要だと考えたからです。

3月には学修・研究の場を奪われた人びとに向けて、学生・研究者の特別受け入れプログラムを策定し、アナウンスしました。同時に、受け入れに係る住居や生活、経済支援を迅速かつ確実に行うため、東京大学緊急人道支援基金を立ち上げました。今日までに、35名の学生・研究者を受け入れ、そのうち29名が実際に入国しています。基金には300件以上の申し出があり、総額は1500万円に達しています。寄付して下さった多くの方々ならびに、このプログラム実現・実装にあたり尽力された教職員のみなさんに感謝いたします。

UTokyo Compassが掲げた「人をはぐくむ」の基本は、志を持った学生の能力を伸ばし、そのそれぞれの夢の実現を支えることだと思います。しかし、戦争は一人一人の想いを顧みず、それぞれの夢や志を踏みにじり、人生を大きく変えてしまいます。本学でもいまから80年前には、学徒出陣の名の下に、3000名余りの学生が学業を離れ、出征することを余儀なくされました。そして本学に関連する従軍中の戦没者は1600名を越えるといわれています。生還した学生にとっても、戦争で失われた時間は決して取り戻せません。

こうした危機的事態は、ウクライナだけでなく、世界のさまざまな場所で起きています。新疆ウイグル自治区、クルディスタン、ミャンマーなどで、厳しい状況にある人びとの困難は報道でも知られています。東京大学が、今回の武力侵攻に対して、声明の発表や受け入れプログラムの実施をしてきたのは、ウクライナが特別だからではありません。むしろ、ウクライナで起こったことへの対応を一つのモデルとして、今後も不幸にして起こり得るさまざまな事態に対する向き合い方を積み上げて行きたいと考えています。国際的にみて公正で適切な判断を示せるよう、一人一人の教職員が感度を上げ、国内外での出来事に対して反応(react)する能力を備えることで、世界の公共に奉仕する大学としての責任を果たして行きたいと思います。

さて、昨年4月の入学式では、起業すなわち「業を起こす」ことについて話をしました。起業は、課題に粘り強く取り組む力、新たな解決の可能性を発想する力、そして他者と協力して実現する力を育むからこそ、大学も応援したいと考えています。また起業の実践は、社会に潜在的に存在するさまざまなニーズやウォンツを目ざとく見いだすとともに、他者が何を望んでいるかに気づき、それに応じて行動するという「ケア」の重要性ともつながっているのではないかと述べ、ぜひみなさんも挑戦してみて下さいと提案しました。本学からこういうメッセージを発したことに対して、大きな反響をいただきました。

同じく4月には、東京6大学野球の始球式で投げる機会を得て、我が国のスポーツの振興に大学が果たしてきた役割の大きさに思いが及びました。「野球」という広く親しまれた訳語は、ベースボール部史をまとめるにあたり、本学の卒業生である中馬庚(ちゅうまん かなえ)が生みだしたといわれています。東京大学運動会には、野球部を含めて50以上の部活動があり、競技力の向上に日々努めるとともに、現在の主管校を務めている全国七大学総合体育大会など、競技会の運営を行っています。このような学生の課外活動も大学における重要な経験の一つであり、物心両面で応援していきたいと考えています。また今日では、身体運動の計測・解析など情報技術を駆使したスポーツ科学の研究を通じてトップ・アスリートの技能を向上させ、また無理なく安全に身体を動かす方法の探究によって全世代の人びとの心身の健康維持に寄与するなど、大学とスポーツとの多様な関わりが広がってきています。

さて留学生の来日が2022年秋学期までに平常化したことを皮切りに、学内外の行事にも過去2年間のような厳戒・自粛ムードは薄れつつあります。世界の多くの国・地域は、すでに完全にポストコロナに舵を切り、分断が進むなかではありますが、一時停滞していた地球規模の重要な課題についての議論が本格的に再開し始めたことは、よい兆しだと思います。

5月に出席したIARU(International Alliance of Research Universities)の学長会議では、Oxford大学がAstraZenecaと共同で行った新型コロナウイルスのワクチン開発に関わる話を詳細に聞くことができました。Oxford大学は2020年1月の武漢型ウイルスの遺伝子配列が発表された直後に、迅速にも新たなワクチン開発にゴーサインを出します。

実用できるワクチンの開発には、規模感のある臨床試験が必要であり、あらかじめ相当の資金を見込んでおかねばなりません。UTokyo Compassでは、「世界の公共を担う法人として」創造的に自らの実践をデザインする力こそが「経営力」であり、また「学問の裾野を広げていくために必要な方策を、大学という法人全体が自ら設計し、実現していくことこそが経営」であると述べました。Oxford大学がAstraZenecaと共同でワクチン開発に成功し、しかもそれをNon-profitで共有することができたことは、大学が自由裁量のきく十分な規模の資金を持ち、自ら経営することの重要性を強く物語るものです。

6月に参加したStockholm+50は、1972年のストックホルムでの国連人間環境会議から50年を記念して開催されたもので、今回はPlanetary Health、すなわち地球全体のHealthをテーマに必要な取組みが議論されました。急速な世論の高まりやグリーンテクノロジーの開発によって、地球全体としてその準備が進んでいるかのように見えますが、一方で、いわゆるGlobal Northの国々による過剰な開発によって生みだされた負の作用をGlobal Southの国が被らざるをえない構造はいまだ続いています。その意味では、昨年11月に開催されたCOP27においてLoss & Damage支援のための措置を講じ、その一環として基金を設置することに合意を見たことは一歩前進であるといえます。「歴史の転換点」をテーマ化した昨年5月のダボス会議においても同様の課題が議論されました。グローバリゼーションによる平和と繁栄という世界観が揺らぐいま、大学が社会において発揮すべきリーダーシップもまた、新たな転換点を迎えている、ということであろうと思います。

10月には、ニューヨークで開催されたTimes Higher Education World Academic Summitに出席し、他の機関との連携をどう強化し、適応力と実行性を兼ね備えた、新たなニーズに対応する大学をどのようにして作ることができるかについて、スペインや中東・北アフリカの代表らとともに議論しました。東京大学は現在、世界の九つの大学(群)と戦略的パートナーシップを構築して国際化を推進するだけでなく、教職員や学生を含めた多様で分野横断的な交流を進めています。昨年は、ストックホルム大学群(Stockholm Trio)とのパートナーシップ協定を更新し、従来の工学、教育学分野に加えて医学・生命科学系の取り組みが始動しています。

昨年参加した国際会議では、大学生など若い世代の参加と発言が活発であったことも特筆すべき点のひとつです。先ほど述べたStockholm+50では、Stockholm+100に言及した議論もあり、持続可能な未来を中心で担う20代(さらにそれ以下の世代)の主体的な参画はなくてはならないものだということを実感しました。

本学でも、10月には、Rahm Emanuel駐日米国大使が本郷キャンパスを訪問され、自身の19歳の頃のエピソードやキャリア形成などを語った対談形式の会に、19人の本学学部生が参加しました。また11月には、サステナビリティ推進で最も高く評価され、SDGs策定にも関わったユニリーバ前CEOであるPaul Polman氏の対談イベントを行いました。本学学生からも活発な質疑応答が投げかけられ、両イベントともに大変よい議論の場になりました。このように、学生のみなさんがグローバルリーダーと直接触れ合う機会を積極的に設けて、早いうちからロールモデルとして認識できるようにしていきたいと思います。

一昨年(2021年)9月に公表したUTokyo Compassのもと、昨年も多くのアクションが実行に移されました。その一例ですが、2022年10月、東京大学は2050年までに温室効果ガス排出量実質ゼロを達成するための行動計画として「UTokyo Climate Action」を策定しました。これは「Race to Zero」ヘの参加に必要なプロセスでもあり、定期的に進捗状況を確認し、必要な見直しを行っていくことになります。今後、学生・教職員が一丸となって、これを実行していけるよう、具体的なアクションを展開していきたいと思います。

もうひとつ重要なのは、昨年6月に発出したD&I宣言です。集団のなかの多数派を「標準」とし、そこから外れている人を少数派として除外してしまう、あるいは何かが欠けていると考えてしまう傾向が人間の社会にはあります。そのようなとらえ方は、見えやすいものだけを見るという安易な理解であり、世界の見方を広げる機会を自ら閉ざしているともいえます。知識を行動に結びつけるためには、自分とは異なるバックグラウンドの人が見ている世界を想像する力が必要となるでしょう。昨年秋には「女性の教授・准教授300人を新規採用する施策」を打ちだしました。単に数値目標としての達成課題ではなく、職場環境の改善と若い世代を含めた意識改革を同時に進めていく計画です。誰もが来たくなるキャンパスの実現に向けて、採用の実務を担う各部局の自発的な推進力にも大いに期待したいと思います。

これらの改革を通して実現したいと私が考えるのは、UTokyo Compassでも示した「新しい大学モデル」の構築です。複雑化の一途をたどる現代社会のなかであるべき大学の姿を示したお手本がないのであれば、自分たちでモデルを創り出してやろうという発想です。

このモデル構築のためには、まずもって私自身が多様なステークホルダーたちと対話を重ねていく必要があるという思いから、昨年10月にはダボス会議の科学技術版とも呼ばれるSTSフォーラム(科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム)の第19回年次総会に出席しました。チェアを務めたセッションでは、地球規模の課題解決のために学際研究が不可欠であることを確認し、旧来の研究分野における縦割りの殻を破り、産学間の対話を促すような協働や研究資金の重要性について議論しました。

また12月にChey Institute for Advanced Studiesと共催した東京フォーラム2022では、主題に「哲学と科学の対話」を掲げました。戦争、パンデミック、気候変動といった大きな問題に直面するなか、大学は地球規模で展開できるcommon philosophyとでも呼ぶべき哲学を新たに創出し、自己批判力や倫理感覚を備えた科学を伸展させていかねばなりません。「SDGs」の語が広く使われるに伴い、「誰一人取り残さない」Developmentを成しとげる必要性は認識されつつありますが、この「Development」が意味するものは決して自明ではなく、共有されているともいえません。得てして経済成長や物質的な豊かさの増大を思い描きがちですが、かつてであれば各々の未来への責任を問わずに資源を調達し廃棄物を処理して達成できた、そうした「Development」はいまや実現できません。もう地球上には「外部化」できる環境が残っておらず、地球の限界点に近づきつつあるからです。この現状に正面から向き合う「知」の醸成に、東京大学がぜひ貢献できればと願っています。

COVID-19というパンデミックに直面することによって、人類は立ち止まり、地球規模の課題解決の糸口について真の意味での対話を始めるきっかけを得たようにも思います。オンライン技術が、驚くべき速度で私たちの活動に入り込み、国境を超えたグローバルな対話が一気に進展しました。私自身、以前には想像できないほど数多くの国際会議に参加できるようになりました。一方、ポストコロナの兆しが見え始めて、ようやく新たに人と会い、膝と膝を突き合わせてグローバルな対話を行えるようにもなってきました。単にコロナ前に戻るのではなく、バーチャルとリアル、サイバーとフィジカルの利点を上手に組み合わせて、グローバルな議論ができる時代が始まりつつあります。

昨年11月に小石川植物園で実施した桜の記念植樹式は、ささやかなイベントではありましたが、世界的課題を考えながら東京大学の活動を一歩一歩行っていきたいという思いが結実したものでした。EU議長国であるチェコ共和国が、本学とNPO法人育桜会と協力しながら準備したこの「木を植える」記念式典には、ウクライナから本学に受け入れた学生や研究者、EU諸国の代表者やウクライナ大使も直接参加して苗木を植え、私自身もその場でウクライナとの連帯と支援の決意を改めてお話しすることができました。

今年(2023年)は私の総長任期の前半から、折り返し点にさしかかる3年目になります。UTokyo Compassの理念が学内外にすこしずつ浸透するなかで、東京大学の歩みをその目ざすところへとさらに力づよく進めてゆくために、さまざまなアクションに挑戦したいと考えています。就任最初の入学式式辞でも触れた糸川英夫先生の「前例がないからやってみよう」という姿勢で、この新しい2023年をみなさんとともにつくってゆきたいと思います。

そんな決意をもって、新年の挨拶といたします。

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東京大学総長 藤井輝夫

令和5年(2023年)1月6日
東京大学総長
藤井輝夫
 

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