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2024年 藤井総長年頭挨拶

掲載日:2024年1月5日

新しい年となりました。謹んで、年頭のご挨拶を申しあげます。まずはじめに、元日の夕方に起こった能登半島を中心とした地震により被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。また生活インフラが寸断されるなか、現地で緊急支援にあたられている方々に敬意を表します。私たちの思いは皆様とともにあり、本学として何ができるかを検討してまいります。

一昨年のロシアによるウクライナ侵攻で世界の情勢は激動の局面に入り、昨年もまた、ハマースの攻撃でイスラエル市民が多数死傷する事件が起こりました。それに端を発したイスラエルのガザ侵攻により、すでにウクライナにおける市民の犠牲を大きく上回る数のパレスチナ市民の犠牲が生じているという、たいへん痛ましい状況に至っています。それぞれ背景も構図もまったく異なる事象ですが、共通するのは、多様な人びとが関わる複雑な歴史と記憶とが、その地域に積み上げられてきたなかで生じている点です。そして、いま生みだされつつある住民たちの惨禍は、問題をさらに複雑なものにしています。

私たちが国際社会について語るとき、たいていは、そうした多様性や複雑さを単純な図式にまとめてしまいます。現状の政治的な枠組みを無意識の前提とし、解決策もその範囲でのみ議論しがちです。いうまでもなく、現状を武力・暴力で変更することは許されません。他方で、人びとの息づかいを無視し、丸ごと力で抑え込む解決もまた、怨恨の連鎖に終わりをもたらすものではありません。

戦争の悲劇だけではありません。近年深刻化している気候変動に伴う洪水や大火や飢饉などの災害が、さまざまな人びとにかつてない苦難をもたらし、深刻な対立を生みだすという事象も見られます。それにもかかわらず、こうした問題に対する国際社会の関与はまだまだ不十分です。

国際社会の多様性の由来や、地球環境を含む複雑な因果の関係性について、私たちはもっと事実に即して真摯に学び、そのうえでより望ましい解決策を議論し、対話していかなければなりません。

本学構成員の大半は、ウクライナやパレスチナなどの紛争の直接的な当事者ではありませんが、だからこそ、さまざまな立場の学生や研究者とともに腰をじっくり据えて学び、議論や対話を促すなど、手を差し伸べることができる立場にあるともいえます。そのためには、大学が、真に学術的な観点から自由で公正な議論や研究を進めることができる場であることが何より求められます。この原点に立ちながら、グローバル社会が共通して抱える課題、そして地域紛争の解決や低減のためにできることを、その一員として、今年もさらに実行してまいりたいと思います。

コロナ禍がようやく落ち着き始めた昨年は、世界各地から学生を迎えることが再開でき、世界貿易機構(WTO)のNgozi Okonjo-Iweala事務局長をはじめ、国連気候変動ファイナンスハイレベル・パネル共同議長のVera Songwe氏、SDSN(UN Sustainable Development Solutions Network)代表のJeffrey Sachs教授などのグローバル・リーダーにも、本学を訪れてもらえるようになりました。教育面では、昨年4月にグローバル教育センター(UTokyo GlobE)を設立し、留学生と本学学生が主体的に国際社会の諸問題に取り組むことを促進するプラットフォームを強化しました。学生の国際化をサポートする約30名の教員が所属し、200名以上の全学交換留学生が学んでいます。国際総合力認定制度(GGG:Go Global Gateway)、全学交換留学制度(USTEP:University-wide Student Exchange Program)、グローバル教養科目(GLA:Global Liberal Arts)など、現代社会のダイバーシティや持続可能性をめぐる諸課題とその価値を理解するためのプログラムを多数、用意しています。グローバル教養科目は、東京大学の学部後期課程と大学院のすべての学生が履修できる授業であり、SDGsに関することを英語で学んでいます。

昨年8月には、バングラデシュにあるアジア女子大学(AUW:Asian University for Women)との合同サマープログラムを実施しました。AUWは、南アジアの貧困地域出身で、学ぶ機会が限られた優秀な女性たちを教育していますが、参加した東京大学側の学生たちは、意欲溢れるAUWの学生と共に学び、さまざまな場所を訪ね、意見を交わすことで、多様性や包摂性への理解を深めたことでしょう。次の春休みには、東京大学の学生がAUWに赴き、学ぶことを予定しています。

学生のグローバルな姿勢を育むことは、ダイバーシティ、エクィティ、インクルージョンの推進の後押しにつながると期待しています。さまざまな専門や文化背景、異なる国籍を有する学生が世界の喫緊の課題を共に考え議論するグローバル教育センターの教育は、あとで触れる College of Design、School of Designの構想を実現し発展させていく土台となるでしょう。

今年から東京大学は、国際的な社会課題解決への取り組みを、スタートアップを通じて本格的に支援します。

本学発のスタートアップはこれまで526社(2023年3月現在)を数え、アントレプレナー教育に関する学内の講座は60を超えています。しかしながら、どちらかといえばこれまでの起業支援は、学内で開発された技術や知見をもとに収益を上げ、経済的指標で評価されるものが主な対象となっていました。しかし収益を出すことのみならず社会的使命を重視し、社会課題の解決を目指す活動も、世界の公共性への奉仕を使命とする本学として重要であると考え、昨年度からそうした活動への支援の具体化を進めてきました。経済産業省や東京都、また国際協力機構(JICA)、国連機関などとの連携を深めてこの事業を進めています。昨年12月には、一般財団法人Soilと本学の共催で社会起業家育成のための2日間のワークショップを駒場キャンパスで開催しました。30名の参加者のうち、最終選考で5名が事業開始のための助成金を獲得、3か月のメンタリングを受ける予定です。参加者の期待は高く、今後もこのようなプログラムを増やし、社会起業家のエコシステムの構築にも貢献していきたいと考えています。

また、本学の国際的なパートナーへの貢献を強化すべく、昨年、総長直下の組織として、アフリカワーキンググループを設置しました。本学には、政治経済、農学、工学、医学、文化研究等の分野でアフリカを長年にわたり研究してきた教員が数多くおり、今後は横の連携を深めて、アフリカ諸国への貢献を強めていきたいと考えています。本学では68名のアフリカからの留学生が学んでいますが、昨年8月にUTokyo Africa Eveningというイベントを開催し、留学生と教職員、また学外の連携諸機関の皆さんとの交流を深めることができました。2025年に横浜で開催される予定のアフリカ開発会議TICAD9に関連して、今年のことになりますが、東京大学としても各種のイベントを開催するための準備を進めています。

ところでなぜ、さまざまな課題への対応策をデザインする力が、いま必要なのでしょうか。それはデザインが単なる意匠や造形ではなく、自らの創造性をはぐくむ基礎であり、他者とともに共有する理想を社会的に実現するために不可欠な実践だからです。それは単なる技術や知識ではなく、人間の能力そのもの、学ぶことそのものの開発だともいえるでしょう。

一昨年11月にOpen AIがChatGPTをリリースして以来、生成AIがたいへん注目されています。生成AIの一種であるChatGPTは、そこで作りだされる文章が、あたかも人が応答しているかのごとく自然で工夫されたものとなっていることが、多くの人々を魅了し、大いなる可能性を感じさせました。

生成AIの活用は、文書に限らず、映像・音楽・プログラムといった対象にも拡がっています。新たなビジネスも続々と生まれています。文章の生成効率の大幅な改善による生産性の向上が見込まれ、知的職業のあり方が大きく変わることも予想されています。教育研究の場でも実務の現場でもその能力を積極的に活用することで、新しい学び方・働き方を模索することが大切です。

教育現場においてもまた同様です。昨年は、大学のレポート課題での生成AIの使用への対応のように、非常に具体的で緊急性の高い課題も話題になりました。本学では教育・情報担当の太田邦史理事を中心にガイドラインを取りまとめて昨年4月に発表しました。そこで述べている「教育現場での利用を安易に一律に禁止するのではなく、問題点を理解しつつ可能性を積極的に探り、影響を議論しつつ活用する」という本学の基本的な考え方は、文部科学省から発出された文書にも反映されています。

たしかに生成AIは革新的な技術であるがゆえに、その開発と応用に際しては、プライバシー保護、知的財産権の管理、フェイク情報の拡散防止、学術情報の透明性の確保など、さまざまな倫理的・法的・社会的課題が生じます。本学では、日本政府が主唱した広島AIプロセスに向けて、7月に岸田文雄首相を迎え、東大×生成AIシンポジウム「生成AIが切り拓く未来と日本の展望」を安田講堂で開催し、さまざまな関係者が一堂に会して、取り組むべき研究の方向性や世界規模での適切なルール作りの方針に関して議論を深めました。その様子は、本学のウェブサイトに掲載されています。また、未来ビジョン研究センターからは、広島AIプロセスの基本方針に加えて、AI監査の制度設計など複数の政策提言が発表されています。

生成AIの利用に限らず、新たな技術がひきおこす社会的問題に対し適切なルールを作っていくには、多様な背景をもつ当事者の間の対話を通じて、相互の理解を深め、責任をもって課題を解決していく「総合知」のアプローチが必要です。学問分野の違いによって生じ得る壁を超えて、総合知が有効に機能するためにも、本学のような総合大学が果たすべき役割の重要性はますます大きくなります。

ChatGPTのような新しい成果が、機械学習そして自然言語処理分野の基礎研究の長期間に渡る継続的な積み重ねによって初めて達成されたものであることにも注意を向ける必要があります。目先の派手さに惑わされることなく、地道な研究を評価し、推し進めて行く場としての本学の機能を維持し、強化していきたいと考えています。

2021年9月に公表したUTokyo Compassでは20の目標を掲げましたが、その最初に位置づけた目標が「自律的で創造的な大学モデル(新しい大学モデル)」の構築でした。昨年は、資金運用の責任者Chief Investment Officerと最高財務責任者Chief Financial Officerを執行部に置きました。これにより、大学の知を社会的な価値へ結びつけ、社会からの支援との好循環をつくりあげることで自律的な経営を可能とする財務基盤を築き、次なる教育研究へとつなげていく機能を強化しようとするものです。

さらに、「新しい大学モデル構想会議」において議論を重ね、School of Designの創設などをはじめとする一連の具体的な計画を作り上げ、これらの改革・計画を踏まえた計画書をもって国際卓越研究大学に応募しました。不採択となりましたけれども、そのプロセスで部局長をはじめとする教員や職員の皆さんとの対話を積み重ねられたことは重要で、College of Designの創設をはじめ、新しい大学モデルの構築に向けた歩みは続けなくてはなりません。運営費交付金のうち事項指定のない配分額が減少するなかで、自律的な創造活動を拡大していくためには、財源の多様化を一層進める必要があります。本学の基金「UTokyo NEXT150:東京大学と 次なる150年へ」へのご協力を内外に幅広く呼びかけているのも、まさにこのためです。法律による規制の緩和について引き続き要望してまいりますが、なににも増してより多くのステークホルダーの方々からご支援をいただくための活動を皆で進めていくことがきわめて重要です。

そのきっかけのひとつとして、今年は2027年に迎える東京大学創立150周年に向けての機運を醸成したいと考えています。

現在、数々の記念事業を構想しているところですが、もっとも大切なのは、これを学内だけに閉じたイベントとせず、できるかぎり多くの学外のパートナーの方々とともに150周年を祝うことです。記念事業の趣旨文に「響存」という言葉を掲げたのは、この思いを強く表したかったからです。一人一人のパートナーたちと響き合いながら、ともに生きていこうとする理想が広がる世界を創り、創造的な地球市民を育てることに東京大学は貢献していかねばなりません。こうした本学の過去と現在と未来を見わたす150周年記念事業のために、「東京大学をかえりみる」、「東京大学が生みだす」、「東京大学でつながる」という三つの旗をかかげています。

私の総長任期は今年4月から後半に入りますが、いま改めて、東京大学を閉じた組織ではなく、社会と世界の多様な知と人とが出会い、対話する場にしようという決意を思い出しています。東京大学がこれまでに経てきた150年、そして今後経ていく150年という非常に長いスパンの中で、この決意がいかに位置づけられ、評価されるのか。緊張感を新たにして、大学構成員の皆さんと一緒に2024年を進んでいきます。これまで以上のご協力をお願いいたします。

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東京大学総長 藤井輝夫

令和6年(2024年)1月5日
東京大学総長
藤井輝夫

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