「危険」を「機会」に転じる知恵
このシリーズでは、未来社会協創推進本部(FSI)で「登録プロジェクト」として登録されている、国連の持続可能な開発目標(SDGs)に貢献する学内の研究活動を紹介していきます。
FSIプロジェクト 022
ニート(若年無業者)やスネップ(孤立無業者)といった存在を浮き彫りにし、いちはやく社会に警鐘を鳴らしてきた玄田有史教授が現在、 岩手県釜石市と連携して研究しているのは「危機対応学」。社会のなかのさまざまな「危険(リスク)」を「機会(チャンス)」に転じる 対応メカニズムを解明する、新しい学問です。
玄田教授と釜石市とのつながりは、2006年にさかのぼります。「当時、社会科学研究所では『希望学』と銘打ち、個人の心の問題とされてきた“希望”を社会科学の観点から考察する 研究に取り組んでいました。かつて近代製鉄業発祥の地として栄えながらも、平成の始まりとともにすべての高炉を閉じた釜石の人たちが、どのように挫折を克服しようとし、希望を取りもどそうとしてきたかを知りたかった」と玄田先生は話します。
釜石は経済的危機だけでなく、津波や戦災などの大きな災 害も経験し、復興してきた土地でもあります。 そのたくましい釜石魂を奇しくも目の当たりにしたのは、2011年3月の東日本大 震災でした。市内の小中学校の子どもたちが、 「想定にとらわれない」、「つねに全力を尽くす」、「率先して行動する」という3つの防災標語を実行し、高台に逃げのびたエピソードは 「釜石の出来事」、「津波てんでんこ」というキーワードとともに語り継がれています。
現在、この出来事の舞台となった小学校と中学校があった土地には、2019年に日本で開催される「ラグビーワールドカップ 2019TM」の会場の1つに選ばれた「釜石復興スタジアム」が建てられています。 実はこのスタジアムの建設計画が持ち上がったのは、震災からわずか9カ月後のことだったといいます。 玄田先生は「紆余曲折を経ながらも、こうした形で震災の記憶を残すことを決断した釜石の人たちの経験や言葉を大切にしながら後世に伝えていくことが『危機対応学』の使命だと思っています」と話します。
このプロジェクトが貢献するSDGs
玄田有史 教授 | 社会科学研究所