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囲碁・音楽とAI――個性と即興性を考える異分野間対話 【特集 AIと人間社会 Vol.2】

掲載日:2023年11月17日

画像や文章などを生成するAI技術が急速に進歩し、大きな話題を呼んでいます。ChatGPTに代表される生成AIと人間・社会の関係は今後どうなるのか、特集します。


特集第1回目では、生成AIへの期待や懸念、「創造性」の意味や価値について議論した異分野間座談会のダイジェストをお届けしました。特集第2回目は、ピアニストの角野隼斗氏、囲碁棋士の上野愛咲美氏・大橋拓文氏に、座談会に参加して考えたこと、囲碁界・音楽界におけるAIを活用した未来についてなど、さらに詳しく語っていただきました。(以下敬称略)

AI登場後の個性と多様性

角野:座談会に参加して、人間だけが何かを「創造」できる特別な存在であるという考え方はそもそも近代的な概念である、と羽田先生が話されていたのがとても印象に残っています。これは人間が古くから持っていた当たり前の考え方ではないのだと。

大橋:座談会を通して、囲碁と音楽の共通点も見えてきたと思います。クラシック音楽の歴史で作曲者の名前が、囲碁の歴史では棋譜が、それぞれ残るようになった文化的背景は似ています。ヨーロッパ諸国では上流階級の人々が音楽家のパトロンになり、教会の音楽から徐々に楽譜が残るようになって、作曲家個人が自ら自己主張をしはじめました。日本では徳川家康が囲碁と将棋の家元をつくり、それ以降、個人の棋譜が記録されるようになりました。ヨーロッパ諸国でも日本でも同じ頃に、神が力を持っていた時代から人間中心の時代になり、互いに技術を競い合うようになって自己主張が始まったのかなと思います。

角野:そういう意味だと、AIという神のような存在が再び現れた、とも言えるかもしれませんが、自己主張的な部分との向き合い方はどう変わっていくでしょうか。楽器の演奏の仕方にその人らしさがあるように、囲碁にも棋士それぞれに個性があるのだと思いますが、囲碁AI登場以降に変化はありましたか?

大橋:囲碁界では、やはり50年ぐらい前と比べると、今はなかなか自己主張ができなくなってきています。完璧な技術や勝つための解がAIによって示されるようになると、どうしても人間のほうがAIに近づいて行かざるを得なくなります。ただ、その中でもやはり上野さんの囲碁は世界的に見ても個性を放っていますね。

上野:そう言っていただけるのはとても嬉しいです。他の人より“変な手”も思いつきやすく、それが必ずしも良いわけではないのですが、選択肢が広がることは面白いと思っています。多様な手を使って勝ちに行くほうが楽しいからです。囲碁AIにもいくつか種類がありますが、現在日本の棋士が利用しているのは主に2つです。これから、さらにずば抜けて強いAIが出てくると、手が絞られて面白さが半減してしまうかもしれません。

大橋:「人間の差は個性、AIの差は精度」とおっしゃる方もいます。囲碁AIはまだ1つにはなりきっていないので、今の状況はまだ多神教と呼べるかもしれません。そして人間の場合は、楽しさや幸せといった様々な感覚や感情があるので、囲碁で勝つためにも色々な中間目標を設定しますよね。一方で、ストレートに勝ちに向かっていくAIは、中間目標を持たないので、余計に解が絞られていく傾向があるのではないでしょうか。

上野:人間関係もとても大事だなと思います。私自身がプロの棋士になろうと思ったのは、ライバルの存在があったからです。もし幼い頃からのライバルがいなかったら、プロは目指さず普通に趣味として続けていたかもしれません。

コミュニケーションとしての即興

角野:即興はその場で音楽を作り出すものなので、必ずしもクオリティの高いものが出てくるとは限りません。しかし、場合によっては、時間をかけて考えても作れなかったであろう音楽が突発的に自分の身体の中から出てくることがあるのです。言葉や数式で説明することが難しい「意図しない創造」が即興の楽しさだと思っています。

指導碁
「指導碁」の様子 ©大橋拓文

大橋:座談会の途中で角野さんとピアノの連弾をさせていただいた時は頭が真っ白でしたが、後から映像を見返して「指導碁」を思い出しました。囲碁では、プロとアマチュアがハンディキャップをつけて対局することを「指導碁」と呼びます。プロの棋士は、最初は相手の力を測るような手を打ち、この手ができたら次はこの手を、という具合にゲームを進めていきます。連弾で、角野さんも相手がここまで出来るかな、ということを測りながら演奏されていたのかなと思いました。

角野:それは、無意識にやっていたかもしれないです。即興にはコミュニケーションという意味合いもありますね。相手のやっていることに対してどう返すかをその場で考えて合わせていく即興は、とても人間的だなと思います。

大橋:無言のうちに情報交換をしていたのかもしれません。これも実は囲碁と似ています。喋らなくてもお互いの考えていることが分かる、という意味で囲碁には「手談」という別称があるのです。

上野:人間の棋士との対局には、その場の空気がすごく反映されますね。目の前の相手の雰囲気で、初手を決めることがよくあります。相手が研究していそうな表情をしていたり、緊張していそうな仕草をしていたりしたら、あえて別の手を選ぶ時もあります。人間の棋士には大抵「好きな戦法」がありますが、AIにはそういった特徴がほぼないので、AIと勝負する際に即興性は必要ありません。これがAIと人間の大きな違いだと思います。将棋は先を読めた方が強いと言われていますが、囲碁は最初から先読みするというよりも、感覚がより重要な部分を占めていると思います。

角野:リアルタイムに音楽を生成するという意味での即興であれば、性能の良いコンピューターを使えば可能かもしれません。しかしながら音楽でも囲碁でも、人間は五感で色々なことを感じながら行動しているので、それら全部をAIがインプットして何らかのアウトプットを出すことをどこまで実現できるのかは疑問です。

AIと人間が共存する未来

角野:これからAIが人間の存在を脅かすのではないか、という懸念はどの業界にもあると思いますが、生成AIは人間全体のレベルを上げることにもなると考えています。例えば、AIを使ったピアノのレッスンができるようになれば、あまり教育機会がない地域の子供でも、上達スピードが速くなるかもしれません。

Artificial Intelligence Playing Go

大橋:囲碁のメインマーケットである中国は、AIの開発に積極的です。つい最近、囲碁を打ってくれるロボットが登場しました。そのロボットは研究にも付き合ってくれるようで、囲碁の先生の仕事がなくなるのではないかという心配も当然出てきます。ただ、一般の人達はあまり危機感を持たずに、ロボット見たさで囲碁教室に集まってくるようです。気楽に練習して強くなるためにロボットを利用したいと思うユーザーも多いので、ロボットやAIを使いこなせる教室の需要が高まる気配もあります。しばらくはロボットと先生が共存していくことになるのではないでしょうか。

上野:最近、お店の注文や会計にもQRコードやセルフレジを使うことが増え、店員さんとコミュニケーションを取る機会が減っています。店員さんと会話することが好きなので、これから街にたくさんロボットがいる未来の状況を想像すると少し怖いですね。囲碁AIに関しては、すでにとても強くなっていて、最近は伸び率が少なくなっているような気がしています。練習するときは、作戦会議をする相手として囲碁AIを活用していますが、正直これくらいでいてほしいな、と思っています。

角野:どの業界でも、適材適所になっていくような気がします。ピアノを弾く人型ロボットを作ること自体はそこまで難しくないようなので、近い将来、ロボットと共演するピアノコンサートをやってみたいと思っています。ミスしないで完璧なパフォーマンスをするロボットやアバターをビジネスに使う人も増えてくるのではないでしょうか。人間全体のレベルも上がってロボットも参入すると、パイの取り合いがよりシビアになっていくとは思います。

大橋:勝ち負けがつく囲碁でも、競争が厳しすぎてこの先どうなるのだろうという不安はあります。一方で人間の寿命も延びているので、世界的には、若いうちに囲碁棋士を引退して他業種にチャレンジする人もいます。AIのおかげで人生3周ぐらい楽しめるようになるかもしれません。

上野:10代の時と比べると、20代に入って年齢とともに終盤の形勢判断や目算が難しくなってくることは実感しています。これからもAIと一緒に学びながら、30代になってもタイトルを獲得できるような棋士を目指していきたいな、と思っています。


* 角野隼斗さん、上野愛咲美さん、大橋拓文さんと東京大学の研究者、松原仁教授、江間有沙准教授、羽田正東京カレッジ長が対談した【特集 AIと人間社会 Vol.1】囲碁・音楽とAI――創造性をめぐる異分野間対話もあわせてご覧ください。

 
角野 隼斗

角野 隼斗

ピアニスト・作編曲家。2018年東京大学大学院在学中にピティナ特級グランプリを受賞。国内外でのコンサートを始めジャンルを超えた音楽活動を幅広く展開している。Cateen(かてぃん)として活動するYouTubeチャンネルは登録者128万人を突破。

上野 愛咲美

上野 愛咲美

囲碁棋士五段。第16・17回広島アルミ杯・若鯉戦優勝。2023年女流名人獲得、女流立葵杯防衛。9月、女性棋士として史上初となる新人王獲得。AI囲碁研究会メンバー。

大橋 拓文

大橋 拓文

囲碁棋士七段。東京工業大学非常勤講師。2018年にAI囲碁研究会を発足させる。日本のAI囲碁研究の先駆者的存在である。

 

インタビュー:2023年10月
取材:寺田悠紀

 

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