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囲碁・音楽とAI――創造性をめぐる異分野間対話 【特集 AIと人間社会 Vol.1】

掲載日:2023年10月19日

画像や文章などを生成するAI技術が急速に進歩し、大きな話題を呼んでいます。ChatGPTに代表される生成AIと人間・社会の関係は今後どうなるのか、特集します。


特集第1回目は、分野の異なる専門家たちが「創造性」をテーマに、生成AIへの期待や懸念、「創造性」の意味や価値など様々な話題について語り合います。ピアニストの角野隼斗氏、囲碁棋士の上野愛咲美氏・大橋拓文氏にAI技術の開発者である松原仁教授、科学技術社会論を専門とする江間有沙准教授が加わり、歴史学者の羽田正・東京カレッジ長が司会を務める、東京カレッジ主催の異分野間座談会をダイジェストでお届けします。(以下敬称略)

進化を続けるディープラーニング

松原:ディープラーニングという技術が、今回のAIのブームのきっかけを作りました。画像の生成AIも、ChatGPTという言語の生成AIも、ディープラーニングの延長線上にあります。囲碁AIもその仲間です。今回、注目すべきなのは、データの量です。膨大なデータから学習して強くなった囲碁AIと同様に、インターネット上にある大量の画像と言語をディープラーニングの最新の手法で学習させたところ、思った以上にパフォーマンスを発揮するようになりました。量が質に転化したから、と言えるでしょう。

羽田:囲碁AIが自己対戦によって新しい打ち方を見つけ強くなっていったように、ChatGPTも新しい何かを生み出しているのでしょうか?

松原:ChatGPTは人間の言葉を集め、それまでになかった言葉を生み出すようになりました。生み出された言葉を、ChatGPTに再度学習させる試みも始まっています。

角野:AIにしか話せない独自の言語を生成する可能性もありますか?

松原:AIは、短いデータでやり取りする方が良いと学習するはずなので、人間同士で同じことを伝えるのに100字かかるような内容を暗号のような言葉に短縮して、AI同士にしか解らない文章を、AI自身が作り始める可能性は十分にあります。

AIの利用とリテラシー

羽田:生成AIの技術が急速に進んでいくと、これまでの人間社会の常識や決まりと不連続な部分が出てくるでしょうね。

江間:我々のリテラシー自体が追いついていないことが問題です。人間が合意形成し、それに基づいて法律やガイドラインを作り、適切な利用ができる状態に持って行くためには、時間が必要です。技術の進化と社会生活の歩調をいかに合わせていくかが、我々が今直面している課題です。新しい技術が出てきた時、それを使える人と使えない人の間にギャップが生まれてしまうことも懸念されます。

大橋:まさしく今おっしゃったことを、囲碁界は5年前くらいから体験しています。現時点でのChatGPTは、囲碁AI「アルファ碁」でいうとまだ初期のモデルでしょう。これから3年ぐらいで爆発的に進化し、それに合わせて様々な問題が生じるでしょう。囲碁界は少し先に行っているとも言えそうです。

江間:当初からAIに親しみを持つ人は、AIを遊び道具のようにどんどん使って、上野さんのように使いこなす世代が出てきます。

大橋:例えば上野さんのようにAIに親しんで勉強した世代からAIを超える天才児が現れたときに、ルールが整備されていないと不正が疑われてしまいます。次世代の天才を守るためにも、これからの時代には新しいルールが絶対に必要です。

Kakuno

羽田:音楽界ではどうでしょう?生成AIの登場で、根本的に変わったことはありますか?

角野:囲碁とは違って音楽には正解も不正解もありません。世の中にある無数の選択肢からBGMを選ぶことと、新しく生成することに、そこまで大きな違いはないように思います。これがAIの価値が高まらない理由かもしれません。でも、一瞬で沢山の量を生成するAIの力は、作曲や編曲の作業速度を上げるのに有効です。

大橋:現状では、勝ち負けのはっきりしない音楽の世界より、勝ち負けがある囲碁の方がAIとの相性は良さそうですね。


音楽界、囲碁界における「創造性」とは?

角野:何が創造的かは人間が決めるものですが、創造には、「意図する創造」と「意図しない創造」の2パターンがあると思っています。僕はよく、意図せず身体を通して出てきた音楽を録音して、それを後から評価します。「意図しない創造」がAIからぽっと出てくる可能性をとても楽しみにしています。

大橋:上野さんはこの前のタイトル戦で、見ているプロがおおっ!と言う手を打ちました。上野さんにとっては普通かもしれないですが、見ているプロたちから見ると、充分に創造的な手に見えました。

上野:AIと一致しているかとか、世界のトップ棋士だったらどう打つのかとか、自分の頭の中にフィルターをかけてから打つことはありますが、あの時は正直に打ちたい手を選んで打ちました。

大橋:上野さんの手はAI的には“良くない手”でしたが、見ている方は感動しました。囲碁AIの登場以降、棋士の打つ手がみんな似通っていると言われるなかで、ファンの方々からも上野さんの碁は面白いと言われています。

江間:正解があるのかないのか分からない音楽や美術の世界と違って、囲碁界では、AIの打つ手が正解であるという前提があるから、そこから外れるのが独創的とか創造的と表現されるのかなと思いました。AIの正解から外れた、あるいは評価できないイレギュラーなものが創造的だと言われるのは、何か不思議な気もしますね。

羽田:AIが何かを創造しているのかどうか。これは今日の重要な論点です。松原さんは、生成AIも活用して手塚治虫の『ブラック・ジャック』の新作を制作するプロジェクトに加わっていますが、AIは創造しているのでしょうか?それとも何かを模倣しているだけなのでしょうか?

Ueno, Ohashi, Matsubara

松原:AIの作る新作が誰のオリジナルか、という議論はあります。手塚プロの過去の作品やキャラクターから学習するので、アルゴリズムによって生成されたキャラクターやストーリーは、あくまで過去のデータから計算して出てきたもので、例えば音楽の独創性とはかけ離れています。それでも、見る方がそこに新しさを感じれば、手塚さんに新たな創造性が重ねられて創造的な作品が出来たと言えるかもしれません。

大橋:音楽の場合、コンピュータが作ると実際には弾けないような曲も出てきます。人間の身体性という制約が、かえって何か個性を形づくっているところがあるかなと思います。

角野:ショパンの作曲は、特に身体に紐づいています。創造性は個々人の制約から生まれる側面が大きいと思います。

松原:コンピュータには制約がなさすぎるのです。現在は、膨大な数の「音楽」を作り出し、その中に偶然曲らしいものが1つあるような状態です。AIから創造的なものが出てこないのは、あまりにも自由度が高すぎるからです。ChatGPTからシェイクスピアが出てくる可能性はゼロに近いです。生成AIで綺麗に小説を書かせるには、かなりうまく制約を入れないといけません。

創造するのは「誰」か?

羽田:そもそも「創造性」が重要な価値と考えられるようになったのは、18世紀以降のことです。それ以前は、「オリジナリティ」は必ずしも重要ではありませんでした。18世紀頃の西洋で、人の作った作品にオリジナリティやコピーライトがあるという考え方が生まれました。近代西洋が見出した創造性という価値は、同じ時期に生まれた「人間」あるいは「個人」という概念と非常にうまく結びついています。ということは、「AIは創造しているのか?」と問うこと自体が、西洋近代の思考パターンに従っているにすぎないのかもしれません。

松原:AI研究者として、創造性はそんなに特別ではない“能力の一つ”だという仮説を持っています。人間ではなくても、AIでもそれなりに出来ることを実証しようと思って小説や脚本を書かせているところもあります。眼鏡を使うことによって、もともと見えるものがさらに拡大して見えたり遠くまで見えたりする、という感覚です。

羽田:生成AIは我々の能力をさらに高めるための手段であると考えればよいのでしょうか。

江間:「AIが創造性を持つか?」という問いは、人間ではなくAIが主語になっています。ここが争点になると思います。私はどちらかというとAIを主語にして語るのはやめようという意見です。AIはあくまでツールであり、使い方は人間次第、最終的な責任を持つのも人間です。「AIも創造性を持つ」と言い切ってしまうと、人間の尊厳や存在が脅かされるという恐怖感が生まれます。

変りゆく創造性の価値

松原:AIの創造性を考えることによって、創造性とは何か、さらには人間とは何か、という議論を深めることもAI研究の大きな目的です。

大橋:AIをうまく使って、これまで不可能だったことを可能にすることができれば素晴らしいですね。

上野:今後、私達が今はまだ想像していないことがたくさん起こるような気がして、それがとても楽しみです。

Ema

江間:ChatGPT自身が、自分が生成したものを「これはとても独創的・創造的です」と言っても説得力がありません。この音楽は素晴らしいとか、この手は素晴らしい、という評価を人間が下すことによって、はじめてそれが創造的であると認識されます。価値を決めるのは、最初に何かを成し遂げた人ではなくて2番目にそれを見いだした人だ、とよく言われるように、その役割は今のところまだ人間が担うべきものなのでしょう。

羽田:人間にせよ、創造性にせよ、時代性のある概念なので、これから100年後、200年後には、その価値がまた変わってくるかもしれません。人間だけが特別だと考える時代は終わりなのだろうなとも感じます。

角野:人が膨大な時間をかけて生み出していたものを AIが一瞬で作り出すようになると、創造性の価値は相対的に低くなっていくでしょう。創造性の価値は50年後、100年後には変わっているのかなと思います。


* 動画の全編は東京カレッジのYouTubeチャンネルをご覧ください

 
角野 隼斗

角野 隼斗

ピアニスト・作編曲家。2018年東京大学大学院在学中にピティナ特級グランプリを受賞。国内外でのコンサートを始めジャンルを超えた音楽活動を幅広く展開している。Cateen(かてぃん)として活動するYouTubeチャンネルは登録者124万人を突破。

上野 愛咲美

上野 愛咲美

囲碁棋士五段。第16・17回広島アルミ杯・若鯉戦優勝。2023年女流名人獲得、女流立葵杯防衛。9月、女性棋士として史上初となる新人王獲得。AI囲碁研究会メンバー。

大橋 拓文

大橋 拓文

囲碁棋士七段。東京工業大学非常勤講師。2018年にAI囲碁研究会を発足させる。日本のAI囲碁研究の先駆者的存在である。

松原 仁

松原 仁
次世代知能科学研究センター教授

専門は人工知能全般。著書に『AIに心は宿るのか』(2018年、集英社インターナショナル)、『鉄腕アトムは実現できるか――ロボカップが切り拓く未来』(1999年、河出書房新社)などがある。

江間 有沙

江間 有沙
未来ビジョン研究センター准教授

専門は科学技術社会論。人工知能やロボットを含む情報技術と社会の関係について研究している。著書に『絵と図でわかる AIと社会 ――未来をひらく技術とのかかわり』(2021年、技術評論社)、『AI社会の歩き方――人工知能とどう付き合うか』(2019年、化学同人)などがある。

羽田 正

羽田 正
東京カレッジ長

歴史研究者。専門は世界史、グローバルヒストリー。著書に『〈イスラーム世界〉とは何か――「新しい世界史」を描く』(2021年、講談社)、『グローバル化と世界史』(2018年、東京大学出版会)、『新しい世界史へ――地球市民のための構想』(2011年、岩波書店)などがある。

 

動画収録:2023年6月
取材:寺田悠紀

 
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