史料の記述から過去の地震の全体像へ
日記や手紙などの史料を読み解き、過去の地震について研究してきた加納靖之先生。
京都で近世以降に発生した地震に関する調査や、歴史資料解読プロジェクトなど、歴史学との協働により過去の地震に迫る研究について紹介します。
日記の「揺れた」から地震を読む
KANO Yasuyuki
地震研究所、地震火山史料連携研究機構 准教授
地震について書かれた史料を解読し、いつ、どこで、どんな地震が起きたかを調べています。日記や手紙などの史料を丹念に読み、「揺れた」、「棚から物が落ちた」、「建物が倒れた」といった地震に関する記述を集めると、震源地や地震の規模、余震の有無や回数、被害分布などの全体像が見えてきます。
先輩方の研究によって、歴史時代に発生した地震の理解は進んできました。しかし、まだまだ読み解かれていない史料も多く残っています。新たな史料を調べたり、すでに解読された史料を丁寧に読み返すことで、より詳細な被害状況が分かり、小さな地震を新たに発見することもあります。再読によって読み違いに気づくこともあり、該当箇所を修正して、より正確な地震理解につなげています。
京都大学防災研究所にいたときに、資料館などで史料を調べ、街を歩き回り、地域の地震に関する情報を集めて、『京都の災害をめぐる』というガイドブック的な1冊にまとめました。京都は「千年の都」というくらいだから大きな災害はないところだと思っていた、という声を聞くことがあります。実際は、おおよそ100~200年に1度は、市中に被害をもたらす大地震が起きています。京都で約280人が亡くなった1830年の文政の地震(マグニチュード6.5程度)、その前の1662年の寛文の地震(M7.6程度)では200人余りが亡くなりました。鎌倉時代と平安時代にも大きな揺れが記録されています。



火災、水害を含む、近世以降にも京都市内およびその周辺を襲った主な災害を、地図や写真とともに紹介しています。
液状化現象も発生しています。たとえば京都、奈良、三重の県境辺りが震源の1854年の伊賀上野地震(M7 1/4)。池田家文庫『三上方御下知状留』には、岡山藩伏見屋敷で泥や砂が地下から噴出したという記録があります。絵図や発掘調査の地質などを調べると、伏見屋敷があった場所は、江戸時代後期以前は湿地であったことが分かりました。液状化しやすい土地だったと考えられます。


出典:国書データベース

市民参加型の歴史資料解読
史料を読み始めたのは、京都大学の中西一郎名誉教授に「古文書を読む勉強から始めよう」と誘われたことがきっかけです。2011年の東日本大震災発生後で、平安時代の貞観地震との類似性が注目され、過去の地震を知る重要さが再認識されていた時期でした。
2017年には「みんなで翻刻」という市民参加型の歴史資料解読プロジェクトを開始し、国内外のオープンデータとして公開されている資料の読み解きを進めています。参加者は延べ約1万人以上、翻刻した文字数は5500万字くらい。研究者だけでは到達できない量です。ジャンルは問わず解読を進めていますが、1855年の安政の大地震で亡くなった藩士の名前が見つかるなど、地震に関する新たな知見も得られています。

。2017年に京都大学古地震研究会によって始まり、現在は東大の地震研、国立歴史民俗博物館も参画。2024年と2025年には賞金総額25万円の古文書解読コンテストも開催しました。現在は、地盤の隆起と沈降といった「揺れ以外の情報」にも注目しています。たとえば高知県の室津港に関する史料には、地震後に港の水深がどれほど変化したかが記録されています。その情報をもとに隆起量を求め、歴史地震研究に活用されてきました。今後取り組みたいのが、古文書に記された地震関連の情報のデータベース化です。先輩方の組織的な史料収集は平成あたりで一区切りとなっているので、それ以降に見つかった全ての情報を集約していきたいです。


