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COVID-19 を越えて ~総長・理事・教養学部長鼎談 |コロナ禍と東大。

掲載日:2020年9月22日

コロナ禍と東大。
活動制限下の取組みから見えてくる新時代の大学の姿とは?
2020年。新型コロナウイルス感染症の影響で、東京大学の活動は想定していたものから大きく様変わりしました。本特集では、このおよそ半年間に東京大学の現場で行われてきた取組みの数々を記録し、ウィズコロナ時代の大学の活動とは何かを考えるきっかけを提供します。
総長・理事・教養学部長鼎談

COVID-19を越えて

2020年上半期の東大のコロナ対応を振り返る

世界中を混乱に陥らせている新型コロナウイルス。もちろん東大も例外ではありません。しかし、ウイルスに従って黙ってすごしてきたわけでもありません。コロナ禍発生からの約半年間、東大は何をどのように行ってきたのか。任期の最終年度をコロナとともに迎えた総長、全学のコロナ対策を牽引する理事、6600人の前期課程学生を抱える教養学部長の三人が、鼎談形式で振り返るとともに、今後の展望を語りました。

鼎談日=2020年7月10日

  • 横山(司会) この数ヶ月間、東大もコロナ対応に追われてきました。ここで一度立ち止まり、振り返りたいと思います。駒場は特に対応が早かったですね。
  • 太田 そうですね。要因の一つは、PEAK(教養学部英語コース)の入試が1月から始まっていたことです。例年海外で行っている面接をオンラインに切り替える必要があり、これが準備となりました。もう一つは北京大学との連携によるプログラム、東アジア藝文書院(EAA)の存在です。EAAメンバーの石井剛先生から北京の情報が早くから入ってきて、2500もの授業をオンラインでやると聞いて驚きましたね。春節の後が危ないと思い、中国から戻った学生は2週間家にいるよう1月30日に指示を出しました。全学に続き、駒場のタスクフォースを立ち上げたのが3月12日です。19日には活動制限レベルを伝えるカラー表示を開始。たまたま東京都と同じ色でしたが、正門と、ウェブのトップページに表示しました。

授業開始を遅らせるという選択肢は当初からなかった

五神総長写真
総長
五神 真 GONOKAMI Makoto
2015年4月より総長。専門は光量子物理学。著書に『変革を駆動する大学』(東京大学出版会)、『大学の未来地図』(ちくま新書)。
  • 五神 駒場の初動での素早い対応には、EAAでの中国との交流が関係していたんですね。PEAKも含め、大学におけるグローバルな交流の価値をあらためて感じます。振り返ると、私が1月下旬にダボス会議のために海外出張した時点では、まだ新型コロナ感染は大きな騒ぎにはなっていませんでした。2月に入ると豪華客船内での感染のニュースが連日大きく報じられ、他人事ではなくなりました。当初一番心配したのは、直前に迫っていた入試で、なんとか無事実施できるよう祈るような気持ちでした。3月に予定していた大きなイベントは軒並み延期となり、4月以降の活動をどうするのか、心配の声が高まっていました。ただ、授業開始を遅らせるという選択肢は私の頭には最初からありませんでした。
  • 横山 当初から、学事暦は変えない、とお考えだったんですね。
  • 五神 直感的に、先の状況は読めない、できる形でやるしかないと思ったんです。夏には収まるとの見方もありましたが、私は先送りにしてもキリがないと考えました。オンライン授業への不安はありましたが、3月上旬に情報系の学会をオンラインで行うと喜連川優所長から聞いて国立情報学研究所に出向いて実施事務局での運営風景を見学したところ、非常にうまくできていたんです。参加者はパラレルセッションにすぐ移動できる、といった長所も肌で感じることができました。
  • 横山 決断の背景にはそうしたご経験があったんですね。
  • 五神 オンライン授業では、ネット環境が良好でない学生への配慮のほか、著作権の問題もありました。通信負荷を考えると、リアルタイム双方向だけでなく、オンデマンド配信との併用が不可欠だと考えました。著作物をオンデマンド型授業でも円滑に利用できるようにするための著作権法の改正は済んでいましたが、実施方法の協議中で、施行の手前の段階でした。これを早期に施行してもらって正規に利用できるようにすることが必要と考え、3月末に急遽、旧七帝大の総長と国立情報学研究所長との連名で文化庁と指定管理団体に要請を出しました。この要望の甲斐もあり、今年度は無償で利用できることになりました。それから、3月で思い出すのは卒業式です。中止すべきか迷いましたが、大幅に縮小して開催しました。総代がたまたま武漢出身の学生さんで、とてもいいメッセージを出してくれ、印象的な式典になりました。
  • 太田 総長告辞を読んで、浙江省の方が駒場に大量のマスクを寄贈してくれたということもありました。
  • 福田 全学のタスクフォースでは、3月30日に重要な通知を出しました。海外から帰国した場合は2週間自宅待機を、というものです。海外渡航した構成員の数を3月中旬にアンケートで調べたら1500人もいて、これは大変だと思い、すぐに要請しました。学内の感染拡大防止にはこれが大きかったと思います。
  • 太田 駒場では、3月に学生の国際研修の予定が目白押しでしたが、全部止めました。キャンセル料が甚大でしたが、止めていなかったら大変だったでしょう。
  • 横山 3月18日の総長メッセージでは、授業を学事暦通り行うこと、オンライン授業の奨励、卒業式簡素化、入学式中止、入構制限などの方針が記されました。
  • 福田 学事暦通りに授業を行うというのは、総長の英断で、リーダーシップありきでしたね。
  • 五神 普通は相談の場を設けますが、着地点が明確で本当に重要な決断が必要なときはそうしません。余計な心配を広げるより自らの責任で決断するという意識でいます。もし多くの人に相談していたら、東大も遅らせることになっていたかもしれません。
東京大学のコロナ対応の経緯(は駒場)
Jan. 1月30日 中国から入国・帰国した場合の2週間待機を指示
Mar.   3月11日 オンライン授業・Web会議ポータルサイトを開設
  3月18日 総長メッセージ(1本目)を掲載
3月19日 ステージ・イエローを掲示。新入生&保護者へオンライン授業の準備を要請。
  3月23・24日 卒業式・学位記授与式を縮小開催。
3月24日 新入生の入学諸手続を十分な距離を取って対面実施。
  3月26日 学生の課外活動中止を要請。
3月27日 ステージ・オレンジへ移行。
  3月30日 タスクフォースから部局長へ、海外渡航者の2週間待機を指示
  3月31日 授業の全面オンライン化を通知。
Apr.   4月1日 授業目的公衆送信補償金制度の早期施行を要請
  4月2日 総長メッセージ(2本目)
  4月3日 活動制限指針を6段階で設定。レベル2への移行を発表。一般者入構を制限
  4月6日 活動制限をレベル2(制限-中)へ引き上げ。対面会議を禁止。
4月7日 ステージ・レッドへ移行。
  4月8日 活動制限をレベル3(制限-大)へ引き上げ。
中止すると大損失を招く実験を長期継続中の教職員のみ入構可に。
  4月8日 五月祭とオープンキャンパスの中止を発表。(後にオンライン開催に)
  4月12日 入学式中止のかわりに入学者へのメッセージを発表。
  4月21日 総長メッセージ(3本目)を発表。緊急対策基金を設置。
May
 
  5月12日 総長メッセージ(4本目)を掲載。
  5月15日 給付型奨学金などの緊急学生支援パッケージを開始。
Jun.   6月1日 活動制限をレベル2に引き下げ。
  6月1日 総長メッセージ(5本目)を掲載
  6月15日 活動制限を「レベル1(制限-小)」に引き下げ。
6月15日 ステージ・オレンジへ移行。
Jul.   7月13日 活動制限を「レベル0.5(一部制限)」に引き下げ。
7月15日 Sセメスターのオンライン定期試験を実施。
  • 太田 私を含めて多くの教員が望んだ決断でした。
  • 横山 6月までに5本出された総長メッセージのタイミングはどう決められていたのでしょうか。
  • 五神 私から出したいと言ったものも、執行部の先生から出してほしいと言われて出したものもあります。いずれにせよ、総長が厳しい制限を課す際は、トップの意思を明確に示しそれを構成員に共感してもらわないといけないと思いました。
  • 太田 組織のリスクコミュニケーションにおいては、トップの考え方を適宜出すことが大事ですよね。
  • 五神 東大がコロナをどう理解しているのかも学内外に伝えたいと思いながら書いていました。あまり悲観的にならず明るい面を共有することも心がけました。
  • 横山 前向きな姿勢がよく伝わったと思います。さて、4月に入ると、6段階の活動制限指針を出されました。0-0.5-1-2-3-4と細かい設定がなされています。
  • 福田 ハーバード大学の例を参考にしたんですが、これには規制を戻す際の基準が入っていませんでした。それで、0.5を後から追加したんです。半端なのはそのせい。緊張感が高い時期、1→2→3とあっという間に制限レベルを上げたことには批判の声もいただきましたが。
  • 五神 4月の中旬にかけて欧米での感染が急速に広がり、それと同様のことが日本でも進むのではという懸念がありました。制限レベルを上げた頃は私も日々緊張でしたね。医学部附属病院長の瀬戸泰之先生と話して、医療活動が切迫しつつある感触を得たのを思い出します。幸い、院内感染を出さず、大きな手術も減らさずにがんばってくれました。
  • 福田 軽症は医科学研究所附属病院、重症は医学部附属病院と大まかに役割を分けてうまく連携してくれました
  • 太田 コロナ禍になる前、総長が両院の連携を進めようと話していましたね。
  • 五神 結果的によい準備になったかもしれません。
 

幅広い分野の専門家が揃う総合大学の長所を発揮

福田理事写真
理事・副学長
福田裕穂 FUKUDA Hiroo
専門は植物生理学。共編著に『植物の細胞を観る実験プロトコール』(秀潤社)、『植物のシグナル伝達』(共立出版)
  • 福田 オンライン授業の対応を振り返ると、専門の知識をもった人が学内に揃っていてよかったと思うんです。
  • 太田 幅広い人材を抱えるのは総合大学の長所ですね。
  • 五神 日本語教育の分野もいち早くオンラインに切り替えていました。工学系研究科も実習を含めてオンライン化を進め、先日はオンライン家族会も行ったそうです。現場が自律的な判断で動いていてたのもしい限りです。一方で、東大の一連の対応を、学生にはある程度示せたと思うんですが、一般の人にはそうではなかったかもしれません。
  • 横山 広報戦略本部も議論をしながら動いていました。査読を受けていないプレプリントの発表には慎重になり、また、最前線でがんばる研究者には取材をお願いすることを遠慮する配慮もありました。
  • 太田 節度ある機関はそういうものだと思います。
  • 横山 この号が出る頃は状況がどうなっているでしょうか。
  • 福田 感染者はもっともっと増えているでしょうね。
  • 五神 長期的に見れば、私はコロナ禍を乗り越えればそれによって大きなプラスが生じると見ています。ただ、そのためにはいい方向に向かうという意思を示し続けないといけません。これまでデジタル革新をインクルーシブな社会のための糧にしようと言い続けてきましたから、多くの構成員はわかっていると思いますが、この流れを知らずにコロナ禍を迎えた新入生は心配です。彼らが取り残されないよう、注意深くケアしたい。留学生も含め、弱い側にいきがちな人たちを支援していきたいと思います。
  • 太田 駒場では、秋学期の授業もオンラインでやるなら休学したい、という声が上がってきました。学生相談室への相談件数も増えています。メンタルケアを含め、その支援が必要だと思っています。
  • 福田 ずっと在宅だと逃げようがないんですよね。普段なら家を出て息抜きができるけど、自主的にサボることがオンライン授業だとやりにくい。
  • 五神 その辺りも友達と話すなかでわかってくるものですからね。受験生時代からずっと張り詰めたままだとキツいでしょう。パターン化した問題を解く高校までの学習なら参考書で練習できますが、大学ではそうはいきません。周りに友達がいれば皆事情は同じとわかりますが、一人だと自分だけ落ちこぼれたくないと思ってまじめにやるしかなくなります。
  • 太田 まじめな子ほど追い詰められるかもしれませんね。
  • 福田 この先はコロナとつきあいながら大学の活動を行うようになります。ウィズコロナの新しいキャンパスライフを皆でつくらないといけません。

リスクは最小限にし活動は最大限にする

太田研究科長写真
総合文化研究科長・教養学部
太田邦史 OHTA Kunihiro
専門は分子生物学。著書に『「生命多元性原理」入門』(講談社選書メチエ)、『エピゲノムと生命』(ブルーバックス)
  • 五神 6月に出したメッセージの最後にはそのことを書きました。リスクは最小限に、活動は最大限にやっていく。いわば、病院の状況に近いかもしれません。リスクを管理しながら治療という必須の活動を続けるのが病院で、同じことは大学全体にもいえそうです。
  • 横山 実験や実習については対策をご検討されているでしょうか。
  • 福田 密な対面が必要な実習にはPCR検査を受けてから出てもらうという対応が一つ考えられます。事前にeラーニングを受けてから授業に出る体制も整えつつあります。
  • 太田 当初はコロナがどういうものかわからず、厳密に活動制限するしかありませんでした。でも、こうすればかからない可能性が高い、とある程度わかってきました。こうやればできる、と社会に率先して示すのが大学の責務だと思います。
  • 五神 その通りですね。エビデンスベースで正しいと思うことをやり続け、それを社会に示していきましょう。
  • 横山 対面の活動が難しくなっている国際交流ではどういう活路があるでしょう。
  • 五神 これまで、海外の卓越した研究者を東大に呼ぼうとしても、日本に引っ越すのはハードルが高くて難しい面がありました。ウィズコロナの時代にはオンラインの活動が盛んになり、日本に来なくてもよいケースが増えるでしょう。それなら協力したいという先生は多いはず。東大にとってはチャンスだと思います。
  • 横山 オンラインの国際会議が増えて活発化している面もありますね。
  • 五神 そこで東大の研究者が存在感を増すのか、減らすのか。研究の国際コミュニティから脱落しないようにしないといけません。ある種の図々しさも必要です。
  • 太田 対面でネットワークができていればいいんですが、オンラインだけで新規参入するのは大変ですよね。
  • 五神 国際的なネットワークを持っているシニアの先生が若手や中堅を引き連れて交流する場を積極的に設けることに期待しています。
  • 太田 そういえば、駒場の「高校生のための金曜特別講座」では、5月のオンライン開催で5000人が参加しました。
  • 五神 そうですか。その仕組みを使って全国の高校生に総長メッセージを直接届けられるといいですね。ポストコロナに向けて、オンライン配信をやりやすいスタジオもいくつか用意したいところです。
  • 福田 学術俯瞰講義のシリーズなど、東大の過去のアーカイブにもいいものがたくさんありますしね。

平時なら10年はかかる変化が4カ月で進んだ面も

横山教授写真
広報戦略企画室副室長・カブリ数物連携宇宙研究機構教授
横山広美 YOKOYAMA Hiromi
専門は科学技術社会論。学際情報学府を兼担。最近の寄稿に「SNSと現代社会」(日本経済新聞)など
  • 五神 コロナ禍のおかげで平時なら10年かかる変化が4ヶ月で進んだ、とはいえますね。5000の授業を一気にオンライン化するのは平時なら無理だったでしょう。
  • 太田 駒場の教授会の投票も電子式になりました。
  • 五神 前向きなメッセージを出しながら乗り切っていくしかないですね。ただ、学生は成績に関するプレッシャーも感じているでしょう。進学選択には大きな緊張感があります。本当はそこも改革できたらいいんですが。
  • 福田 優秀な学生が来ている学科だと制度を変えたくないと思うでしょうしね。
  • 横山 東大ならではの悩ましさに行き着いたところで、時間となりました。最後に一言ずつお願いします。
  • 太田 今日は明るい気持ちで話せましたが、コロナ禍は現在進行中で、この先どうなるかははっきりしません。……今後ともよろしくお願いいたします。
  • 福田 これからウィズコロナを実践するフェーズに入ります。執行部、教職員、学生、卒業生、皆でいっしょにウィズコロナ時代の大学を作っていきましょう。
  • 五神 今後の道筋が見えず、学外の皆さんは困っています。まだない道を作るのは、大学が本来得意とするところ。つまり、いまはまさに大学の出番なんです。大学がよいことを実践し、伝えていく。それは意欲をもって取り組むに足るものだということを全員で共有しながら、困難を乗り越えたいと思います。
  • 横山 いまは大学の出番。あらためて心しておきます。

撮影/貝塚純一
 

(脚注)
緩和ケア、画像診断、ロボット・低侵襲手術、リハビリテーションなどに関して、医科研附属病院と医学部附属病院が密接に連携して進める「白金・本郷機能強化特別プロジェクト」が動き出しています。

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