空と海の間でたゆたう気候変動に数値シミュレーションから迫る/升本順夫 地球環境を左右する2色の淡青
すべての生命の故郷にかかわる研究・教育活動集
あらゆる生命の故郷であり、地球の生物の生存を支えている海に関する科学を世界で進めるための「国連海洋科学の10年」。2021年はこの大きなキャンペーンがスタートした年です。そして東大は今年、海とともに歩んできた科学者を新総長に迎えました。工学、物理学、生物学、農学、法学、経済学……。様々な分野の事例が映し出す東大の海研究と海洋教育の活動について紹介します。
気候力学 |
空と海の間でたゆたう気候変動に数値シミュレーションから迫る
升本順夫/文 理学系研究科教授 MASUMOTO Yukio |
太平洋熱帯域の海面水温が平年より高い状態が続くエルニーニョ現象。そのメカニズムを探る過程で注目されたのが、大気と海洋の相互作用です。青い空と海との間で今日も生まれている気候変動の研究について、大気海洋循環物理学の升本先生が概説します。
淡青は海の色。そして空の色。2色の淡青が重なり混ざるところに気候の変動が生まれます。海洋と大気という異なる流体が主役となる気候変動では、両者が互いに影響を与えながら結びつき、数ヶ月から数年、数十年でゆっくり発展する1つの大きな構造を形作っています。地球が持つ自然のリズムとして、気温や水温、風や流れ、降水量などの変動が自発的に現れ、消えていくことの繰り返しが気候変動なのです。この悠久のリズムが、宮沢賢治が書いた「サムサノナツ」や「ヒデリノトキ」のような極端な天候をもたらす背景ともなり、人々を翻弄してきたことはご存じの通りです。このような気候変動がなぜ、どのようにして起こるのだろうか? いつどこでどのような気候変動が発生するのか、予測はできるのだろうか? などと考えて研究をしてきました。
海洋や大気は、非常に小さな揺らぎから地球規模の動きまで、様々な時空間スケールの現象が階層構造を作って相互に影響を与えている、とても複雑なシステムです。そのため、全体的に組織だった動きをすることがある反面、それぞれの部分が勝手気ままな振る舞いをする場合も多く見られます。この複雑さが気候変動現象の多様性を作り、そのメカニズム解明の魅力の一端となる一方で、それらの理解を難しくしている一因ともなっているのです。
このような気候変動の代表例として、熱帯太平洋で発生するエルニーニョ現象がよく知られています。海洋と大気の相互作用という考え方も、エルニーニョ現象の発展メカニズムを明らかにする過程で注目され、その理解が飛躍的に進んできました。東京大学においても、エルニーニョ現象を含めた多くの気候変動現象に本質的な大気海洋相互作用の理論的理解やそのモデル化、観測データや数値シミュレーション結果を用いたメカニズムの理解、さらにはその予測可能性まで、多岐に亘る研究が展開されています。現在では、いくつかの特徴的な気候変動について、その変動機構の理解が大きく進み、数値モデルを用いた精度の良い予測も可能になりました。もちろん、予測結果が現実から外れてしまうこともあります。その原因には、海洋や大気の変動をもたらす物理過程の理解が不十分な場合もあり、また異なる物理過程の間で起こる相互作用の理解が足らないこともあります。これらの溝を埋めるべく、複雑だが面白い気候変動の理解を深める研究を日々展開しています。
近年では、人間活動がこのような気候の変動にも影響を及ぼすようになっています。人為起源の温室効果気体の増加により、気候変動を形作る海洋と大気のそれぞれの過程が影響を受け、さらに大気海洋間の相互作用や異なる階層間の相互作用に違いが現れることで、自然のリズムとして発生してきた気候変動が従来と異なる形で現れてくるのです。特に長期の変動では、熱を大量に蓄えることができ、大気に比べて動きがゆっくりな海洋の役割が顕著になります。今後は、海洋の変動や役割を通じた気候変動メカニズムの理解がますます重要になるでしょう。淡青色の地球環境を守るためにも。
海面水温の平年からの偏差分布