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「UTokyo Compass」が拓く大学の新世界 藤井輝夫×岩村水樹×今泉柔剛×佐藤健二

掲載日:2022年3月22日

藤井輝夫×岩村水樹×今泉柔剛×佐藤健二

「UTokyo Compass」が拓く大学の新世界

藤井総長が昨秋公表した活動指針「UTokyo Compass」。「多様性と包摂性」「対話」「誰もが来たくなる大学」といったキーワードが特徴的なこの指針について、起草に携わった4人が本郷の図書館に集まり、構想の背景、強調したかったこと、目指すべき姿、大学改革の現況、今後の展望などを語り合いました。東京では珍しい大雪のなかで行われた座談会から大学の未来の姿が見えてきます。

UTokyo Compassが目指す大学の新世界
UTokyo Compassでは、「知をきわめる」「人をはぐくむ」「場をつくる」という3つの視点(Perspective)から目標を定め、行動の計画を立て、それらに好循環を生みだすことを通じて、世界の公共性に奉仕する総合大学として、優れた多様な人材の輩出と、人類が直面する地球規模の課題解決に取り組むことを掲げています。

UTokyo Compass全文はこちらからご覧ください

学外の皆さんとともに考えともに活動する大学として

藤井輝夫総長写真
藤井輝夫
総長
FUJII Teruo
本学生産技術研究所教授、生産技術研究所長、理事・副学長を経て2021年4月に第31代総長に就任。専門は応用マイクロ流体システム。学生時代はダイビングサークルとバンドサークルに所属。
  • 佐藤 まずはUTokyo Compass策定の経緯について、藤井総長からご紹介いただけますか。
  • 藤井 総長就任にあたり、さまざまな地球規模の課題が露わになったいまの世界の状況を踏まえ、これからの大学はどうあるべきなのかを考えました。そこで思ったのは、大学だけでというのではなく、学外の皆さんとともに活動するのが重要だということです。学知を築く研究、人を育てる教育、産学協創や社会連携の活動も、大学の中と外に分けて考えずに進めたい。そのためには学内外での対話やダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の推進が必要であり、大学を世界の誰もが来たいと思える場にすることが重要です。そうした大きな方向性のもとで大学全体のビジョンをまとめようと全学で検討を積み重ね、昨年9月にUTokyo Compassとして発表しました。
  • 佐藤 岩村理事は学外から執行部に入られました。就任に際して考えていたことなど教えてください。
  • 岩村 藤井先生が総長になる前にお話しする機会がありました。そのときに「対話」「共感」「世界の誰もが来たくなる大学」といったキーワードを聞いて、自分が大事にしてきた価値観に合致し、自分の経験を活かせる可能性があると思いました。私のバックグラウンドであるマーケティングの基本的な考え方は“Connect users with the magic.”です。ユーザーとの対話を通じて理解と共感を醸成しブランドとの結びつきを構築するということですが、これはまさに、対話を通じて大学が社会と結びつくという総長の思いに近いことです。また、「誰もが来たくなる」はD&Iの文脈にあります。グローバル企業で働いてきてD&Iこそが新しいものを生むという認識を持っていたので、それを東大で進める姿勢に共感を覚えました。理事就任が決まった際に周囲から言われたのは「東大を変えることは日本を変えること」という話でした。グローバルな環境に身を置いていると、日本が世界から取り残される危機感を覚えます。東大を起点に日本が変わり、日本と東大が世界に貢献するという話に共感を覚え、ともにその任を担いたいと思ったのです。
  • 佐藤 今泉理事は文部科学省から執行部に入り、事務全体を統括する立場からUTokyo Compass作成に関わりました。
  • 今泉 理事に就任した2021年7月は策定の終盤のタイミングでした。これまで高等教育行政を担ってきましたが、「東大はここまで来ているのか」というのが最初に感じた驚きでした。東大は敷居が高いイメージが世間にはありますが、 UTokyo Compassでは対話を通じて多様性と包摂性を高め、誰にも開かれた大学になることを目指している。エリートだけの閉じた場ではなく、自ら門戸を開いて、大学が社会のためにできることをやろうというメッセージに、大きな可能性を感じました。私の担当は事務組織と人事労務と法務とリスクマネジメントです。大学活動のメインである教育・研究を支える体制をどうよくするか、既存の役割に収まらず新しい役割を担って拡大する分野に事務はどう対応するか、それが私に課された任務です。大学が役割を拡大しようとすると、リスクは必ず生じます。それを早めに予測しなるべく最小限にするマネジメントが重要です。攻めと守りでいえば、攻めに移ろうとする東大の守りの部分が私の仕事と考えています。その際、「守りのための守り」ではなく、「攻めのための守り」を心がけたいと思います。堅実に守る部分と柔軟に対応する部分のバランスが重要です。私の名は「柔剛」ですので、柔と剛をうまく織り交ぜていきたいと思います。
  • 佐藤 私と藤井先生とのつきあいは濱田純一総長の「行動シナリオ」策定の頃からで、五神真総長の「東京大学ビジョン2020」作成でも同志として働きました。その縁もあってか、UTokyo Compass検討のタスクフォースを任されました。皆で議論を重ねるなかで「対話」「誰もが」の重視が、藤井総長のカラーになったと思います。学問は問いと答えで成り立ちますが、一人で問うて一人で答えるのではなく、ともに問うてともに答えることを提案したのが、一つの要点だと思います。これを学内外にどう伝えるかが今後問われるところです。さて、岩村理事は先に、東大は世間から受験の到達点と見られている、と話していましたね。そのイメージを変えるのに必要なことは何でしょう。
 

東大は受験の到達点だという世間のイメージを変えたい

岩村水樹理事画像
岩村水樹
理事
IWAMURA Miki
電通、日本大学准教授などを経て、グーグルバイスプレジデント(現職)。2021年4月より本学理事。専門はマーケティング、ブランドマネジメント。学生時代は演劇雑誌作りに励む。
  • 岩村 東大の知名度は国内では問題なく、おそらくすべての人が名前は知っています。ただ、それに付随するイメージは受験の到達点というのがほとんどかもしれません。でも実際に東大に来れば、非常に豊かで多様な知と人が育まれているとわかります。その部分をしっかり発信することで、受験で終わるのではなく未来を作るための出発点であるというイメージ、学外の人も大学に来てともに何かを生み出すco-createの場であるというイメージに変えられるはずです。多様な人が集まることで新しい問いと答えが生まれます。蓄積されてきた知の上に新しいものを積み重ねていく類まれな場が大学です。蓄積された知を踏まえて新しいものを生むオープンなコミュニティのイメージを自ら作ることが重要です。
  • 佐藤 正直なところ、東大は受験でも受験以外でも自らの宣伝などはしてきませんでしたね。
  • 岩村 外から一方的に語られるだけでした。考えていることを自ら伝え、世間からの問いに応え、対話を通じて主体的発信のボリュームを増やすことでブランド力を高めたい。従来のイメージに新しいものを加えたいと思います。そのために、学内に横断型のコミュニケーションチームを立ち上げ、情報を集約して社会的な関心に合わせて発信していく体制を構築しているところです。また、学生も巻き込んで大学のブランドとレピュテーションを高めるためのスタジオのような施設をつくることも検討しています。
  • 藤井 私が「世界の誰もが来たくなる大学」という言葉に込めた思いは、ひとつは世界から優れた研究者が集い、蓄積されてきた学術をもとに新しいものを生み出す場でありたいということですが、もちろんそれだけではありません。研究者も学生も職員も、海外の人も首都圏の人も地方の人も、若い人も年輩の人も、あらゆる人が大学へ来て、のびのびと活動できる場にしたいというイメージを持っています。同時に、組織としての能力も高め、どんな人が来てもしっかり活動できるよう環境を整える。そうして大学を誰もが来たくなる場にしたいのです。そのために学外から加わっていただいたのが岩村理事であり今泉理事でした。
  • 佐藤 場が持つ意味は非常に重要です。空間としてあるだけでなく、主体としてそこに関わる人や、集まってくる資源も重要な要素で、そこで作り上げてきた知識や知恵も包含して場が成立するという考え方です。UTokyo Compassでも大学の場としての力を強調しています。
 

少しずらしたWhat ifの問いが出やすいカルチャーに

今泉柔剛理事画像
今泉柔剛
理事
IMAIZUMI Jugo
外務省、文部科学省、日本スポーツ振興センター、スポーツ庁を経て2021年7月より現職。専門は教育行政、スポーツ行政。学生時代は運動会応援部リーダーとして活躍。
  • 岩村 場ということでは、カルチャーの部分も重要だと思います。What、How、Whyなど様々なタイプの問いがありますが、多様性と包摂性があって心理的安全性が成立するカルチャーがあると、What if(もし~だったらどう?)という少しずらした問いが出てきやすいのです。そこから新しい価値が生まれてくる。東大はそういう場であってほしいと思います。
  • 佐藤 先ほど問いが重要と言いましたが、直接答えてはいけない問いもある。その土俵の上で答えたら行き詰まりになるような問いです。それには答えずに耐えてよく考えてみる、あるいは問いの立て方自体を変えてみる。それが大学という場の力だと思います。ところが、受験では出た問いに正面から答えないと採点してもらえません。
  • 藤井 問いそのものを疑う態度は受験では禁じ手ですね。
  • 岩村 そういうギャップがあるからこそ、なおさら東大の中の世界はこうだよ、こんなにワクワクする世界があるよ、と受験の段階から伝えないといけません。
  • 佐藤 これは複合的な課題です。試験の制度はきちんと維持していく。そうすることで東大が社会的発信力を持ってきたのも事実です。ただそれだけでは測れないことが、大学で学ぶためには重要だとも発信しなければなりません。
  • 藤井 What ifという発想で問いの立て方を疑って、遠慮せずに違う問いを立てることができる環境を整えたいですね。大学に関わる人がのびのびと活動することを尊重できる場を作ることが心理的安全性につながります。そうでなければ、新しいものは生み出せないと思います。多様な人たちがいろいろな問いを投げかけあって共有しないといけません。
  • 今泉 いろいろ試して失敗することが許容される環境がいいですね。その点、受験は失敗が許されない争いで、その頂点にあるのが東大です。本来、失敗がたくさんあるなかでいくつかが当たればいいのであって、おそらく研究者は、日々そういう環境で訓練されていると思います。しかし、事務職員はそうではなく、失敗が許されない中で働いています。そのマインドチェンジをどう行うのかが課題です。岩村理事が言った心理的安全性、「失敗してもいい」、「失敗ではなく、教訓又は成長なのだ」というカルチャーがなければ、事務職員から新しいものは出てこないでしょう。そうすると、そういう訓練をされている教員の側からしか新しいものが出てこず、教員が主導してそれを事務がサポートする、という従来の形から抜け出せないと思います。それでは、真の「教職協働」にはなり得ず、本当の意味での東大のリソース活用は難しくなります。対話を通じてそこを何とかできないかと思っています。
  • 佐藤 業務での失敗も過度に恐れず、多くはやりなおせるというふうに考える余裕も、大学にふさわしい。
  • 藤井 実行に至るまでには検討のプロセスを乗り越えないといけませんが、少なくとも提案をどんどんできるようなマインドセットを持てるようにしたいです。

組織が失敗を恐れずに高い目標へ向かうためのOKR

佐藤健二先生写真
佐藤健二
執行役・副学長
SATO Kenji
法政大学助教授、本学人文社会系研究科教授、人文社会系研究科長・文学部長を経て、2019年4月より現職。専門は歴史社会学、メディア史。学生時代はよく余り物を使って独創的な料理をしていた。
  • 岩村 UTokyo Compassの議論に取り入れた仕組みの一つに、OKR(Objective and Key Result)があります。これはまさに、失敗を含めて挑戦するための目標設定です。ムーンショットという言い方があります。月面着陸のように手が届かなさそうな高い目標を掲げることで従来と違う考え方やモチベーションが生まれる。失敗したらそこから学べばいいというのがOKRの考え方です。目標を達成しないと評価が下がるMBO(Management by Objectives)とは違い、組織が高い目標に向かって個人の力を結集するのを推進するのがOKRです。たとえばスポーツ選手は毎日失敗しているわけです。優勝や記録に到達するまではずっと失敗ともいえます。失敗しないと新しいチャレンジを実現することができないというのは重要な考え方だと思います。
  • 佐藤 いろいろな測り方や捉え方を考案することの重要性は学問の世界では強調されますが、同じことが実は事務仕事の中にもあるでしょう。とにかく金銭的な成果を上げなければならないと外から決められている場ではない大学だからこそ、工夫の余地はあると思います。
  • 藤井 いま、大学の進める取り組みは非常に幅広くなってきています。従来のようにしっかり教育と研究を行うだけではなく、社会人向け講座を開くとか、産業界とプロジェクトで連携するとか、活動が多岐にわたっています。そこでは、研究者の目線とは異なる視点から出たアイデアを活かす機会がたくさんあるだろうと思います。
  • 佐藤 明治10年に東京大学が創立されたときも、大学がどういう存在であるべきかなんて誰もわかっていなかった。そのなかで試行錯誤し、対応を模索し、様々な組織が融合して、東京大学が形成されてきた。そしていまは、大学という機関が、社会のなかで何を果たすべきかが再びわからなくなっている時代かもしれません。
  • 藤井 それ自体が大きな問いになりますよね。
  • 佐藤 だからこそ自由に、かつしっかりと考えないといけません。そこは文科省から来ている今泉理事にも聞いてみたいところですが。
  • 今泉 そもそも、大学の役割は学校教育法に、国立大学の在り方は国立大学法人法に書かれています。そうした法的枠内で存在する国立大学が、教育と研究からもっと幅広いところまでカバーする存在に変わろうとしているわけです。わが国を代表するシンボリックな存在である東大が、機能を拡大し、誰もが来られる大学になって社会の変革を駆動していくとなると、大学の存在意義をとらえ直し、学校教育法の規定自体を変えるインパクトにつながる可能性があります。受験は日本の教育制度下の重要な存在であり、東大への入学者数は各高校の教育成果の重要な指標になっている現状がありますが、その東大が自ら敷居を低くする、そうは言っても、質を低くするのでなく活動できる幅を広くする、という意味ですが、これは学校教育制度においても国立大学法人制度においても、革命的な話になりうるかもしれません。
  • 藤井 新しい大学モデルを構築することが必要ですね。
  • 佐藤 だから東大だけの話ではないし、教育だけの話でもなくなるわけです。
  • 岩村 議論を進めると、東大のグローバルなプレゼンスを上げる話につながると思います。たとえばハーバードやスタンフォードのような海外著名大学は学費の点でいえば東大よりずっとハードルが高いわけです。そして、東大はグローバルに見て知の研究の幅が広い。教育の面でも大学の位置付けが再定義されるなか、単純にエリートだけの場所ではない開かれた場としての大学はどうあるべきか。大学とは社会にとって何なのか。東大はそういう議論もリードできる位置にいます。そのなかでグローバルなプレゼンスを上げるための資産がたくさんある、というのがこの一年間で多くの先生方と話してきて持った印象です。
  • 藤井 そういう資産を十分活用できる場にしたいですね。
  • 岩村 学生も卒業生も、自分が東大生だとか東大出身だと言いたがらない人が多いようです。「いちおう東大です」と言うとか、何回か聞かれるまでは東大と言わないとか……。そこは進んで言いたくなるよう、自分が東大のアドボケート・アンバサダーとして活躍したいと思えるようにしたいです。卒業生は東大と社会をつなぐ鍵であり、ブランド・レピュテーション強化の要でもあると思っています。来たる創立150周年を見据えながら、研究者、学生、卒業生など、東大の多様な魅力を発信していきたいですね。
  • 佐藤 受信する側の構えも影響しますよね。だから対話であり、コミュニケーションなのであって、聞く力も重要ですし、心に響くことばで目指すところを語ることも大切だと思います。

(2022年1月6日、総合図書館にて)

撮影協力:総合図書館

撮影/貝塚純一

構成員と繰り返した総長対話
UTokyo Compassをまとめるにあたって重要だったのが、総長と学内構成員との間で続けられた「総長対話」です。2021年5月から9月まで、教職員は所属部局ごと、学生は学年ごとに、英語の回も織り交ぜながら、オンラインで総長と話す場が18回設けられ、成果は文案検討の場にフィードバックされてきました。今後は学外との対話の場も増やしたいと総長は願っています。

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