東京大学の社会人向けプログラムであるEMPの10周年を記念して作った2冊です。東京大学は文理融合、文理横断を掲げています。それは、前期課程における教養教育の柱でもありますし、後期教養教育や大学院レベルでも重視しているものです。それを異なる専門の教員同士で具体的に議論をしてみたらどうなるのか。この本はそれを体現したものです。合原一幸先生 (数学)、尾藤晴彦先生 (神経生化学)、小林康夫先生 (哲学)、横山禎徳先生 (社会システムデザイン)、市川裕先生 (ユダヤ思想)、浅井祥仁先生 (素粒子物理学)、永井良三先生 (医学)、小野塚知二先生 (経済史)、酒井邦嘉先生 (言語学)、宇野重規先生 (政治学)、宮本久雄先生 (キリスト教)、家泰弘先生 (物性)、橋本英樹先生 (公衆衛生学) といった先生方に参加していただき、「語り方」をキーワードに、「心」「存在」「言語」「倫理」といった4つのテーマをめぐって議論をしていただきました。それぞれの専門の学知の内容に関して、それ以外の人が及ぶことは到底できません。しかし、その学知についてどう語るのか、そのディスコースであれば、専門が異なる人の間でも共有できますし、議論ができます。また、これは20世紀の学知が明らかにした重要な地平の一つですが、「何を」という問いよりもむしろ「いかに」という問いが重要な場合があります。それを踏まえて「語り方」という全体的な方向性を設定したわけです。こうしてわたしたちは、文理融合的な学知とは何かというよりは、文理融合的な学知をいかに語り出すのかという新しい地平を開こうと試みました。参加した教員はそれぞれ、4つのテーマのどれかについて関与的な仕方で語ろうという姿勢を示しています。たとえば、数学者の合原先生は「心」について、「一人しか人間がいなかったら、こんなふうには心とか意識は発達しなかった」という実に刺激的な議論を出されています。「存在」について浅井先生は、「素粒子に働く力は情報である」という発見的な提案をされています。「言語」について、酒井先生は「将棋の藤井聡太さんは日本語と将棋のバイリンガルだ」と指摘されます。このようにそれぞれの先生が踏み込んだ議論を戦わせてくださっているのです。そして、それが成功したかどうかは、実は読者の関与的な読解にかかっています。宮本先生が繰り返し指摘されたように、「喩え話は半分できた話で、あとの半分は聞いている人が作る」からです。応答を期待しております。
(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 教授 中島 隆博 / 2019)
本の目次
世界の語り方1
第I部 心の語り方心の語り方 (中島隆博)
[座談会] 合原一幸,尾藤晴彦,小林康夫,横山禎徳,中島隆博
はじめに
数学化された世界観
非線形システムと創発
意識をいかにとらえるか
共有できる心の定義はあるのか
「時間」と「量」の問題をどう考えるか
敏感なデカルト
共有される経験値と言語
脳の議論から「わたし」を考える
一定の近似でうまくいく
柔らかなカオス
心の語り方と無限
挑発される哲学的思考
ループ的構造
多体問題と意識・心
言葉と想像力,モラル
クリエーションとラディカルに人間であること
おわりに
より深い思考へ
「人間とは何か?」という問い (小林康夫)
脳と人工知能 (合原一幸)
新しい「常識」(横山禎徳)
第II部 存在の語り方
存在の語り方 (中島隆博)
[座談会] 市川 裕,浅井祥仁,永井良三,小野塚知二,中島隆博
はじめに
ユダヤ思想とタルムード
タルムードという営み
人間の理性をどう扱うのか
「情報」――目で見えるものと見えないもの
でき過ぎている宇宙
確率と偶然性
情報と位相
「鬼神」を語ってしまうような世界
フレームワークをつくり替える
日本における近代医学の成立から見えてくるもの
2つの重要な医学の側面――機械論医学と統計
森鷗外の格闘
医療の実践と個
おわりに
より深い思考へ
タルムードと日本文化 (市川 裕)
科学から問う「存在」(浅井祥仁)
おわりに (中島隆博)
世界の語り方2
第I部 言語の語り方言語の語り方 (中島隆博)
[座談会] 酒井邦嘉,宇野重規,宮本久雄,小野塚知二,横山禎徳,中島隆博
はじめに
動物と人間を分けるもの
なぜ言語は多様なのか
手話という言語
人間的であるということ
言語の記述と規範性
力と言語
思考と言語のインタラクティブ
藤井聡太棋士は日本語と将棋のバイリンガル?
政治における言語の貧困化
正当性 (レジティマシー) と言語
言語と政治の結びつき――アーレントの議論
古代ギリシャにみる政治と言語のモデル
プラグマティズムと言語
「民主主義」という言語のとらえ方
政治を語る言葉と日本語
西洋政治思想の理念と日本
宗教と政治を語る言葉
英語の支配力は強まるか
言語の二重構造と日本
言葉と事件
閉じられたナラティブから開かれた自分を新しくしていくナラティブへ
「エヒイェ」という可能性の中心
中動態の世界と言語
他者の物語を語る
より深い思考へ
脳科学から見た人工知能の未来 (酒井邦嘉)
SNSは言語の政治性をいかに変えていくか (宇野重規)
全体主義の危機を超出するために (宮本久雄)
第II部 倫理の語り方
倫理の語り方 (中島隆博)
[座談会] 家 泰弘,小野塚知二,橋本英樹,横山禎徳,中島隆博
はじめに
自然哲学と呼ばれた知的営みの変化
科学と倫理の関係性
科学技術が持つ不確実性と倫理
研究における手続きの倫理
真理のあり方の変化
科学コミュニティにおける真理と倫理の関係
社会的あるいは宗教的なものとしての倫理
中間団体の解体とナショナリズムの勃興
社会という概念をいかにとらえ直すか
他者との関係性に基づく倫理意識
感情,情緒と倫理
方法的個人主義ではない社会観をいかに持つか
自己決定と倫理
健康の社会的格差と倫理
より深い思考へ
1 科学と社会をつなぐ倫理とは (家 泰弘)
2 真理の暫定性と倫理の社会性 (小野塚知二)
おわりに (中島隆博)
関連情報
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編者インタビュー:
中島隆博 会社員が学ぶ「東大の特別講座」のすごい挑戦 (東洋経済ONLINE 2018年12月11日)
https://toyokeizai.net/articles/-/253493
中島隆博 AI時代のいま「哲学者」は何を語っているのか (東洋経済ONLINE 2018年11月7日)
https://toyokeizai.net/articles/-/246581
刊行イベント:
東大EMP x アカデミーヒルズライブラリー『世界の語り方』を語る (六本木ヒルズ森タワー49階アカデミーヒルズ 2019年1月22日)
https://www.academyhills.com/library/calendar/190122.html