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書籍名

名作をいじる 「らくがき式」で読む最初の1ページ

著者名

阿部 公彦

判型など

272ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2017年9月15日

ISBN コード

9784845630776

出版社

立東舎

出版社URL

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名作をいじる

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本が読めない、という人が増えています。忙しい、集中力がもたない、そもそも読んでもおもしろくない……。理由はさまざまです。これは由々しきことだと思っている人もいる。
 
しかし、これはそれほど困ったことでしょうか。私は、本は読むためだけのものではないと思っています。本は――あるいはより広く文章とは――もっと解放された場所ではないのでしょうか。そのまわりには不思議な磁場が形成されています。いろんなことが起きています。読むという行為にそれほどこだわる必要はない。もっといろいろなことを試してみてもいい。
 
本書でお勧めしたいのは、いじることです。読めないなら、まずいじってみたらいい。そして、そこで何が起きるか見てみたらいい。
 
いじると言うと、「触る」「動かす」「からむ」といった言葉が思い浮かびます。物理的に頁を開く。書かれている内容を目にとめ、影響を受けたりする。さらに考えたり、質問したり、批判したりする。
 
…いやあ、何か面倒だなあ、とお思いでしょうか。それはそうですね。みなさん忙しいのだから。本を読むだけでもたいへん。とても「その先」まで付き合ってられない。
 
でも、それは逆なのです。面倒だからこそ、忙しいからこそ、まずはいじる。本を読む暇などない人は、まずはいじってみるといい。しかも第一頁だけでいいのです。
 
私がここで言う「いじる」とは、内容を読んで味わうとか、考えるとか、批評するといった面倒なことではありません。もっと簡単なことです。読む以前の行為です。とりあえず面倒で時間のかかることは忘れましょう。できることからやる。「いじる」は、その第一歩です。本書ではその例を示します。材料に使うのは、「名作」と言われる日本語の小説。夏目漱石や太宰治や志賀直哉などの、教科書に載っているようなどこかで見たことのある作品ばかりです。
 
手順は簡単です。まずは作品を手元に置く。図書館から借りてきた全集でもいいし、文庫本でもいいし、PC画面の青空文庫でもかまいません。ただ、できれば書き込みができる方がいい。自分で買った文庫本ならいくらでも書き込み自由でしょう。借りた本の場合はコピーをとる。青空文庫ならプリントアウトする。本書にはサンプルがついていますので、こちらも是非ご利用ください。
 
そしてあらためて名作と向き合ってみる。眺めてみる。じっと見つめる。
 
どうでしょう。賭けてもいいのですが、「名作」なるものは、有名であればあるほど、実に珍妙な出で立ちをしているはずです。思わず「なんじゃこりゃ?」と言いたくなるほど、変。異様。ぜっっっったい!と言っていいほど、みなさんは違和感を抱くはずです。一体全体、どうしてこんなふうになっているんだろう? どうしちゃったの? と思う。名作というものは変わった語り口の、きわめて独特な日本語で書かれているのです。この本でわざわざ小説に注目するのはそのためです。
 
もちろん、「なんじゃこりゃ?」と思った時点で先に進む気がなくなる人もいるでしょう。「面倒くせえ」と思ってしまう。しかし、これでもう目的は半ば達成したようなもの。「名作」がいかにへんてこりんなものか、その不思議さ、異様さと出会いたいのです。
 
で、もうちょっとだけ付き合ってほしい。こんどはその珍妙な部分に鉛筆で記しをつけてみる。○でも△でも×でもいい。線を引いたり、矢印をつけたり。で、どこがおかしいか、忘れないように書き込みをする。ついでに、一言でいいからコメントもする。「しつこい!」。「意味わかんない!」。「暗い!!」。そういったもので十分です。
 
先にも言ったように、まずは一頁目だけやってみましょう。いったいどれだけ印がつけられたか、それをたとえば誰かのそれとくらべてみたらどうでしょう。おそらく印をつけたところはずれている。たまには重なる。それらを見比べるだけで「へえ」と思う。そしておのずと、次のステップに進みたくなるのです。
 
本書には15篇ほどの近代小説の冒頭部分が載せてあります。それぞれ同じものが二つずつあります。一つはみなさんが実際に書きこむためのサンプル。もう一つは私自身のコメントが入れてあるもの。やり方がわからなかったら、私が名作をどんなふうにいじっているか、ためしにご覧下さい。説明も後に記してあります。ついでに粗筋の解説もあります。これは、最初の「いじり」に対して、自分なりに答えを出してみた結果です。
 
第一頁だけというのは、けっこう重要なポイントです。小説の冒頭部には実にさまざまなものが埋め込まれているからです。作品全体のDNA構造のようなものが刻まれている。そこを読むだけで「そうか。この小説はそんなふうに書かれているのかあ~」と先回りして言えそうなほどです。
 
小説というのは一作一作全く異なるルールで書かれています。感情の働き方、言葉の使い方、雰囲気、トーン、話題……こうしたものが複雑に組み合わさって、作品ごとに固有の世界が作られている。だから、どんな作品も私たちにとっては異物であり異世界なのです。冒頭部ではそんな作品のルールが一気に示される。私たちは、作品の異様さや不思議さと第一頁で一気に出会うわけです。これは小説を読む醍醐味の最たる部分です。
 
本書ではそんなふうに読み手と語り手とが出会う名作の第1頁にフォーカスをあて、そこで何が生じているかを、「いじり」を通して示しました。これはみなさん自身に本をいじってもらうための一種の手引きです。でも、このようにせよ、という命令ではありません。あくまで例です。提案です。本とは――文章とは――読むためだけのものではない、もっといろいろな付き合い方があるのだよ、もっと遊んでも大丈夫だよ、というメッセージが伝わればと思っています。損はさせないつもりです。

 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 阿部 公彦 / 2020)

本の目次

【目次】
まえがき~この本の使い方
 
1. 夏目漱石『三四郎』~目覚めたら話がはじまっていた
コラム 先人のいじり~蓮實重彦『夏目漱石論』より
2. 夏目漱石『明暗』~小説世界に「探り」を入れる
コラム 先人のいじり~小島信夫『漱石を読む』より
3. 志賀直哉「城の崎にて」~一行目で事故に遭う
4. 志賀直哉「小僧の神様」~おいしい話を盗み聞き
コラム 先人のいじり~小林秀雄「志賀直哉」「志賀直哉論」(『作家の顔』) より
5. 太宰治『人間失格』~太宰モードに洗脳される
6. 太宰治『斜陽』~こんなに丁寧に話すんですか?
コラム 先人のいじり~高橋源一郎『文学じゃないかもしれない症候群』より
7. 谷崎潤一郎『細雪』~一筋縄ではいかないあらすじ
8. 谷崎潤一郎「刺青」~劇場的な語り口
9. 川端康成『雪国』~美しい日本語だと思いますか?
10. 梶井基次郎「檸檬」~善玉の文学臭
11. 江戸川乱歩『怪人二十面相』~ですます調で誘惑する
12. 森鴎外「雁」~さりげない知的さ
コラム 先人のいじり~佐藤正午『小説の読み書き』より
13. 芥川龍之介「羅生門」~不穏な世界を突き進む
14. 葛西善藏「蠢く者」~私小説に響く不協和音
15. 堀辰雄「風立ちぬ」~愛し合う二人は蚊帳の中
16. 林芙美子『放浪記』~さまざまな声が混入する
 

関連情報

著者インタビュー:
夏目漱石の小説に「らくがき」しよう!? 衝撃的な読書法を提案している東大の先生に話をきいてみた。 (連載.JP 2017年11月3日)
https://rensai.jp/235815
 
書評:
いじるほどに味わい深く。これぞ“マニアの神髄”な名作の読み方 (ダ・ヴィンチニュース 2017年11月15日)
https://ddnavi.com/review/414406/a/
 
(短評) 名作をいじる 阿部公彦著 (日本経済新聞 2017年9月23日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO21424590S7A920C1MY7000/
 
イベント:
阿部公彦×都甲幸治「大学の先生は、普段どうやって本を読んでいるのか」『名作をいじる』『今を生きる人のための世界文学案内』(立東舎)刊行記念 (本屋B&B 2017年10月26日)
http://bookandbeer.com/event/20171026_abetoko/

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