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書籍名

イン/ポライトネス からまる善意と悪意

著者名

滝浦 真人、椎名 美智 (編)

判型など

272ページ、A5判、並製カバー

言語

日本語

発行年月日

2023年4月

ISBN コード

978-4-8234-1159-5

出版社

ひつじ書房

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イン/ポライトネス

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英語の「ポライト」(polite) という語は「丁寧な」という意味を持つが、この数十年の間にその名詞形である「ポライトネス」(politeness) を看板として、新しいアカデミックな学問領域が形成された。「ポライトネス」では言語学、社会学、心理学といったさまざまな領域が交わりながら、人間がどのように丁寧さを実現するかだけではなく、より広くどのようにお互いの距離を調整しようとするかが探究されている。人間は一方で欲望に駆られて行動し、自分の考えや要求を他者に押しつけようとする面があるが、他方で他者との距離感を微妙に調整しながら自らの欲望を抑え、そのことによって衝突や争いを回避しようとする面もある。このような距離感をめぐる人間の行動原理を解析し、客観的な指標とともに可視化しようとするのがポライトネスの目指すところである。
 
本書はそうしたポライトネスをめぐる学問的な蓄積をふり返りつつ、ポライトさの正反対にあるように見えるインポライトさ (悪態、失礼さ、攻撃……) をも同じ原理のものに理論的に理解することを目指している。インポライトネスは決してポライトネスと無関係なわけではなく、むしろポライトネスの体系の一部として理解されるべきであるというのが筆者たちの考えである。
 
ポライトネスとインポライトネスとをならべて検討してみると、その効果のあらわれ方にかなりの違いがあることがわかる。編者の一人滝浦真人による序文の言葉を借りれば、「ポライトな言葉は予定的に調和するが、インポライトなそれは隠微に絡み合う。」のである。
 
これは以下のような事情ともからむ。近代社会では善意がまるで貨幣のように取り引きされ、そうした善意の交換を通して人がコミュニケーションをとったり、信頼関係を築いたりしてきた。善意は丁寧さ、配慮、やさしさといった形をとることもあれば、より積極的な働きかけの形 (たとえば愛) をとることもあるし、ときには共通の「敵」に対する連帯などとしてもあらわれる。そういう意味ではポライトさは明示的になりがちだし、明示的でなければ意味が無いともいえる。
 
これに対し、インポライトさは必ずしも明示的な形をとらずにその効果を発揮する。インポライトネスはしばしば間接的・非明示的に表出されることで機能するのである。加えて、興味深いことに現代に近づくにつれ――商業主義や犯罪、偽善への警戒から――善意の明示的な表現に人が警戒的になる傾向も強まっており、その流れの中でポライトさよりもインポライトさの方がより信頼に足る善意の表現となるといった事態も生まれている。
 
本書はこうしたインポライトネスの複雑な機能を、英文学や日本文学の作品、ママ友のバトルなどの解剖を通して明らかにしようとするものである。冷たさやぶっきらぼうさがときに人に安心感を与えうる一方、一見、善意の形をとったポライトネスが実際には悪意の表出につながることもある。本書の論者たちは、ふだん私たちが何の気なしに経験しているこうした善意と悪意のからみあいの仕組みを、会話やメールのやり取り、文学テクストといった素材を読み解きながら探る。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 阿部 公彦 / 2023)

本の目次

序論
日本(語)でイン/ポライトネス研究が必要な理由(わけ)
滝浦真人
 
▷Part 1 善意なのか悪意なのか
 
ママ友の対立場面におけるイン/ポライトネス分析
感情と品行のフェイスワーク
大塚生子
 
バラエティ番組における毒舌トーク
擬似インポライトネスの観点から
佐藤亜美
 
身体の政治・ジェンダー・イン/ポライトネス
柳田亮吾
 
回顧と展望
気配りから見るイン/ポライトネス研究
福島佐江子
 
▷Part 2 イン/ポライトネスの宝庫・文学
 
意地を張りあう人びと
『明暗』におけるイン/ポライトネス
阿部公彦・椎名美智・滝浦真人
 
悪態をつく人びと
シェイクスピア時代のコメディを分析する
椎名美智
 
ポライトネス理論と文学研究をつなぐ
志賀直哉「灰色の月」の「無愛想」の戦略
阿部公彦
 
編者あとがき
索引
執筆者紹介
 

関連情報

特集記事:
鼎談=滝浦真人×椎名美智×阿部公彦
<言葉の新たな視点と地平>
『イン/ポライトネス からまる善意と悪意』(ひつじ書房)刊行を機に (『週刊読書人』 2023年6月23日)
https://jinnet.dokushojin.com/blogs/news/20230623
https://dokushojin.net/dokushojin/357/
 
書評:
関崎博紀 評 (『図書新聞』第3612号 2023年10月28日)
https://toshoshimbun.com/product__detail?item=1703316323899x430800037444711200
 
書籍紹介:
新刊コーナー (『綴葉』2023年8・9月号No.420, p.9 2023年8月18日)
https://www.s-coop.net/about_seikyo/public_relations/images/teiyo-420.pdf
 

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