東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙にミントグリーンのタイトル文字

書籍名

理想のリスニング 「人間的モヤモヤ」を聞きとる英語の世界

著者名

阿部 公彦

判型など

228ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年10月9日

ISBN コード

978-4-13-083081-2

出版社

東京大学出版会

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

理想のリスニング

英語版ページ指定

英語ページを見る

「英語はできると思っていたのに、海外に行ったらさっぱり聞き取れなかった」
 
よく聞く悩みである。私自身、似たような気持ちになったことがある。英語圏に留学したときも、相手の言っていることがわからなくて「え? え? 何?」と思ったことが何度もあった。たいへん不安になったものである。
 
しかし、実はここには誤解がある。「聞き取りが難しい」と感じるとき、ほんとうはうまくいっていないのは小手先の「聞き取り術」ではない。もっと根深い土台のところに問題がある。「聞き取れない」と感じるのはあくまで兆候なのだ。ちょうど腰痛と同じ。腰が痛いからといって、痛い部分をいろいろいじってもなかなか治らない。内臓や神経に問題があることが多い。同じように、聞き取れないからといって、狭い意味での聞き取り練習やテストばかりしても意味がない。土台から治療する必要がある。
 
本書で、「英語の運動感覚」をクローズアップしたのはそのためだ。私が「英語の勉強はまずはリスニングから」というとき、念頭に置いているのは小手先のリスニングテスト対策ではない。もっと先を見据えた練習が必要なのだ。具体的には、リズムや響き、流れ、タイミング、強さ、意図、そして切れ目。もちろん日本語にもこうした要素はある。ただ、英語と日本語ではこの運動感覚がかなり異なる。日本語話者が明治以来、英語の学習でこれほど苦労してきたのもそのためだと言えよう。だからこそ、そこを意識的にトレーニングしたい。
 
なんだあ、気が長いなあ、と思う人もいるかもしれないが、この部分をきちんとトレーニングできれば、聞く力が上達するだけではなく、話す力や読む力、書く力についても大きな上達が見こる。というより、そもそも「話す・聞く・書く・読む」といった区別にとらわれる必要がなくなってくる。英語の運用は、根本にある「言葉の運動」というところでさまざまな要素が密接にからみあっている。無理にこのような「4技能」の区分にこだわるより、話すこと、聞くこと、書くこと、読むことが連動をしたものとしてとらえた方が先々も大きな上達も見こめる。小手先のテスト対策で練習した英語は、将来、必ず行き詰まってしまうのである。
 
もちろん、「聞き取れない」と感じる個々の要因はさまざまだ。単語を知らない、構文がわからないという場合も多い。単語を覚えたり、文法を勉強したりといった地道な学習がまずは必要。また、仕事で英語を使う人であれば、その特定の領域でよく使われる表現や、考え方、ロジックの進め方に慣れておくのも大事である。ここまでくると、「英語の勉強」という領域を越えているように感じられるかもしれないが、言葉とはまさにそのようなもの。言葉は言葉だけでは完結しない。「純粋な英語」などというものはない。必ず言葉を使う人間がからんでくる。言葉の「外」と呼ぶべき、社会的文化的な背景もかかわってくるし、何より、言葉の「中」と呼ぶべき人間の気分や欲望といった心の動きもとても重要になる。本書に「人間的モヤモヤ」という副題を入れたのもそうした要素を視野に入れた学習を目指したからである。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 阿部 公彦 / 2021)

本の目次

I 理論編
 
第1章 なぜ,まずリスニングなのか――「聞くこと」の深み
 
「四技能」という区別を疑ってみよう/「聞く」VS.「読む」「書く」「話す」/「聞く」の深み/「聞く」と受動の技術/言葉が「うまい」とは?/言語の心地良さ/[第1章のポイント]
 
第2章 言葉はどう聞こえるか――「心地良さ」から「過剰さ」まで
 
皮膚感覚と言語コミュニケーション/「心地良さ」と協調性/逸脱の力/「言葉を使いすぎる」ということ/「過剰さ」を聞く/「何となく」が見えるように/[第2章のポイント]
 
第3章 言葉をどう受け取るか――「強さ」の上手な使い道
 
意味のある意味/英語はどう聞こえるか/「等間隔」をめぐる誤解/英語的「強さ」はどう表現されるか/「あ,始まったな」の知恵/私たちはいつ失敗するか/[第3章のポイント]
 
第4章 リスニング練習の秘術とは――退屈さと「一点聞き」を生かす
 
耳は言葉の入り口/「退屈さ」こそがツボ/「おもしろくなさ」を上手に使って「わかる」へと至る/「退屈」を活用する/「わかる」の達成感/リズムの「マンネリ」と付き合う/「一点聞き」の土台をつくる/「切れ目」には何がある?/[第4章のポイント]
 
第5章 聞き方は鍛えられるか――「耳の記憶」を活用する
 
耳も記憶するのか?/薄暗い記憶の使い道/残響への反応を鍛える/名前を聴く/耳が不得意な日本語話者/日本語が英語の邪魔をする/固有名詞で練習する/[第5章のポイント]
 
第6章 身体・空間で聞くとは――「実存英語」のすすめ
 
声のインパクト/発音のための身体/子音を攻略するために/響きの違いを聞く/単語は身体の一部/youがうまく言えない/「実用英語」よりも「実存英語」/[第6章のポイント]
 
第7章 人間を聞くとは――「伝え聞き」の秘密
 
残る言葉、消える言葉/残響としての『フランケンシュタイン』/立ち聞きと英語圏文化/「聞き届け」の意味/「小僧の神様」の「漏れ聞こえ」/虎の声の威力/[第7章のポイント]
 
 
II 技術編
 
第8章 山と谷を感じる――野ウサギを追い回さない
 
野ウサギを捕まえる/どこを聞くか/英語の「音の価値感」/音を感じる/まずは単語の「山」から/「山」をとらえる練習/[第8章のポイント]
 
第9章 切れ目をとらえる――優先順位とニュアンス
 
「切れ目」をとらえるために/聞こえすぎると聞き取れない?/ピラミッドでとらえる/シャーロック・ホームズの想像力/第一ステップ――時間構文の例/第一ステップ――原因・理由構文の例/第二ステップ――長めの文章による練習/体の事情としての切れ目/息つぎは「意図」だらけ/節を教える切れ目/切れ目と感情/[第9章のポイント]
 
第10章 名前を押さえる――必要な情報の察知
 
「点」から始める/「知っている語」を聞き取る/練習問題の応用例/「固有名詞」を聞く/「名前がくるぞ!」という予感/[第10章のポイント]
 
第11章 空間に慣れる――諸技能を連携させる
 
実存英語の実践/折り紙の方法/料理のつくり方を聞く/指示の作法/ヨガのやり方を聞く/ヨガと気分/四技能より三次元/[第11章のポイント]
 
第12章 人間を理解する――言葉を聞くことの意味
 
言葉は「物」なのか?/「人間を聞く」とは?/欲望を聞く/何を勉強すればいいか?/問いなのか,断定なのか,何を問うているのか/キーワードを聞く/主張なのか,例なのか,仮定なのか/[第12章のポイント]
 
あとがき
 
英語スクリプト・訳・解答例
 

関連情報

理想のリスニング 特設サイト|東京大学出版会
http://www.utp.or.jp/special/Listening/
 
著者インタビュー:
この人この本: 耳で“発見”する驚き 英語教育では「表層的な実用性」にとらわれずリズムを習得すべし (『AERA』 2021年1月4日号)
https://dot.asahi.com/aera/2021010800014.html
 
英語のためにも日本語再考 (あとがきのあと) (日本経済新聞 2020年12月12日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFG071930X01C20A2000000/
 
入試・受験: 英文学者の阿部公彦・東大教授に聞く「日本人はなぜ長い間、英語を話せないのか」 (朝日新聞EduA 2020年5月5日)
https://www.asahi.com/edua/article/13349796
 
書評:
柴原智幸 (神田外国語大学専任講師、放送通訳者) 評 (『英語教育』 2021年3月号)
https://www.taishukan.co.jp/book/b557585.html
 
学び・ビジネス (損保ジャパン | SOMPO Park 2021年3月29日)
https://park.sjnk.co.jp/education/fl10794/
 
講演会:
阿部公彦先生講演会『<理想のリスニング>とこれからの英語教育』 (Festina Lente 2021年11月24日)
https://festinalentelibert.wixsite.com/festinalente
 
高校生のための東京大学オープンキャンパス2015 模擬講義 - 阿部公彦「文学的リスニング必勝法 (東大TV 2015年8月6日)
https://todai.tv/contents-list/2015FY/open-campus-lecture2015/2015-10

このページを読んだ人は、こんなページも見ています