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ベージュの表紙に大きな書体で本のタイトル

書籍名

史上最悪の英語政策 ウソだらけの「4技能」看板

著者名

阿部 公彦

判型など

160ページ、A5判、並製

言語

日本語

発行年月日

2017年12月

ISBN コード

978-4-89476-912-0

出版社

ひつじ書房

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史上最悪の英語政策

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2017年の夏、「大学入試の英語が4技能!」とのニュースがメディアに流れました。多くの人は「え、4技能?」「どこがあたらしいの?」と思ったことでしょう。「4技能」という概念そのものは昔からある区分けにすぎません。それをさも新しい「秘技」のようにしてもちあげたところで、実際の学習効果にはつながりません。いたずらに勉強のプロセスが神秘化されるだけ。ところがこの看板を大義名分にして、大学入試は大きな変更を強いられようとしています。多くの人が確実にその影響を受ける。すでにさまざまなレベルでこの入試政策の弊害は指摘されていますが、本書はそうした知見も踏まえつつ、迷走する日本の教育行政を批判的に検証しこれからの英語教育があるべき姿を考えようとするものです。
 
今回の政策推進者の理屈は次のようなものです。従来のセンター試験では「読む・聞く」の2技能しか測れない、これからは「スピーキング=話す」の試験が必要で、「読む・聞く・話す・書く」の4技能を測れるのが民間試験だ、と。しかし、残念ながら、これは誇大広告というほかありません。「4技能」などという枠は、仕方なく設けるもの。決してたどりつくべき「理想」ではありません。現実の言語運用ははるかに複雑です。ましてや単に試験を4つに分けただけで英語の運用能力が劇的にあがるわけもありません。むしろ大事なのは、必要な能力を、本人の希望や環境に合わせて無理なく伸ばすことです。政策の推進者はヨーロッパのCEFRという枠をかかげて、「これからはこれに合わせるのだ」と言っていますが、実は世界的には「4技能」などいうキャッチフレーズは時代遅れになりつつあります。ほかならぬCEFRの補足版でも「もう4技能という概念は古い」とある。つまり、この政策にあるのは4技能概念の「誤用」もしくは「悪用」なのです。とくに「4技能」の「均等」にこだわるのは大きな間違い。「業者試験導入」を正当化するための口実にすぎません。
 
この政策を検討した有識者会議や協議会には、当の試験業者をはじめ利害関係者が多数入っていました。業者試験を受けることでどのように英語力が向上するのか検討もされず、強引に政策決定がなされています。これでは格差が助長されるだけでなく、そもそも公正なテストができません。
 
業者試験で実質的に新しいのは、発声を伴うテストが入るということです。しかし、発声を伴う試験は精神的な要素に左右されやすく、正確な採点が困難ですし、器質的な障害や、さまざまなレベルのメンタルな問題を抱えた受験者も多数いる。ところがそうした問題について検討した形跡も一切ありません。
 
「今の英語教育ではだめだ」という声が、今回の政策の背後にあるとされますが、そもそも「今の英語」をダメにしたのは、1980年代末から文科省の進めてきた「コミュニケーション英語」重視の政策でした。その失敗を検証しないまま、さらにその方向を推し進めようとするのは大きな問題ではないでしょうか。
 
本書の最後では本来あるべき英語学習の方法についても再確認しています。語学学習で必要なのは当たり前のことばかりです。とにかくその言語に接する機会を増やすこと。幹となる基礎能力をしっかり身につけること。そのためにも、著者としては何よりリスニングに重点をおいて英語のリズムの習得をめざすところからはじめてほしいと思っています。妙な方法論に飛びつくより、地道に英語の「体幹」を鍛えることを目指してほしいです。

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 阿部 公彦 / 2018)

本の目次

はじめに
 
第1章 検証 大学入試にいったい何が起きようとしているのか?
連呼されるだけの「4」/なんで外部試験?/なんで入試にスピーキング?/「中高六年英語やったのにできない」を検証する/数学と英語とどっちができる?/日本語ならできる?
 
第2章 英語がしゃべれないのはなぜ?
なぜ日本人だけ英語ができない?/「ある日突然」型の英語学習/「英語がしゃべれない」の裏にあるもの/ほんとうの病巣はどこ?/スピーキングこそが英語?/安倍昭恵さんの「英語しゃべれない事件」/私たちはなぜ英語がしゃべれないのか
 
第3章 誰のための政策なのか?
あまりにも露骨な誘導……/外部試験で英語力があがるという「ウソ」/「4」にこだわる真の理由/スピーキング入試導入の害悪/採点の困難/そもそも何のための大学入試?
 
第4章 検証 業者試験の「英語力」とは?
TOEICが前提とする「現実」/教育には「知識・教養」は邪魔?/「実際の英語」という概念は、日本にしかない/「あなたの人生」についてのメッセージ/TOEICは対策をとれば簡単に点数が上がるの?/英語を勉強せずにスコアアップ?/問題を見破る「目」
 
第5章 「実用英語」は実在するのか
オーラル英語に夢を見た数十年/「そのまんま英語」の時代と、背後で動く人/「英語の授業は英語で」の隠れた狙い/私たちの「英語コンプレックス」が利用された/日本人は叱られるのが好き?/なぜ英語ができるとカッコイイのか?
 
第6章 「4技能」看板で英語力が落ちるわけ
日本版「4技能推進論」の歴史/政策立案者の責任転嫁/スピーキング中心主義で英語力が低下する理由/おいしいものさえ食べていれば、料理は上達する?/汚れ仕事から目をそむけるネオ4技能主義/中身のない巨大なブラックホールとしての「4技能」/カタカナが氾濫する「4技能サイト」/「4」の誇大広告に頼る団体
 
第7章 安河内哲也さん(ネオ4技能主義の伝道師)と松本茂さん(学習指導要領策定協力者)へのおたずね
安河内さん、なぜ突然「大変身」なのですか?/「楽しさ」を拒絶する権利を忘れないでください/松本さん、どうしてこうなっちゃったんですか?
 
第8章 これからの英語学習のための提言
習得には順序がある/日本語をあなどるな/英語学習の最終目標とは?/「実用英語」ではなく「現実の英語」を/何から始めるべきか?
 
参考資料
あとがき — 時代遅れの「英語ぺらぺら幻想」から脱却するために
これからは「リテラシー」の時代/元凶は「コミュニケーション」の濫用
 

関連情報

書評:
沼野充義 (東京大学人文社会系研究科教授) 評
「ペラペラ信仰」そろそろ捨てよう (ALL REVIEWS 2018年7月19日)
https://allreviews.jp/column/2452
 
水曜J-CAST書評 それじゃ、英語はしゃべれません (BOOKウォッチ 2018年2月7日) 
https://www.j-cast.com/bookwatch/2018/02/07006889.html
 
暴走が加速化する英語教育 (『社会言語学』XVIII 2018年)
http://tagengo-syakai.sakura.ne.jp/xoops/html/modules/news/article.php?storyid=272
 

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