本書は、教育学研究科附属発達保育実践政策学センターと慶應義塾大学井庭崇研究室との共同研究として実施した、保育のミドルリーダーの実践知に関する「パターン・ランゲージ」研究プロジェクトの成果として出版されました。
今、子どもの育ちと子育てを支える場として幼稚園や保育園、認定こども園等の「園」の重要性が改めてクローズアップされています。園では、職員、子ども、保護者、地域の方々、園を支える行政等、さまざまな人々がかかわりあい、日々の暮らしの営みがつくり出されます。そこでキーパーソンとなるのが、主任保育者や副園長などのミドルリーダーです。ミドルリーダーは、園長・施設長を支え、若手保育者の育成を担いながら、多様な立場の人々をつなぎ、園の風土や文化をつくり出しています。しかし、ミドルリーダーの実際の仕事は、外からは見えにくく、ある主任保育者は自身の役割を「黒子」と語るほどです。ミドルリーダー同士が実践について言葉で語り、分かち合うことが難しいという悩みも聞こえていました。
このように見えにくく共有しにくい実践知を可視化するために有効な方法の一つが、井庭教授の研究テーマであるパターン・ランゲージです。パターン・ランゲージでは、成功事例や熟練者に繰り返し見られる共通の「パターン」を抽出し、「言語 (ランゲージ)」化します。教育・医療・福祉・防災・政策など多種多様な分野で応用され、注目を集めているアプローチです。
「園づくりのことば」は、主任保育者・副園長25名にインタビューから抽出した内容をもとに、保育のミドルリーダーの実践知を27の秘訣としてまとめたものです。例えば、「自分の発見から」「見通しのひとこと」「あいだの通訳」「声のすくい上げ」「ワクワクの素材」「魅力的な実践見学」などのことばが並んでいます。これらのことばは、ミドルリーダーの実践の大切なポイントを示しています。本文では、それぞれのことばについて、イラストとともに、ある状況における困りごと、その解決策とその結果という流れで書かれています。マニュアルのように具体的過ぎず、適度な抽象度で書かれているのが特徴で、読み手が自分自身の状況に照らし合わせながら自分なりの方法を考えたり、他の人と対話したりすることができます。実際に「園づくりのことば」を活用した研修では、自分の仕事の意義や魅力を改めて発見した、共通の視点があることで互いの経験を共有しやすかったという声があげられています。保育者がより深く学ぶことを支援するツールとなる可能性が示唆されます。なお、カード形式の「園づくりのことばカード」(別売り) もあります。
パターン・ランゲージによる研究は、保育分野では初の試みです。実践知を記述するにとどまらず、対話や研修のために活用しやすい知を創造することで、研究の知見を実践へとつなぐ新たな研究アプローチへの挑戦だといえます。
(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 秋田 喜代美、准教授 野澤 祥子 / 2021)
本の目次
はじめに
本書の特長
本書の読み方
園づくりのことば
保育者が成長できる環境をつくる
人をつなぐことで子どもが育つ場をつくる
保育について既成概念をつくりかえていく
実践の振り返りと可視化―ミドルリーダー実践の経験チャート
「園づくりのことば」を活かした対話・研修の方法
「園づくりのことば」の作成プロセス
参考―パターン・ランゲージとは
あとがき
謝辞
著者紹介
関連情報
http://www.cedep.p.u-tokyo.ac.jp/projects_ongoing/pattern-lang/