東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

Paul Gauguinによる海辺でくつろぐヌードの人々の絵

書籍名

人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦

判型など

296ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2021年3月22日

ISBN コード

978-4-13-062228-8

出版社

東京大学出版会

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

人間の本質にせまる科学

英語版ページ指定

英語ページを見る

本書は、主として大学生の読者を念頭に書かれた自然人類学の教科書であり、最新の総説である。自然人類学とは、現生人類であるヒト (ホモ・サピエンス)、および絶滅した化石人類を対象に、その起源と進化、多様性、特殊性などについて科学的に探究する学問分野である。生物学、医学、霊長類学はもちろん、考古学、心理学、社会学など、いわゆる文系の分野との関係も深く、これら隣接領域の知識や方法を利用しながら、人類の総合的理解を目指す。東京大学では、理学部生物学科が中心となり、一、二年生向けの自然人類学のオムニバス講義を開講している。本書の内容は主にこの講義に基づいており、さらに講義担当者以外の著者による三つの章と三つのコラムが加えられている。
 
第I部では、かつて類人猿の一種としてアフリカで誕生した初期人類から、現生人類に至る進化の道のりが解説される。遺跡から発掘される古人類の骨や歯、また石器などの人工物の証拠に基づいて人類進化の歴史を復元する作業は、自然人類学の王道とも言える研究スタイルであり、現在もなお新たな発見により歴史が書き換えられ続けている。第II部は、昨今の発展が著しいゲノム科学に基づく研究を扱う。ゲノムとは、生物種がもつ遺伝情報の総体を指し、今世紀初めにヒトの全ゲノム情報が解読された。現在までに、現生人類の「いとこ」に相当するネアンデルタール人のゲノムデータも公開されており、現生人類のゲノムが、かつて交雑によりネアンデルタール人から流入した遺伝情報を含むことなどが示されている。第III部では、自然淘汰により形成されたヒトの身体的デザインに注目する。まず、人類の根源的な特徴である直立二足歩行について検討する。また、色覚多型と呼ばれる色の見え方の個体差や、異なる環境への生理的適応能、栄養学上の問題を解決するうえで腸内細菌が果たしてきた役割など、興味深い研究例が紹介される。第IV部のテーマは、言語、考古、文化である。ヒトの言語能力がいつ、どのようにして出現したのかは、いまだ明らかになっていない。考古学との連携事例としては、炭素・窒素同位体比から、縄文時代、弥生時代の人々の食生活を復元する試みが紹介されている。最終章には、人種と人種差別の問題に関する自然人類学と文化人類学の対話が記されている。
 
自然人類学は、人間の生物学的側面、「ヒト」としての側面を扱うと言われることがあるが、必ずしも正しくない。なぜなら、文化、社会、心理など、人間の人間らしい部分もまた、生物としてのヒトの特殊性を構成する表現型として捉えられ、自然人類学の研究対象に含まれるからだ。人間、すなわちヒトは、他のあらゆる生物と同様、自然淘汰の働きによりデザインされ、現在の姿に至ったと広く理解されている。一方で、人間と他の生物との間には、質的な違いがあるようにも感じられる。この拭い去りがたい印象の原因となっているヒトの特殊性を、自然淘汰はどのようにして生み出したのか。現代科学に残された未解決問題の一つである。
 

(紹介文執筆者: 理学系研究科・理学部 准教授 井原 泰雄 / 2021)

本の目次

はじめに――自然人類学を学ぶ意義と魅力(長谷川壽一)
 
I 人類進化の歩み
第1章 ヒト以外の霊長類の行動と社会――ヒトを相対化する(中村美知夫)
コラム 霊長類の子育て(齋藤慈子)
第2章 猿人とはどんな人類だったのか――最古の人類(河野礼子)
コラム 人類化石の発見,いかに(諏訪 元)
第3章 ホモ属の「繁栄」――人類史の視点から(海部陽介)
第4章 旧人ネアンデルタールの盛衰――現生人類との交替劇(近藤 修)
コラム 旧人と新人の文化(西秋良宏)
 
II ヒトのゲノム科学
第5章 アジア人・日本人の遺伝的多様性――ゲノム情報から推定するヒトの移住と混血の過程(大橋 順)
コラム HLAと日本人の形成(徳永勝士)
第6章 全ゲノムシークエンスによる人類遺伝学――ヒトゲノムの変異と多様性(藤本明洋)
第7章 自然選択によるヒトの進化――形質多様性と遺伝的多様性(中山一大)
第8章 縄文人のゲノム解読――古代ゲノム学による人類の進化(太田博樹)
コラム 霊長類の遺伝(石田貴文)
 
III 生きているヒト
第9章 ヒトはなぜ直立二足歩行を獲得したのか――身体構造と運動機能の進化(荻原直道)
第10章 なぜヒトは多様な色覚をもつのか――霊長類の色覚由来から考える(河村正二)
第11章 ヒトの環境適応能――生理的適応現象とその多様性(西村貴孝)
第12章 生存にかかわる腸内細菌――ホモ・サピエンスの適応能(梅﨑昌裕)
コラム 人口からみるヒト(大塚柳太郎)
 
IV 文化と人間――文理の境界領域
第13章 言語の起源と進化――その特殊性と進化の背景(井原泰雄)
第14章 考古学と自然人類学――縄文時代・弥生時代の生業を考える(米田 穣)
第15章 人種と人種差別――文化人類学と自然人類学の対話から(竹沢泰子)
コラム 人新世:ヒトが地球を変える時代(渡辺知保)
 

関連情報

書評:
内堀基光 (一橋大学・放送大学名誉教授) 評 (『文化人類学』86巻3号 2021年12月31日)
https://doi.org/10.14890/jjcanth.86.3_499
 
田島知之 (京都大学宇宙総合学特定助教) 評 (『霊長類研究』第37巻第2号 2021年12月3日)
https://doi.org/10.2354/psj.37.040
 
谷畑美帆 (明治大学文学部兼任講師) 評 (『季刊考古学』156号 2021年8月1日)
https://www.yuzankaku.co.jp/products/detail.php?product_id=8746
 
懸秀彦 (国立天文台准教授・普及室長) 評 (『信濃毎日新聞』 2021年5月18日)
https://www.shinmai.co.jp/
 
松村秋芳 (神奈川大学工学部) 評 (『Anthropological Science』129巻2号 2021年)
https://doi.org/10.1537/asj.21br02
 
書籍紹介:
理学の本棚 第48回 (東京大学理学部発行『理学部ニュース』 2021年11月号)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/page/7635

このページを読んだ人は、こんなページも見ています