「競争なくして成長なし」――市場での競争を通じてこそ企業が成長でき、消費者のメリットも生み出される――という理念は、今や私たちの社会に深く浸透しています。経済の独占化に対処するために20世紀初頭に導入された競争政策は、市場競争を維持・促進する道具として、わが国のみならず世界各国で市場の番人の役割を果たしています。
 
この競争政策が、今大きな転換点を迎えています。新型コロナウィルス感染が広がり始める前から、企業の市場支配力が拡大し、消費者の利益が既存しているのではないかという懸念が国際的に高まってきたのです。競争政策が最初に登場して130年が過ぎるなか、競争政策が期待通り機能しているのかに対して大きな疑念の眼が向けられています。この背景には、経済のグローバル化とデジタル化が背景にあるものと考えられます。海外の大手プラットフォーム事業者 (例えばGAFA) の台頭などに伴って、資本主義のゆがみや市場の価値と公益的な価値との乖離が、深刻な経済的・社会的な分断を生み出すようになったのです。

こうした点に加えて、わが国特有の国内的な要因も、競争政策に転換点を迫る要因となっています。それは人口減少によって生じる寡占化の問題です。需要が減少し市場規模が縮小すると、過剰供給を生み出すことから、市場は寡占化します。こうした寡占化は、行き過ぎると地域に基盤的なサービスが提供されなくなる懸念があるばかりか、少数の企業が市場支配力を行使する懸念も高まります。
 
本書では、寡占化における日本と世界の動向を俯瞰したうえで (第I部)、人口減少 (第III部) とデジタル化 (第IV部) という二つの社会経済的な環境変化を軸として、個別産業分野の視点 (第II部) を盛り込みながら構成しました。第II部では、移動体通信や電力、公共調達や地球温暖化という自由化の新たな局面を迎えた産業・市場分野を取り上げて、現状の政策の方向性を批判的に検討しつつ、今後の方向性についても議論をしています。
 
人口減少とデジタル化は、全く異なる二つの環境変化でありながら、両者は相互に関連しています。例えば、デジタル化を進めることで、業務の効率化に伴う働き方改革が進み、人口減少に対応できるといった具合です。同時に、人口減少とデジタル化を意識せずに競争政策を運用し続けていくと、市場経済の求める価値と社会の求める価値との乖離が広がりかねない点も本書では指摘しています。
 
競争政策を公益的な価値の増進と社会経済の持続的な発展につなげるために、一度立ち止まって競争政策のあり方を見直す必要があるのではないか。新型コロナウィルス感染拡大は、甚大な人的・社会的・経済的な傷跡を今も残し続けているが、他方で競争政策のあるべき方向性を考え直す、待ったなしのタイミングを迫っています。今後の競争政策を論じるための素材として、議論の活性化に寄与できればとの思いで本書を記しました。
 

(紹介文執筆者: 公共政策大学院 院長、教授 大橋 弘 / 2021)

本の目次

関連情報

受賞:
第64回 (2021年度) 日経・経済図書文化賞　(JCER公益社団法人日本経済研究センター　2021年11月3日)
https://www.jcer.or.jp/about-jcer/bunka
 
書評:
安達貴教 (京都大学経営管理大学院准教授) 評　(経済セミナー編集部note　2021年9月26日)
https://note.com/keisemi/n/n56cda8f04ac7
 
井堀利宏 (政策研究大学院大学特別教授) 評　(エコノミストOnline　2021年6月26日)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210831/se1/00m/020/014000c
 
(短評)『競争政策の経済学』大橋弘著　(日本経済新聞　2021年6月26日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO73252890V20C21A6MY6000/
 
ウェビナー:
競争政策の経済学：人口減少・デジタル化・産業政策 #1（プレゼンテーション）【RIETI BBLウェビナー】　(rietichannel YouTube　2021年6月21日)
https://www.youtube.com/watch?v=q5hHaEbS4qA
 
競争政策の経済学：人口減少・デジタル化・産業政策 #2（Q&A）【RIETI BBLウェビナー】　(rietichannel YouTube　2021年6月21日)
https://www.youtube.com/watch?v=WKQWhy9MahA
 

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