東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙、青い線

書籍名

法と哲学新書 くじ引きしませんか? デモクラシーからサバイバルまで

判型など

256ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2022年6月6日

ISBN コード

9784797281590

出版社

信山社

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

くじ引きしませんか?

英語版ページ指定

英語ページを見る

現在、くじ引きが大きな注目を集めている。
 
その大きな要因は、デモクラシーの危機である。蔓延する政治不信とポピュリズム、さらに権威主義の台頭は、デモクラシーの意義の再検討を求めている。そこで参照されるのが、古代ギリシアの盟主たるアテナイのデモクラシーである。そこでは、多くの公職者がくじ引きによって選出されていた。選挙による選出は、むしろデモクラシーとは異質なものとして理解されていた。こうした知見を手がかりにして、現代のデモクラシーを再生するために、くじ引きを利用するデモクラシー (「ロトクラシー」と呼ばれる) の可能性が正面から議論されている。
 
倫理学に目を向ければ、「生存のくじ」(サバイバル・ロッタリー) という思考実験が議論の対象となってきた。生存のくじでは、公平なくじで選ばれた健康な人から摘出された臓器が、臓器移植を必要とする多くの人々に対して分配される。生存のくじを導入すれば、より多くの人が生き残ることになる。だが、生存のくじを導入することに抵抗感を持つ人は多いだろう。生存のくじの何が問題なのか。その問題を正確に見定めることは、実はそれほど簡単ではない。
 
さらに、平等に関する哲学的な議論では、「運の平等主義」と呼ばれる立場が有力に主張されている。運の平等主義は、運の結果として生じる不平等は不正であるとして、その是正を要求する。そのため、たとえばいわゆる親ガチャの結果として生じる経済格差は、本人に責任のない運の結果であるため不正であり、是正すべきだということになる。つまり、運の平等主義は、くじ引きのような運の要素を徹底して排除すべきだと考えている。しかしながら、運の平等主義に対する批判も有力に主張されていて、人生に対して運が作用することをどのように評価するかをめぐって熱い議論が戦わされている。
 
このように注目を集めている「くじ引き」について、多様な角度から本格的な検討を加えるのが本書である。法哲学・倫理学・政治学・経済学・法社会学の専門家が、それぞれの分野の知見を背景にして、くじと正義の関係について自由闊達に論じている。
 
本書のタイトル『くじ引きしませんか?』には、二つの意味が込められている。一つは、くじ引きへの誘いである。くじ引きは、現在ではあまり利用されない「忘れた決定方法」である。だが、それは意外と「ましな決定方法」として、一考に値する。さまざまな場面でくじ引きを実際に試してみることを、このタイトルは提案している。
 
もう一つは、くじ引きの考察への誘いである。くじ引きは、知的に興味深いテーマである。くじ引きが提起する問題は広く、そして深い。くじ引きをめぐる問いへと読者を誘うことこそ、本書のタイトル『くじ引きしませんか?』に込められたもう一つの意味である。
 

(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 瀧川 裕英 / 2022)

本の目次

はしがき (瀧川裕英)
 
◆ 1 くじ引きは (どこまで) 公正なのか――古代と現代における空想的事例をめぐって (古田徹也)
 
はじめに
I 古代ギリシアにおける「くじ」
 1 世界分領神話とくじ引き
 2 「神意」としてのくじ
 3 プラトンの〈エルの神話〉におけるくじ引きの役割
 4 プラトンの国制構想におけるくじ引きの役割
 5 くじ引きの背景 [1]――誰がなぜ、いつくじ引きを行うと決めるのか
 6 くじ引きの背景 [2]――くじ引きによって何が、誰の間で割り当てられるのか
 7 くじ引きの背景 [3]――「いかさま」の可能性をどう考慮すべきか
II 現代における「臓器くじ (サバイバル・ロッタリー)」
 1 「臓器くじ」とは何か
 2 「臓器くじ」におけるくじ引きという方法それ自体をめぐる諸問題
 3 現代においてくじ引きに対して向けるべき姿勢
 
◆ 2 選挙制・任命制・抽選制 (岡﨑晴輝)
 
I 抽選制議会
 1 抽選制議会論の争点
 2 選挙制議院+抽選制議院の擁護
III 抽選制市民院の構想
 1 選挙制参議院から抽選制市民院へ
 2 抽選制市民院の効用
 3 憲法改正の問題
  〈中間考察〉
III 抽選官僚制
 1 抽選制の自由主義的可能性
 2 混合抽選制の擁護
IV 抽選官僚制の構想
 1 最高裁判所への適用
 2 内閣法制局への適用
 3 その他の公職への適用
  結 語
 
◆ 3 くじ引き投票制の可能性 (瀧川裕英)
 
I 選挙と抽選
 1 くじと民主制
 2 くじ引き投票制
 3 くじ引き投票制の利点と欠点
II 人数問題
 1 総 和
 2 追 加
 3 総和と追加
 4 均等確率説
 5 公平確率説 (個人くじ)
 6 くじ引き投票制と公平確率説
III 事前くじと事後くじ
 1 抽選が先か、投票が先か
 2 事前くじと事後くじの相違
 3 事後くじの優位?
IV 事前くじの可能性
 1 ミニ・パブリックスと事前くじ
 2 裁判員制度と事前くじ
 3 事前くじの優位性
 4 事前くじの欠陥
 5 事前くじの擁護
 6 くじに対する信頼
 
◆ 4 投票かじゃんけんか? (坂井豊貴)
 
はじめに
 1 ギバード・サタスウェイトの不可能性定理
 2 くじの導入による不可能性の回避
 3 票数に比例する確率で決定
 4 おわりに
 
◆ 5 くじによる財の配分――リスクの観点から (飯田 )
 
I はじめに
II リスク選好
 1 リスク選好とは
 2 損失の回避
 3 リスク選好に影響する諸要素
III くじによる決定はどれくらい支持されるか――社会調査データの分析
 1 調査の概要と集計結果
 2 くじに対する態度の分析
IV 考察とまとめ
 1 くじは「平等」か
 2 くじによる決定の望ましさ
V おわりに
 
■人類と書物の受難の時代に――〈法と哲学〉新書の創刊に寄せて (井上達夫)

関連情報

書籍紹介:
<論壇時評>「くじ引きとデモクラシー 選挙の機能不全、越える道は」(中島岳志) (東京新聞Web 2022年7月1日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/186214

このページを読んだ人は、こんなページも見ています