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白と紫の表紙

書籍名

筑摩選書 世界正義論

著者名

井上 達夫

判型など

400ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2012年11月13日

ISBN コード

978-4-480-01558-7

出版社

筑摩書房

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世界正義論

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世界では今、貧困が原因で一日に五万人近い命が失われている。他方で2003年には超大国アメリカが、恣意的な口実でイラク侵攻を正当化し、非戦闘員を含めて少なくとも十万人ものイラク国民が戦死している。世界貧困という巨大な経済的不正義が放置されるという「国境を越えられない正義」の問題がある一方、「正義」を振りかざして他国を侵略し、無辜の民を無差別に虐殺する「身勝手に国境を越える覇権的正義」が跋扈している。こうした現実を前にして、「自国益中心主義を越えると同時に、覇権を裁く正義」としての世界正義はそもそも、また、いかにして可能か。本書は、この問いを原理的・包括的に探究する法哲学の書である。
 
序論をなす第1章で、メタ世界正義論、国家体制の国際的正統性条件、世界経済正義、戦争の正義、世界統治構造という、世界正義論の五つの問題系を提示する。世界正義論の研究の進展とともに、各問題系の研究の専門分化が進んでいるが、現代世界の正義欠損の原因を的確に捉え、適切な解決の道を構想するには、これらの諸問題をその相互の連関性を自覚しながら包括的に考察すると同時に、それらの差異を自覚し短絡的結合を排して複眼的に考察する「包括的・複眼的アプローチ」が、世界正義論の方法論として要請されていることを示す。その上で第2章以下で、この五つの問題系の考察に取り組む。
 
著者の基本的立脚点は、対立競合する正義の諸構想に通底する共通制約原理としての正義概念、すなわち普遍化不可能な差別の排除の要請である。これに立脚して、米国等の強大国の「身勝手に国境を越える覇権的正義」を批判するとともに、ジョン・ロールズに代表される欧米のリベラルな政治哲学者・法哲学者が、先進諸国の貧窮途上国に対する制度的加害責任を隠蔽して先進諸国の経済的既得権を擁護するのと引き換えに、非欧米世界の市民的政治的人権侵害を容認するという「国境を越えられない正義」の自己中心性に退却していることを批判する。その上で、五つの問題系について現実を踏まえつつ規範的な牙を抜かれない世界正義の原理の提示を試みる。
 
具体的には、以下の点を提唱する。正義概念基底化論および主権と人権の内的結合論による政治的「正統性」概念の再編。世界経済正義における制度的加害是正論と積極的支援義務論の原理的次元における相補的結合と、制度的実現戦略の相補的結合。戦争の正義における消極的正戦論の再定義と再擁護、および人道的介入の消極的正制論の枠内への批判的組み換え。世界政府・地域的統合体による超国家的集権化とTNC (脱国家的企業体) やINGO (国際的非政府組織) の脱国家的影響力強化の欠陥を自覚した上で、世界統治構造の理念として主権国家秩序の脱構築ではなく再構築をめざす「諸国家のムラ」の構想の提示。
 

(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 井上 達夫 / 2016)

本の目次

はじめに
第1章 世界正義論の課題と方法
第2章 メタ世界正義論 -- 世界正義理念の存立可能性
第3章 国家体制の国際的正統性条件 -- 人権と主権の再統合
第4章 世界経済の正義 -- 世界貧困問題への視覚
第5章 戦争の正義 -- 国際社会における武力行使の正当化可能性
第6章 世界統治構造 -- 覇権なき世界秩序形成はいかにして可能か
あとがき

関連情報

学術雑誌・学術書における書評:
(1) 施 光恒 評「正義理念の力」 (日本法哲学会編『法哲学年報2013』176-182頁 2014年)
http://www.houtetsugaku.org/publication/Journal.html
 
(2) 浦山聖子 評「『世界正義論』--『諸国家のムラ』をめぐる疑問」 (ナカニシヤ出版『逞しきリベラリストとその批判者たち -- 井上達夫の法哲学』119-129頁 2015年8月10日)
https://www.nakanishiya.co.jp/book/b208149.html
 
Hirohide Takikawa 評 (『Social Science Japan Journal』Volume 18, Issue 1 Winter 2015, pp.106-109  2014年12月23日)
http://ssjj.oxfordjournals.org/content/18/1/106.full?keytype=ref&ijkey=DCPVcLY2XeIVlKl
 
栩木 憲一郎 評 (『千葉大学人文社会科学研究』第28号258-263頁 2014年3月)
https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/900117532/18834744_28_20.pdf
 
学術的書評に対する著者の応答:
(1) への応答: 井上達夫「世界正義とナショナリズム -- 施光恒会員への応答」 (日本法哲学会編『法哲学年報2014』139-144頁 2015年)
http://www.houtetsugaku.org/publication/Journal.html
 
(2) への応答: 井上達夫「批判者たちへの『逞しきリベラリスト』の応答」 (信山社『法と哲学』第2号、203-205頁 2016年5月30日)
https://www.shinzansha.co.jp/book/b238178.html
 
新聞書評欄・書評誌等:
出口治明 評『教養が身につく最強の読書』 (PHP研究所 2018年6月1日)
https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-76763-5
 
出口治明 評『ビジネスに効く最強の「読書」: 本当の教養が身につく108冊』146-147頁 (日経BP社 2014年6月9日発行)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/14/230010/
 
宮台真司・苅部直・渡辺靖鼎 談「思想・社会・政治を振り返る」 (『週刊読書人』 2013年12月20日号)
 
保阪正康 評「国境を超える正義」を探求 (『朝日新聞』 2013年1月13日)
https://book.asahi.com/article/11636974
 
常森裕介 評 (『ゲンロンサマリーズ』vol.063 2013年1月11日)
https://genron.co.jp/shop/products/detail/33
 

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