東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白いシンプルな表紙に黄色から青のグラデーション岩波現代文庫ラベル

書籍名

岩波現代下文庫 自由の秩序 リベラリズムの法哲学講義

著者名

井上 達夫

判型など

208ページ、A6判、並製

言語

日本語

発行年月日

2017年3月16日

ISBN コード

978-4-00-600358-6

出版社

岩波書店

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

自由の秩序

英語版ページ指定

英語ページを見る

消極的自由のような空疎な自由概念にリベラリズムの基礎を求めるという、リベラルな思想家もリベラリズム批判者も共有する偏見・謬見を打破して、次の二つの基本テーゼを提示し展開することにより、リベラリズムを再定義するのが本書の目的である。
 
    (1) リベラリズムの根本理念は自由ではなく、自由を律する正義である。
    (2) リベラリズムの制度構想としての権力分立は、国家内部の異なった権力作用を抑制均衡させる「三権分立」に止まらず、国家・市場・共同体という対立競合する秩序形成メカニズムの間の抑制均衡を図る「秩序のトゥリアーデ」へ発展させられるべきである。
 
チャールズ・テイラー、アイザイア・バーリン、ジョン・ロールズら、現代の欧米政治哲学において支配的影響力をもつ論客の自由論やリベラリズム論の自壊性・倒錯性を剔抉して批判し、上記の二つのテーゼの観点から、リベラリズムの哲学的基礎と制度構想の理論的解明を試みている。しかし、単なる理論的考察に終わるのではなく、著者の理論的視点が現代世界や現代日本が直面する現実的諸問題 (例えば、「イスラム国」、EU統合危機、国際的NGOの答責性、日本型システムの変革など) に対してもつ実践的意義についても、具体的に検討している。本書はどの論点についても、著者自身の立場を明確に主張しており、著者の他の著作と同様、きわめて論争的な作品である。
 
テーゼ (1) で、著者がリベラリズムの根本原理とする正義とは、功利主義、リバタリアニズム、平等基底的権利論など、対立競合する正義の諸構想 (conceptions of justice) の一つではなく、それらに通底する共通制約原理としての正義概念 (the concept of justice) である。その核心は普遍化不可能な差別 (自己と他者との個体的同一性における差異に依拠した差別) の禁止であり、これはさらに、次のような自己と他者との「位置と視点の反転可能性 (positional and perspectival reversibility)」テストによる批判的自己吟味の要請を含意する。「自己の他者に対する要求・行動が、自己が他者の立場に置かれ他者の視点に立ったとしても――その他者もまた同じ反転可能性テストを自己に課すならば――拒絶できない理由によって正当化可能か否かを吟味せよ。」他者への公正さを要請するこの正義概念が、批判的自己吟味という「啓蒙」のプロジェクトの正の遺産と、異質な他者への精神の開放性という「寛容」のプロジェクトの正の遺産を統合してリベラリズムを哲学的に再生させる原理となる。本書は、まずテーゼ (2) を展開して、自由概念 (特に消極的自由の概念) によってリベラリズムを規定する従来の議論の不適格性を示し、自由概念論ではなく、「自由の秩序」の構想が重要であることを示した上で、自由の秩序構想の規制理念は自由ではなく、上記の意味での正義であるという著者の哲学的立場であるテーゼ (1) を最後に展開するという構成になっている。
 
本書は一般読者が読みやすいように、講義スタイルで書かれ、「講義の七日間」で、テーゼ (2)を論じ、「場外補講」でテーゼ (1) を論じている。七日目の講義と場外補講は受講者との討議の形式をとっている。この二つの討議において「講師」たる著者が「受講者」から鋭く批判され、それに真剣に応答しているのを読んで、本当の議論の記録だと思ったという感想を寄せてくれた人が少なからずいる。ありうべき他者からの批判を想定して応答するという、あくまで仮想的な討議だが、読者がリアルな迫力を感じてくれたとすれば、哲学的思考は真摯な批判的自己省察・自己対話に存することを示すという著者の狙いが達成されたことになる。
 

(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 井上 達夫 / 2017)

本の目次

第1日 アルバニアは英国より自由か
第2日 自由の秩序性と両義性
第3日 自由概念の袋小路
第4日 秩序のトゥリアーデ――国家・市場・共同体
第5日 専制のトゥリアーデ――全体主義的専制・資本主義的専制・共同体主義的専制
第6日 自由の秩序の相対性と普遍性
第7日 世界秩序をめぐる討議
場外補講 リベラリズムにおける自由と正義の位置
 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています