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白い表紙に赤い帯

書籍名

実践する法と哲学1 生ける世界の法と哲学 ある反時代的精神の履歴書 - Law and Philosophy in Our Living World: The Curriculum Vitae of a Mind Going Against the Current

著者名

井上 達夫

判型など

548ページ、四六判変形

言語

日本語

発行年月日

2020年1月31日

ISBN コード

9784797298819

出版社

信山社

出版社URL

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学内図書館貸出状況(OPAC)

生ける世界の法と哲学

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本書は、2020年春に定年を迎えるまでの約40年間に及ぶ私の研究人生において発表してきた「小品」的論考を集成したものである。本書刊行の狙いは二つある。一つは、私の法哲学研究の総体を縮約し再構成する鳥瞰図を読者に提供することである。第二の狙いは、未来に向けての提言である。私は自己の研究人生を通じて、原理的考察に基づき、日本と世界が孕む様々な病理や危機に対処するための指針の提示を試みてきたが、現下の問題状況はさらに深刻化していると考える。本書は、いま改めて日本と世界の現実の歪みを正す問題提起を行うことで、法哲学研究者としての知的・社会的責任を果たす試みである。
 
本書を貫通する私の哲学的・思想的脊椎は、二つの主導理念から成る。第一に、いかなる人間の主観的信念も可謬性 (fallibility)・局限性 (narrowness) を免れえない。しかし、その自覚を保持し続けるためにこそ、人間の主観的信念がそれに照らして可謬的かつ局限的であるような客観的真理の理念へのコミットメントが必要不可欠である。第二に、独断的自己合理化 (dogmatic self-rationalization) のためのイデオロギーとして正義理念を濫用する権威主義と、正義はそのようなイデオロギーに過ぎないとシニカルに断罪する相対主義は、いずれも人々を自己の独断に開き直らせる点で同じ穴のムジナである。この誤った二項対立図式を超えるために、私は正義の具体的基準をめぐって対立競合する様々な「正義の諸構想 (conceptions of justice)」に対する共通制約原理としての「正義概念 (the concept of justice)」の意義と含意を解明している。これは自己と他者の普遍化不可能な差別 (non-universalizable discrimination) を禁止し、自己と他者の位置と視点の「反転可能性 (reversibility)」の吟味を要請する。正義は独断的自己合理化の対極に位置し、批判的自己吟味 (critical self-examination) を通じて他者への公正さを配慮し続ける責務を我々に課す。
 
客観的真理の概念と普遍化要請 (the universalization demand) としての正義概念、この二つの主導理念は、相異なる視点からそれぞれの生を生きる人々の公正な共生 (conviviality) を可能にする政治社会を希求するリベラリズムの根本原理である。本書は主として第四章で、ここに述べた私の基本的な哲学的立場を明らかにし、この哲学的な足場に立って、第一章と第二章で、日本社会の自己改革の方途、特に立憲民主主義体制の再編確立の指針を示し、さらに第三章で、グローバル化が軋轢と亀裂を深刻化させる現代世界において公正な世界秩序を形成するための指針を考察している。なお、最後の第五章「人生と法哲学」は、人生論と法哲学の接点をなす問題を考察する。考察対象は私自身の人生にも及ぶ。また、私に大きな影響を与えて先立たれた内外の先達の学問的人生を追懐する。この最終章は本書の「後奏 (postlude)」として味わって頂ければ幸いである。
 

(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 名誉教授 井上 達夫 / 2022)

本の目次

・まえがき
  三島事件の衝撃/哲学的啓示体験/そして法哲学徒になる/駒場の「卓袱台」/
  廣松渉ににじり寄る/本書の狙い/三島由紀夫の「檄」を超えて
 
◆第一章 日本は何処へ行くのか
 
1 時代に問う―虚偽が真理に勝つのか
 1 虚偽が真理に勝つのか?(一)―「言霊の幸ふ国」の病巣
 2 虚偽が真理に勝つのか?(二)―国民投票を糾弾する「民主主義者」たちの知的倒錯
 
2 〈戦後〉から〈戦後以後〉へ
 1 何処へ―四五年目の自画像
 2 これからの〈国家〉
 3 「災後日本」の社会と知の再建―東日本大震災が私たちに問うもの
 4 いま、日本の何が劣化しているのか―制度改革における政治的知性の貧困
 
3 「保守」対「リベラル」図式の混乱を正す
 1 リベラリズムの精髄
 2 リベラルとは何か
 3 日本の「保守」「リベラル」とは
 
◆第二章 立憲民主主義の成熟に向けて
 
1 九条論議の欺瞞を断つ
 1 憲法の現実―誰が「貢献」するのか、責任負担を民主化せよ
 2 九条削除論の真義
 3 立憲主義を救うとは、どういうことか
 
2 天皇制と民主主義
 1 自由と平等なくして象徴天皇制なし
 2 「象徴」に依存する日本人
 3 一票の格差の話をしよう―選挙改革から民主政改革へ
 4 有権者こそ試される選挙
 5 「我ら愚者」の民主主義
 
3 立法と司法を建て直す
 1 立法の哲学としての法哲学
 2 体制改革としての司法改革
 3 厳罰化要求と司法の在り方
 4 「司法的殺人」に対する国民的責任
 5 裁判員制度の意義を問う
 
◆第三章 世界と向き合う
 
1 国際社会に正義はあるのか
 1 この小さきもの、汝の名は世界―世界正義論の困難性と不可避性
 2 人権の普遍性と相対性―問題提起
 3 公共性を掘り崩すグローバル化の陥穽
 4 世界正義について
 5 国境を越える正義の諸問題
 6 世界正義とナショナリズム―施光恒への応答
 7 国家の分離独立について―吉里吉里村は日本から独立できるか
 
2 欧米中心主義を超える視点
 1 日本的競争と欧米中心主義
 2 グローバル化が分断する世界の〈共生の作法〉
 3 リベラリズムをなぜ問うのか―日本からアジアへ、そして世界へ
 4 「アジア的価値」から「アジアの声」へ
 5 地球の反対側で考えたこと
 
◆第四章 知の在り方を問う
 
1 知と実践
 1 「学」・「知」・「真」
 2 「実践哲学の復権」のこと
 3 科学における事実と価値―方法二元論再考
 4 議論とは何か、なぜ議論か―ディベートを超えて
 5 知は所有できるか
 
2 正義論の批判的組換え
 1 なぜ共生を語るのか―共生原理としての正義
 2 正義―柔らかき秩序の原理
 3 公共性としての正義
 4 〈正義の諸構想〉に対する〈正義概念〉の基底性
 5 生と死の法理―実体論・関係論・相補論
 6 自由と福祉―統合原理としてのリベラリズムの再定義
 7 統治理論としての功利主義―安藤馨の統治功利主義の検討
 
3 批評という営為
 1 ケルゼンの転向―遺著『規範の一般理論』に寄せて
 2 何のための正義か―ルーカスの正義論について
 3 方法から思想へ―経済哲学における「歴史の始め方」
 4 「思想の冬の時代」のユートピア民主主義
 5 「根源的民主主義」の根源性を疑う
 
◆第五章 人生と法哲学
 
1 人生を/人生から考える法哲学
 1 挫折との付き合い方―責任感の罠
 2 フェア・プレイとは何か―競技の法哲学
 
2 「自分史」的省察
 1 我が法魂の記
 2 貧すればこそ鈍せず
 
3 逝きし先達に捧ぐ
 1 哲学者ジョン・ロールズ氏を悼む
 2 ロナルド・ドゥオーキン追悼
 3 星野英一先生の追懐
 4 碧海純一先生を偲んで
 5 碧海法哲学の内的葛藤
 
・あとがき
 

関連情報

著者インタビュー:
「失政を修正していく責任が自分たちにある」井上達夫教授 退職記念インタビュー【前編】 (『東大新聞オンライン』 2020年3月30日)
https://www.todaishimbun.org/inoue20200330_1/
 
「世界は大きく多極化していく」井上達夫教授 退職記念インタビュー【後編】 (『東大新聞オンライン』 2020年3月30日)
https://www.todaishimbun.org/inoue20200330_2/

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