都心周縁コミュニティの再生術 既成市街地への臨床学的アプローチ
脱成長時代を迎えた日本の三大都市圏や政令指定都市には、都市の中心部近くにありながら、物理的環境の更新から取り残され、空洞化する地域が多く見られます。大規模再開発事業、マンション建設、密集市街地の改善、歴史的市街地の保全・再生などの取り組みが進んでいない地域です。その背景には、住民や事業所の流入が停滞・固定化して、社会構成のバランスが崩れ、人口減少・超高齢化やコミュニティの弱体化が進むといった社会的環境の問題があるのではないでしょうか。
近年、こうした地域の問題を解決し、地域を再生するために、古い建物のリノベーション、小さな単位での建物の共同化、オープンスペースの創造と活用といった、草の根的で小規模な事業を実施し、その積み重ねと面的広がりによって、市街地の物理的・社会的環境の再生へと展開していく取り組みが注目を浴びています。私たちは、このような取り組みに、大きな可能性を感じています。
本書では、大都市の都心周縁部にあって、社会的環境の持続性を喪失し、物理的環境も更新されず、停滞・空洞化する地域を「インナーコミュニティ」と呼びます。これまでのように「インナーシティ」と呼ばないのは、地域の停滞・空洞化問題の根源とその問題を解決する地域再生のアプローチの両方がコミュニティに根ざしていると認識しているからです。「インナーコミュニティ」では既に、空間需要が低下して開発圧力が弱まった「ゆるい市場」の中で、事業家、企業、NPO、行政が市街地の「空洞」に介入し、弱みを強みに変える新しいアプローチを通した地域再生 (「インナーコミュニティ再生」) の試みが次々と出現しています。
本書のねらいは、現時点では実験あるいは試行錯誤の段階にある「インナーコミュニティ再生」が、今後の都市更新におけるひとつの有力な類型になると認識した上で、事例分析とそれに基づく理論的考察を通じてそのアプローチを一般化し、それを支援する手法や制度のあり方を検討することにあります。本書で扱う事例のほとんどは三大都市圏のものですが、一般化したアプローチやそれを支える手法や制度の本質は、より小規模の都市における同様の取り組みにも、十分に適合するものだと考えられます。「インナーコミュニティ再生」に取り組む事業家、企業、NPO、行政の実務家、今後の都市更新のあり方を検討する研究者、都市計画・都市デザイン・まちづくり分野の今後を担う学生に、読んで頂きたいと思います。
なお、本書は、日本建築学会都市計画委員会の「選択可能な市街地環境整備とインナーコミュニティまちづくり小委員会 (略称:インナーコミュニティ再生小委員会)」(2015年度~2018年度) の研究成果を2019年4月に設置された「大都市インナーコミュニティ持続再生WG」でとりまとめたものです。
(紹介文執筆者: 工学系研究科 准教授 村山 顕人 / 2022)
本の目次
1 都心周縁の停滞と空洞化、そして再生へ (山村 崇・村山顕人)
2 再生の芽を見つける―事例の捉え方 (村山顕人)
1章 建物の余裕を活用し、エリアの価値を転換させる
1 空きビルの社会的企業によるアフォーダブル空間化 (中島弘貴)
―― 千葉県松戸市中心市街地 MAD City
2 空き室の暫定活用を介した共創プロセス (中島弘貴)
―― 東京都千代田区・中央区、神田・馬喰町地区
3 所有者に寄り添う地域主導の空き家活用 (森重幸子)
―― 京都市粟田学区 空き家対策実行委員会
2章 オープンスペースを再生し、まちづくりを加速させる
1 小規模事業による街路空間の魅力化を再開発事業とつなぐ (村山顕人)
―― 名古屋市中区錦二丁目地区繊維問屋街
2 屋外公共空間の計画的再整備とプレイスメイキング (福岡孝則)
―― 東京都豊島区池袋、米国デトロイト
3 小さなオープンスペースへの介入から大きな変化を起こす (福岡孝則)
―― 東京都港区コートヤードHIROO、兵庫県神戸市東遊園地
3章 見えづらくなった地域の物語を編みなおす
1 低層倉庫・オフィス混在地区での小規模継続的整備 (山村 崇)
―― 東京都品川区天王洲地区
2 都市空間の活用イベントで住商工混在地区の魅力を示す (坂井 遼)
―― 東京都新宿区落合・中井地域「染の小道」
3 小規模事業を連鎖し暴れ川の水辺空間化 (中島弘貴)
―― 栃木県宇都宮市釜川地区
4 地域エネルギー事業によるまちづくり資金の創出 (益尾孝祐)
―― 東京都板橋区板橋宿
4章 災害脆弱性への取り組みを、新しい価値の創造につなげる
1 ミクロな防災整備事業で住環境を改善する (藤井正男)
―― 東京都京島地区・太子堂地区等
2 修復型だけで脱却できない木密:劇薬としてのジェントリフィケーション (市古太郎)
―― 東京都豊島区東池袋四・五丁目地区
3 防災を切り口とした多世代と専門性のネットワークの形成 (市古太郎)
―― 東京都豊島区長崎地区
5章 インナーコミュニティ再生へのアプローチ
1 インナーコミュニティをマクロに見る (圓山王国)
2 建築ストックの転用から見た法制度と市場 (藤賀雅人)
3 再生の基本戦略 (山村 崇)
4 多様な仕掛け人による資源の新結合 (中島弘貴)
5 新たな産業プラットフォームの形成 (益尾孝祐)
6 再生のマネジメントと事業手法の選択 (藤井正男)
7 持続性からみたインナーコミュニティ再生の効用 (村山顕人)
8 市街地再生への臨床学的アプローチの提案 (中島弘貴)
9 インナーコミュニティ再生を支える構想・計画 (村山顕人)
関連情報
(『地域開発』 2022年春号)
http://www.jcadr.or.jp/index.htm
(『新建築』 2022年3月号)
https://japan-architect.co.jp/shop/shinkenchiku/sk-202203/
(『建築技術』 2022年3月号)
http://www.k-gijutsu.co.jp/products/detail.php?product_id=1030
(『月刊ガバナンス』 2022年2月号)
https://shop.gyosei.jp/products/detail/11012
イベント:
「『都心周縁コミュニティの再生術』出版記念ブックトーク」 (早稲田まちづくりセミナー#12 2021年12月13日)
https://youtu.be/yZNvjAjyaCE
メディア出演:
「ソトノバ・ラジオ#08|村山 顕人さん|東京大学」 (ソトノバ 2022年6月16日)
https://sotonoba.place/sotonobaradio08
著者note:
村山 顕人
https://note.com/aktmurayama