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白とダークグリーンの表紙

書籍名

中公新書 2706 マスメディアとは何か 「影響力」の正体

著者名

稲増 一憲

判型など

288ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2022年7月20日

ISBN コード

9784121027061

出版社

中央公論新社

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マスメディアとは何か

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「マスメディア (オールドメディア) の敗北」
 
2024年11月に実施された兵庫県知事選の結果を受けてさかんに語られた言葉です。「偏向したマスメディアは、もはや有権者に相手にされておらず、インターネット (SNS) こそが、有権者に「真実」を伝える」といった声は以前から存在していましたが、選挙結果というわかりやすい形で示された (かのように見えた) ことで、勢いを得ました。日本はメディア利用の世代差が大きく、高齢であるほどテレビや新聞に接触するという傾向がある以上、世代交代とともに、同様の事例は増える可能性が高いでしょう。
 
これに対して、2000年代前半頃までの社会状況であれば、マスメディアの時代が終わりインターネットの時代が到来することで、明るい未来が訪れることを素朴に信じることができたかもしれません。しかし、「エコーチェンバー」「フィルターバブル」「フェイクニュース」といった語が人口に膾炙し、インターネットが社会にもたらすのは良い影響ばかりではないということが明らかになった現代において、手放しで喜ぶことはできません。
 
マスメディアに対する人々の批判には、もちろん妥当なものもありますが、誤った固定観念 (ステレオタイプ) に基づくものも多くあります。メディア・コミュニケーションが人々にもたらす影響について研究する学問分野はメディア効果論と呼ばれますが、たとえば、「偏向したマスメディアが思いのままに人々を操作してきた」といったマスメディア像は、さまざまな意味で、メディア効果論が明らかにしてきた知見とは食い違っています。また、個々のテレビ局・新聞社への評価は別として、マスメディアという存在自体が民主主義を採用する社会において果たす役割を考えると、「マスメディアなんてもう要らない」とはいえないでしょう。
 
本書はマスメディアが悪でインターネットが善というSNSに溢れる言説に追従するものではありませんが、その逆にマスメディアマスメディアが善でインターネットが悪といった「時代遅れ」の視点で書かれたものでもありません。マスメディアやインターネットに対するステレオタイプを解体することで、我々がマスメディアVSインターネットという不毛な二項対立に基づいて社会を認識することから脱却し、より良いメディア環境について考察するための視点を提供するものです。
 
また、これまでのメディア・コミュニケーション研究について扱う一般読者向け書籍の多くが、調査や実験で得られた知見のみを紹介しており、その知見が得られる過程をスキップしているのに対して、本書はそれぞれの知見がどのような実験・調査に基づいているのかを丁寧に解説しています。これにより、メディア・コミュニケーションが社会にもたらす影響に関心のある大学生・異分野の研究者・実務家など、さまざまな方にメディア効果論の研究の営みを理解していただける書籍になっていると思います。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 稲増 一憲 / 2025)

本の目次

はじめに
 
第1章 マスメディアは「魔法の弾丸」か―強力効果論とその限界
1. プロパガンダの威力は本物か
2. 『宇宙戦争』事件とは何だったのか
 
第2章 マスメディアは人々に影響を与えない?―限定効果論の登場
1. マスメディアは人々の投票先を左右しない
2. マスメディアは人々を直接動かさない
3. マスメディアの影響を弱める「フィルター」
4. マスメディアの影響力をめぐる論争
 
第3章 社会に広がる「2つのバイアス」―第三者効果と敵対的メディア認知
1. 「私はマスメディアに影響されない。しかし他人は影響される」
2. 「マスメディアは偏向している」
3. マスメディアに「偏向」のメリットはあるか
 
第4章 「現実認識」を作り出すマスメディア―「新しい強力効果論」の出現
1. マスメディアは「何について考えるか」を決めさせる
2. 報道は思考の「フレーム」を設定する
3. テレビは長い時間をかけて「共通の世界観」を培養する
4. マスメディアは「現実」を操れるか
 
第5章 マスメディアとしてのインターネット―「選好にもとづく強化」と注意経済
1. インターネットは個人の「選好」を最大化する
2. アルゴリズムは人々を分断するか
3. インターネットの理想と現実
4. インターネットの欠点をいかに補うか
 
第6章 メディアの未来、社会の未来―「健全な民主主義」のための役割
 

関連情報

受賞:
第38回電気通信普及財団賞 受賞論文 テレコム人文・社会科学賞 (公共財団法人 電気通信普及財団 2023年3月)
https://www.taf.or.jp/files/items/2078/File/listtelecom_38.pdf
 
2023新書大賞 19位 (中央公論新社 2023年3月2月)
https://chuokoron.jp/shinsho_award/archive/2023.html
 
著者インタビュー:
著者に聞く【電気通信普及財団賞(テレコム人文学・社会科学賞)受賞記念】『マスメディアとは何か』/稲増一憲インタビュー (web中公新書 2023年2月23日)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/portal/122582.html
 
書評:
新聞からYouTubeへ ビジネスパーソンのためのメディア入門
竹下隆一郎 評「ビジネスパーソンとメディアの「力と役割」を考えた本」 (日経BOOK PLUS 2025年4月18日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/040400495/040400002/
 
稲葉哲郎 (一橋大学) 評 (『社会心理学研究』2024年 39巻3号p.229 2024年3月31日)
https://doi.org/10.14966/jssp.B3904
 
横山智哉 評 (『選挙研究』2023年 第39巻1号 2023年12月10日)
https://bokutaku.net/books/2023/5.html
 
鈴木雄雅 (上智大学教授・新聞学) 評 (『週刊読書人』 2022年12月23日)
 
三原治 (放送作家) 評 (『GALAC』No.306 2022年11月号)
https://www.houkon.jp/galac-post/no-306%ef%bc%8f2022%e5%b9%b411%e6%9c%88%e5%8f%b7/
 
SUNDAY LIBRARY 開沼博 (東京大准教授) 評「凡庸な結論がむしろラディカルに見える現在地から未来を模索する」 (『サンデー毎日』 2022年9月25・10月2日)
https://mainichi.jp/articles/20220913/org/00m/040/005000d
 
石戸諭 評 (『週刊現代』 2022年9月17日号)
https://gendai.media/list/books/gendaibusiness/4910206430920
 
荻上チキ 評「議論の前に冷静に学ぼう メディア影響論の系譜」 (『週刊エコノミスト』 2022年8月30日号)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220830/se1/00m/020/013000c
 
関連記事:
稲増一憲 「テレビっぽいもの」があればテレビ局は必要ないのか…なぜ"マスゴミ"と呼ばれてしまうのかを考える:「マスメディアの重要性」はみんな理解している (PRESIDENT Online 2022年10月)
https://president.jp/articles/-/62945?page=1

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