最近の大学生たちと話すと、中国への留学や旅行に対する関心は明らかに低調だが、中国への関心自体は決して薄らいでいないことも分かる。若い学生にとって読みやすく、しかし深みのある概説書を提供することは、私たち研究者の重要な責務の一つだろう。目の前の中国を知るためのアプローチ方法は色々とあるが、本書では近代史の観点から現代中国を読み解く視座を提供することを試みた。
今の中国を知るのに歴史を紐解くことは、非常に迂遠な方法に思えるかもしれない。しかし、メディアで流通する中国論のなかには、現在の習近平政権の強権を王朝時代の皇帝になぞらえる言説も見られる。今の中国を正面から見据えないのは問題かもしれないが、現在と古い伝統を短絡することにも大いに問題がある。本書はそのような問題意識から、今日につながる中国の近代史像を見通しよく示すことを目指した。
本書がとりわけ注目したのは、中国では20世紀初頭の中華民国成立を境に、国民を主権者と位置づける政治思想や制度が発展した事実である。1949年から今日に至る中華人民共和国は、前体制である民国とは統治理念を大きく異にするが、世襲の君主を持たない共和政体であるという特徴は民国期から連続している。そこで本書は、「民国期の歴史を一足飛びにしない」歴史観を強調する見地から、「国家と社会と国民」の関係性に焦点を絞り中国近代史を概観した。話題の網羅性の面ではどうしても限界があったが、その欠如を少しでも補うため、「特論」として8本の多彩なコラムを設けている。
本書の執筆陣は19人の専門家から成るが、1冊の概説書として少しでも統一感を持たせるよう、本文に対して編者がかなり介入した。その成否は読者の判断に委ねるしかないが、自身のスタイルを封印して編集方針に協力してくださった各執筆者のためにも、本書が次世代の読者から肯定的に受け止められることを切に願っている。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 中村 元哉 / 東京女子大学現代教養学部国際社会学科 教授 家永 真幸 / 2026)
本の目次
はじめに――なぜ中国近代史なのか(中村元哉)
史料から考える:中国知識人からみた西洋近代社会(小野泰教:学習院大学教授)
[思想編]
第一章 政治思想史(水羽信男:広島大学名誉教授)
史料から考える:1930 年代の日中の政治思想の交流
第二章 学術史(森川裕貫:関西学院大学教授)
史料から考える:法学と政治学における女性の存在
[制度編]
第三章 政治体制史(吉見 崇:東京経済大学准教授)
史料から考える:蔣介石と中華民国憲法
第四章 議会史(金子 肇:広島大学名誉教授)
史料から考える:女性と議会選挙
第五章 法制史(久保茉莉子:埼玉大学准教授)
史料から考える:地方裁判の実態
[文化編]
第六章 マスメディア史(中村元哉)
史料から考える:大衆娯楽誌の流行とマスメディア関係者の憂い
第七章 精神史(山口早苗:慶應義塾大学専任講師)
史料から考える:女性の結婚と仕事
特 論 大衆化が進む世界と中国
1.情報伝達からみた中国近代(殷晴:同志社大学助教)/2.国語運動からみた中国近代(陳希:中央大学助教)/3.国民経済からみた中国近代(佐藤良聖:東京大学博士課程)/4.公衆衛生からみた中国近代(福士由紀:東京都立大学教授)/5.労働運動からみた中国近代(余鎮利:東京大学博士課程)/6.詩と詩論からみた中国近代(田中雄大:文教大学専任講師)/7. 都市の日常生活からみた中国近代(吉村園子:立命館大学研究生)/8.農村からみた中国近代(丸田孝志:広島大学教授)
おわりに――中国近代史から中華圏の現代史へ(家永真幸)
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