本書は、中国が時々の世界で浮上した共通課題に共鳴したり抵抗したりした歴史を示すことで、中国近現代史が世界史とどのような接点を持っていたのかを探る。
アジアとヨーロッパが一八世紀まで様々な関係を保持していたことは、よく知られている。一八世紀にアジアの中心の一つだったのが、ユーラシアの帝国から中国の王朝へと変容した清朝だった。一八世紀に最盛期を迎えた清朝の存在感は、世界規模でみても群を抜いていた。
ところが、である。清朝がアヘン戦争 (1840-42年) でヨーロッパのイギリスに敗北し、日清戦争 (1894-95年) でアジアの日本にも敗北してからの歴史、つまり、清朝末期 (19世紀末から20世紀初頭) から中華民国の誕生 (1912年) および中華人民共和国の成立 (1949年) を経て、現在へと至る中国近現代史は、世界史から切り離された歴史として長らくイメージされてきた。それはなぜだろうか。
理由は、意外にも単純明快である。なぜなら、中国の歴史的正統性が中国国民党 (中華民国) と中国共産党 (中華人民共和国) のどちらにあるのかが、国共対立による中国分断 (1949年) を契機に長らく争われ、中国近現代史をめぐる解釈がイデオロギー対立を強く帯びざるをえなくなったからである。このような政治環境の下で、中国近現代史は、自らの歴史的正統性を主張したい政治勢力によって一国史的観点から記述され、それぞれにとって都合のよいグローバルな文脈からのみ復元されてきた。
しかし、実際の中国近現代史は、ある一つのイズムで解釈できるような歴史ではない。当然に、中国国民党の歴史でも中国共産党の歴史でもなければ、孫文の歴史でも袁世凱の歴史でも蔣介石の歴史でも毛沢東の歴史でもない。中国近現代史の各時期に中心となった政治勢力や人物がいたのは確かであるが、そのどれかが強調され過ぎると、見落とされる事実が多くなる。
もちろん、日本や世界の多くの中国近現代史研究者は、1970年代後半から約半世紀の年月をかけて、それぞれの立場から、中国近現代史の各風景をグローバルな動向と関連づけて描き直してきた。確かな研究成果は蓄積されつつある。だからこそ本書では、中国近現代史を世界史と対話可能なものとして思いきって見通してみたい。そして、それを社会に還元したい。とりわけ、高等学校の必修科目として「歴史総合」――18世紀以降の世界史のなかで日本史も捉えなおす――が2022年に導入され、日本の歴史教育と歴史認識が大きく変わろうとしているなか、本書のような試みは必要であろう。
世界のなかの中国という視点があってこそはじめて理解できる歴史事実が、もう少し社会で知られることを期待している。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 中村 元哉 / 2026)
本の目次
序 章 世界潮流への共鳴と抵抗
1 中華文明と世界の出会い
中華と中華文明とは? 西洋文明との接触
2 アヘン戦争後の華夷秩序の変容
華夷秩序とは? 伝統王朝から近代国家へ
第1章 王朝から共和国へ――中華民国の誕生
1 日清・日露戦争と近代国家への転換
アジアでの憲政の拡大 立憲君主制の模索 ジャーナリズムと女性 憲法制定と議会開設
2 世界的憲政潮流のなかの辛亥革命
孫文と中国同盟会 三段階の革命論 始動する革命 憲政と革命が交錯する辛亥革命 共和国の誕生 北京政府の近代化政策 二つの約法の対立
3 第一次世界大戦と新たな文明の模索
混沌とする政治情勢 大戦期の情況 共和国の正常化を目指して 新たな文明のあり方 新しい概念の流入
第2章 近代化と大衆化――中華民国の変容
1 同床異夢の中国国民党と中国共産党
新文化運動による思想の活性化 五四運動による思想の分化 女性解放論と優生学 中国共産党の成立 国民党と共産党の異同
2 揺らぐ国際協調体制下での政権交代 北京政府から国民政府へ
国際協調体制と中国 存在感を増す地方と社会 法制の近代化 内部対立を繰り返す北京政府 国民革命の発動
3 アメリカのグローバル化と中国社会の大衆化
財政・経済とグローバル金融システム アメリカナイゼーションと反帝国主義運動 マスメディアの発達と消費文化の浸透 大衆化と女性 深刻化する社会の分断
第3章 自由と統制――中華民国の復興
1 満洲事変の衝撃と政治・経済の新展開
国民政府の強さと弱さ 胡適と人権論争 満洲事変と憲政準備 民主独裁論争と中国的近代化論 大衆化社会の矛盾共産党の動き 国民党政権下の国政選挙
2 日中戦争期のナショナリズムとリベラリズム
盧溝橋事件とナショナリズム 憲政と抗日——国民参政会 国民党の弱体化 奥地の経済 総動員体制は構築されず 戦中の民主憲政運動 民族と女性 戦後構想
3 第二次世界大戦後の民主化と「中国革命」
中華民国憲法の制定 戦後中国の分裂 アメリカ文化の流入 変則的な議会制 新たな民主制度の迷走 憲政から革命へ
第4章 資本主義から社会主義へ――中華人民共和国の成立
1 共産中国 冷戦と非冷戦のはざまで
共産中国を取り巻く国際環境 「一つの中国」をめぐる一般論社会主義という概念 中ソの異同 党権力の浸透 統制をめぐる国際比較 政治の中国化 「大躍進」と特異な社会主義
2 世界からの孤立と文化大革命
厳しさを増す対外環境 文化大革命の発動と混乱 文化大革命と人間の尊厳 世界史のなかの文化大革命 対外戦略の転換 日中関係 計画経済期の実態 計画経済期の農業 改革開放を準備した特質
3 大陸中国にとっての香港・マカオ・台湾
避難所として 統一対象として 香港から大陸中国へ 大陸中国と香港と台湾のトライアングル関係
第5章 冷戦後の強国化――中華人民共和国の発展
1 改革開放とソ連・東欧諸国の崩壊
グローバルな時代性 社会主義的民主の再建 経済改革と政治改革 民主化の挫折と経済の発展 ソ連と東欧諸国との比較 新たな中国モデル
2 グローバル資本主義のなかの中国共産党の変容
改革開放の光と陰 花開く思想文化とその分岐 共産党の変質 多元化する経済と社会 改革開放と台湾
3 中華文明の復興と米中対立の高まり
高度成長と大国化志向 普遍性を求める思想文化——魯迅から中国SFとフェミニズム
終 章 グローバル時代の中国の観方
1 日本の中国観の変遷
日本社会からのみえ方 中国観の世界比較
2 中国社会との対話
中国社会からのみえ方 日中間で必要な対話
あとがき
主要参考文献 / 関連年表
関連情報
https://dragon-china99.org/index.html
書評:
上村剛 評「新書速報!」 (『朝日新聞』 2026年10月17日)
https://www.asahi.com/articles/DA3S16568365.html

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