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第7回「やっぱり物理が好き!」を開催 ~物理に進んだ女子学生・院生のキャリア~

掲載日:2023年1月17日

 2022年11月19日 (土) 、カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) と物性研究所、宇宙線研究所の主催により、物理を学ぶ女子学部生及び女子大学院生の支援を目的に第7回目となる「やっぱり物理が好き! ~物理に進んだ女子学生・院生のキャリア~」をオンラインで開催しました。今回は43名の参加がありました。本イベントは、様々な講師の方をお招きしてキャリアパスを提示すると共に、参加者同士のネットワーク作りや物理学分野 (物性・物質科学、物理工学、素粒子・原子核、宇宙・天文等) の魅力を伝える機会として行われてきたものです。

冒頭に森初果物性研究所所長より、第7回となった「やっぱり物理が好き!」が始まった経緯や開催趣旨そして講師の紹介についての開会挨拶があり、その後に講演に移りました。
 1人目の講演者の群馬大学大学院理工学府理工学基盤部門准教授の鈴木真粧子さんは、「見る前に跳べ」と題して講演しました。

「見る前に跳べ」は大江健三郎の小説のタイトルから、さらにアメリカの詩人Audenの詩から引用したもので、学生時代の弱い自分を見つめ直すきっかけとなった詩で、皆さんに向けたメッセージと共に今でも自分に向けたメッセージでもあると語りました。高校時代に数学と物理を好きになり、映画「ツイスター」を観て自然科学者に憧れ、大学では地球物理を選びましたが、興味を喪失し早速挫折してしまい、孤独感を感じた暗黒の大学1年生だったということです。
大学を辞めようと教授に相談したところ、唯一興味を持った「量子化学」講座への研究室進学を進められ大学院を受けてみようと思ったのが、人生で初めて「跳んだ」瞬間だった、と述べました。大学院では念願のドイツ滞在の機会を得たことがきっかけで物性物理の研究者の道を選択することになり、その後高エネ研(KEK)で大型加速器実験装置を見て、こんなところで働きたいと思ったそうです。縁がありKEK放射光施設Photon Factoryに就職したのですが、仕事内容は研究活動、ユーザー支援、装置の開発など多種にわたり、物性物理以外に必要な技術たくさんあり、趣味と仕事は違うとショックを受けたようです。一方、恵まれた環境なのになんとなく物足りないと感じるようになり、2018年に群馬大学へ転職したのですが、これが人生2度目の「跳んだ」瞬間になりました。講義準備や学生指導は大変だがやりがいを感じ、2022年には子連れでアデレード大学に留学したのが人生3度目の「跳んだ」瞬間だと語りました。
現在はビッグサイエンス(大型加速器実験)とスモールサイエンス(ラボ実験)を融合した効率的な時間管理が重要と考え、子育てと両立をはかるため、新たな実験環境を模索中と言います。
「やりたいことを貫いて天職を見つけることは相当難しいです。最も重要なのは「続ける」ことだと思います。Steve Jobsの名言Connecting the dotsを困難にぶつかった時は思い出し自分を励ましています。ワクワクすることがあったらチャンスです。尊敬する人に相談することで道が開けるかもしれません。アンテナを広げていつか跳ぶ日のための準備を!」と講演を締めくくりました。
 2人目の講演者は、旭化成株式会社 マーケティング&イノベーションセンター 新事業共創室 デザイン・プロトタイピンググループ主査の高田 えみかさんで、「昨日まで世界になかったものを」と題して講演しました。

福岡の高校を卒業し九州大学・大学院で物性実験を東京大学大学院博士課程物性研究所で物性理論を研究、2017年に旭化成に入社し、未来に向けた新しいビジネスを作る活動をしています。キャリアの考え方については、「働くことを山に見立てる」というお話がありました。唯一絶対の目標を立てて脇目も振らずその達成を目指すタイプの「登山型のキャリア」といろいろな職種・職場を経験しながら仕事人生を進んでいくタイプの「トレッキング型のキャリア」です。どちらにせよ「山=働くこと」は懐の深い喜びを内包していて、これらを組み合わせても良く自分が楽しいところを見つけながら進むのが良いと述べました。研究(ビジネス)の4フェイズとして、○1テーマ探し(問題の発見)○2先行研究調査(代替手段の検討)○3実験・計算・観測(開発)○4論文発表(市場投入)を提案し、世の中の役に立つことを普及させていくことは研究とビジネスに共通と言いました。物理から得られたことは思考力・マインドセットが役に立ち、物理をやっててよかったと話を締めくくりました。
 3人目は、神奈川大学 理学部 数理物理学科 特別助教の辻直美さんで「天の川銀河で最強の加速器とは?」と題して講演しました。

立教大学在学中、2014年の宇宙線研スプリングスクールをきっかけに興味を持ち大学院に進み博士論文論では超新星残骸をX線やガンマ線で観測したデータ解析を行いました。
宇宙線は宇宙空間を飛び交う高エネルギー粒子(主に陽子)で最大1020eVのエネルギーを持ち150km/h野球ボールに相当するそうです。2020年理研 iTHEMS特別研究員になり2022年神奈川大学特別助教に就任しました。
研究分野の解説では、「地上で最大の加速器L H Cより大きいエネルギーの宇宙線が観測されており、最有力候補は超新星爆発で中心のコンパクト天体(ブラックホール、中性子星)の爆発放出物が超新星残骸です。天の川銀河で100年に1回超新星爆発があり、宇宙線は荷電粒子なので星間磁場の影響を受けると曲がりながら進むので地球ではどこから来たかわからない。宇宙空間を直進する(電磁波、重力波、ニュートリノ)メッセンジャーがありX線は地球大気のため吸収されるそのため人工衛星を上げる必要があります。日本のX線衛星には 1979年はくちょう、1983年てんま、1987年ぎんが、1993年あすか、2016年ひとみ、2005年すざく、と続き、2023年にはXRISM の打ち上げが予定されています。観測データや解析ソフトウェアは公開されているので誰でも解析可能で、年に1度観測提案公募プロポーザルで1年間のみ観測データを所有できます。ティコの超新星残骸をX線で見ると、100万~数1000万度あります。超新星残骸の衝撃波は宇宙線の加速現場でX線イメージからは衝撃波の速度や幅が、X線スペクトルからは被加速電子のエネルギーがわかります。」と詳しい解説がありました。研究生活については、「週2日のデータ解析は在宅勤務多い、セミナー1時間くらいある。週1日に欧米の会議 深夜、授業日は週2日あります。観測プロポーザルA4で4ページ、5~7件に1件受かる。朝7時締め切りのため日米欧の共同研究者と交代で書きます。4月~7月、10月~1月は授業期間で8月~9月、2月~3月は長い休業になります。
出張は国内の学会が3~5回、 研究打ち合わせ数回、海外の学会1~2回でZoomで参加します。聴講多いコロナ禍の2020年~2021年は国内出張1学会、 セミナーの講演数10~15回、プロポーザル3~4回、研究費申請1~2回です。」と語りました。「課外イベントへの積極的に参加してほしい。ポスドクの時が一番楽しい。物理系だと会社への就職も比較的しやすいがアカデミックに残る人が増えると嬉しい。物理は女性が少ないので 一緒に盛り上げたい」と話を締めくくりました。
 4人目は、東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 物理学科/准教授の⾺場 彩さんで、「星たちの熱い声を聴くと」と題して講演していただきました。

天文学者になろうとしたのは、小学生の時にN H Kスペシャルでカールセーガンの「コスモス」を見てからで、京都でサインをもらったそうです。「成績は体育以外3でしたが、卒業文集には「将来はノーベル賞」を書きました。楽しい日が1年に何日かあるのでしんどいけど頑張れます。研究者も普通の仕事と同じで新しい発見の興奮のため日々頑張っています。」と話し、中学高校生活では「本が好きでブルーバックスか推理小説を読んでいて、合唱にハマり高3で近畿大会5位をとり自分の卒業式にも歌ってました。勉強せずなんとなく研究者になると思い込んでいました。」と語りました。「大学浪人中には、大学にも通れないならやっぱり研究者無理なんじゃない、と合唱部の友人に泣きつき続けた1年でした。親には食いはぐれない医学部進学を勧められましたが、1番になれないなら研究者なんて無理ではと思い、でも医者は怖いし無理だし、誰かが引導を渡してくれるまでしがみつこうとなんとか大学合格できました。
大学に入ったら自分より勉強してきた人がいっぱいでカルチャーショックを受けました。大学時代は受験時代より勉強しました。一番でなくても研究者になれました。」と振り返りました。続いて研究についてのお話がありました。
「目で見える宇宙(=星や銀河)は宇宙の姿の一面でしかないことを高エネルギー物理学は教えてくれます。宇宙は永遠でなく星には死があります。藤原定家の日記、明月記に1006年5月1日客星(知らない星)が突然あらわれる、とあり、火星のように明るい星が現れ、昼間でも見えて夜でも本が読めたということです。この爆発のエネルギーは1044Jで日本の消費電力1026年分に当たり、太陽が100億年かけて出すエネルギーに相当します。星1つ分の物質が吹き飛ぶと質量が1033gとして、吹き飛ぶ物質の速度は数1000km/sになります。超音速なので衝撃波を形成し、衝撃波の内側は超高温のプラズマなのでX線で輝きます。この星は日本以外でも韓国、中国、エジプトなど20カ国以上に記録が残っています。千年後もこの姿をX戦で見た超新星残骸が3000km/s 膨張を続け、温度200万度、大きさ50光年に及びます。一つの世界の終焉と言えます。」続けて、1682年の爆発した超新星残骸カシオペア座Aの2000年~2007年の膨張の動画を紹介し、「超新星残骸(=星の死骸)は、星が死ぬ前に核融合で作った重元素がばら撒かれています。水素と水素をぶつけてヘリウムに、少しだけ軽くなって質量はエネルギーに変換され、太陽はヘリウムを作り続けて光続けています。原子核どうしをぶつけるには高温高密度の環境が必要でヘリウム3をぶつけて炭素に、もう一つぶつけて酸素にというように 鉄まで作り、爆発した時に宇宙空間にばらかれます。どうやって観測するかというと、炎色反応で炎の中の金属が放つ光の色から金属の種類がわかるように、特性X線を観測します。元素は熱せられたりX線に晒されると元素ごとに特有の色のX線(=特性X線)で輝くことがあり、X線元素分析にも使われます。すざく衛星による1572年爆発したティコの新星のスペクトルでは特定の色が明るく、本当にティコの新星は重元素をばら撒いたことがわかります。すざくは世界で初めて鉄・マンガン・クロムというレアメタルが生成されているのを発見しました。カシオペア座Aにも酸素・カルシウム・鉄がありました。このように私たちは星の子供たちだったのです。宇宙の星は輪廻転生しています。」と語りました。「研究者は1番でなくてもなれます。そもそも研究者はたくさんいます。日本物理学会正会員は12000人、他にも物理・宇宙を核に持つ仕事はたくさんあります。衛星建設、衛星運用、衛星データ活用、何よりも物理は楽しいです。世界を美しく見せてくれます。皆さんと一緒にできる日を楽しみにしてます。」と講演を締めくくりました。
 講演の合間には、物性研究所松永研究室博士2年の中川真由莉さんによる案内で極限コヒーレント光科学研究センター(LASOR)の紹介が行われました。中川さんはテラヘルツ時間領域分光・非同期サンプリング法を使った高速・高周波分解能分光を研究していて、学部・修士課程は慶應大学理工学部物理学科渡邉研で偏光分光への応用に取り組み、博士課程では東大理学系研究科物理学専攻松永研で時間軸の揺らぎの補正による低コストかつ広域帯な非同期サンプリングの実現を研究しています。
      

 閉会挨拶では、Kavli IPMU の村山斉教授から挨拶がありました。
アメリカで女子学生を応援するイベントを見て日本でも始めたのが「やっぱり物理」で、仲間と励まし合って頑張れる機会にしてほしい、とイベントの趣旨について語られました。また、研究をしていくと世界で初めて自分しか知らない真実を掴んだ瞬間が楽しく、世界中に仲間ができたり、発想の転換ができて新しいことにおじけずに飛びついていけるのも物理で培った力が可能にしてくれると話しました。さらに、日本、ドイツ、日本、アメリカといろんなところに住んでみた自身の経験を語られました。「物理を勉強したことがいろんなところで役に立つことが一杯あるので、物理をやってみようという気持ちを持ち続けていただけるとすごく嬉しいです。」と語りました。

 閉会挨拶後は、自由参加の形式で SpatialChat を用いた交流会が行われ、3つの研究所から計4名の大学院生がTAとして、参加学生からの質問に個別に答えるなどしました。また、参加者同士で交流したり、講師へ積極的に話しかけて、更に沢山の質問を投げかける参加者の姿も見られました。

 写真. SpatialChatを用いた交流の様子


 写真. 第7回やっぱり物理が好きの講師、参加者、スタッフの様子


質疑応答の時間では、参加者からキャリアや大学院選択等に関する質問が相次ぎ、講師の先生方が一つ一つ丁寧に回答されていました。参加者アンケートからは、
「人生の転換点ごとの心情を伺うことができ、どのような悩みなどを抱えていらっしゃったのか伺うことができた。」
「アカデミックな方面に残った方と、企業に就職された方の両方の体験談を伺うことができて参考になった。」
「物理学を学んだことが色んな分野に活かされていることや、⼀歩勇気を出して色々と挑戦することの重要性などが分かり参考になった。」
「女性研究者が身近に少ないので、講演者のキャリアパスが参考になった。」
「やってみなければ、自分に向いているかわからない、ということから、積極的に行動して行きたいと思いました。全てで1番を目指さず、自分の1番を探します。」
など、参加者から前向きなコメントや感想が数多く寄せられました。

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