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2021年 五神総長年頭挨拶

掲載日:2021年1月1日

あけましておめでとうございます。新型コロナ感染との戦いの中で、みなさんも例年とは少し違った新年をお迎えのことと思います。私の総長としての年頭の挨拶は、今年が最後になります。総長に就任した2015年に学内の熟議をへて私は『東京大学ビジョン2020』をまとめました。そこで打ち出した知の協創の世界拠点として「社会変革を駆動する大学」となるという行動指針は、独自性の高いメッセージと評価していただく一方で、大風呂敷に過ぎるとの懸念を抱かれることもありました。しかしそれから6年がたった今、このビジョンのもとでの私たちの努力は、幅広く社会から、共感を得つつあると感じています。

その中からここでは、昨年8月に設立されたグローバル・コモンズ・センターの活動と12月の東京フォーラム2020について、触れたいと思います。

私たちは今、地球環境を人類が支配し、巨大な負荷をかけ続ける新たな地質時代「人新世(Anthropocene)」を生きています。地球は誕生から46億年ですが、人類の歴史はまだ700万年です。にもかかわらず、人類は、 不動と信じられていた“大地”、すなわち地球そのものを変貌させてしまうほど力を拡大したのです。地球という、人類だけでなく、生きとし生けるものすべてにとって、かけがえのない財産について、私たちはどのように責任ある管理(global commons stewardship; GCS)をしていくべきか。そのための国際的で知的な枠組みの構築が喫緊の課題となっています。東京大学は、この課題に真剣に取り組むために、石井菜穂子理事をダイレクターとしてグローバル・コモンズ・センターを設立しました。一方、韓国の学術振興財団Chey Instituteと共同で10年間の年次開催の国際会議として、2019年よりスタートさせたのが東京フォーラムです。研究者、政策決定者、経営者や実業家、NGO指導者など、世界各地から多様な識者が一堂に会し、議論する場の必要性を強く感じていたからです。オンラインで開催された東京フォーラム2020では、「Global Commons Stewardship in the Anthropocene」というテーマのもと、地球システムと人類社会の持続可能性についてさまざまな観点から議論がなされました。

そこで議論されたなかでとても強く印象に残った論点があります。それは、もし2030年までに、経済活動の抜本的な方向転換ができなければ、人類は地球環境をコントロールするすべを失ってしまう、という科学者の警告です。残された時間はわずか10年、まさに今、すべての人が「自分事」としてできることを始めなければならないのです。

その第一歩として、本学のグローバル・コモンズ・センターは国連のSDSN(Sustainable Development Solutions Network)やYale大学と協力してGlobal Commons Stewardship index、GCS index、のパイロット版を作成し、公表しました。GCS indexとは、地球システムを守るために努力しなければならない項目について、科学的な客観的データから総合的に評価する指標です。環境負荷の計測や目標達成度など各国のグローバル・コモンズ保全の取組み状況を把握する重要な“ものさし”で、国際的な政策論議のベースになるものです。GCS index作成は、本学がどのように社会変革を駆動しようとしているのか、その行動の具体例として、世界のリーダー達から高く評価され、フォーラムの大きな成果のひとつとなりました。

このフォーラムは、本学が議論をリードしてきた、サイバー空間の健全性とグローバル・コモンズとを組み合わせるという新しいフレームワークのお披露目の機会ともなり、多くの人びとの共感を得たと感じました。世界はデジタル革新により、モノが価値の中心を担う、資本集約型社会から、知識・情報やそれを活用したサービスが経済的価値の中心になる知識集約型社会へと大きく変わろうとしています。サイバー空間を健全なコモンズにすることは、現代社会において極めて重要です。データを適切かつ公正に活用することで、拡張主義的な経済成長のもとで、切り捨てられがちであった価値を丁寧に汲み取り、多様な人びとがそれぞれの強みを活かしうるインクルーシブな未来社会が実現する可能性があるのです。この大転換においては、多様性こそが、新たな価値創造と成長の源泉となるのです。人文知や先端科学への深い理解と知見を蓄積し、多様な知を支える人材を育成してきた東京大学の役割と責任は極めて大きいと感じています。

もちろん本学自身が、自ら戦略を立て行動する「経営体」に生まれ変わらなければ、社会変革を駆動する力を生みだすことはできないでしょう。

その切り札として、昨年10月に、日本の国立大学として初となる200億円規模の大学債(東京大学FSI債)を発行することができました。この債券に対する投資家からのオーダー総額は発行額の6倍以上の1260億円にも達し、サステナブルファイナンス大賞も受賞することができました。償還のための財源を生み出せる事業のみを対象とするプロジェクトファイナンス型の債券ではなく、本学全体の信用のもとで資金を調達し、それをより自由に使うことができるコーポレートファイナンス型の大学債で、ソーシャルボンドとして発行しました。これらの新しい特長が、市場に歓迎されたのです。この大学債は、本学に限らず、社会全体と大学との新たな関係の構築に有益なものです。同時に、より良い社会を築くための次世代への投資を呼び込む仕組みにもなります。知識集約型社会を動かす経済メカニズムの創出につながるもので、東京大学FSI債の意義は極めて大きいと考えています。

東京大学がこの先駆的な取り組みを実現することができたのは、長い歴史の中で先達が築いてきた無形の知的資産に根差した社会的信用があったからです。そしてその信用を、今、私達は次世代のため、より良い未来社会のために、生かしていく責任があるのです。あらためて今、みなさんとともに確認しておきたいのは、このFSI債が開いた40年という時間は、遠く離れたところにある「他人事」の未来ではなく、グローバル・コモンズの責任ある管理と同じく、現在の行動の選択において向かいあうべき未来なのだということです。

COVID-19によるパンデミックの異常事態の収束を待って元通りの世界に戻ることだけを願うのではなく、この危機をこれまでにないチャンスに変えなければなりません。そのために、今、何ができるかを考えるのがアカデミアの責務だと思います。折しも昨秋、日本は2050年にカーボン中立を目指すという宣言をし、人類の未来のために協力する世界の多くの国々の戦列に加わることを決意しました。これは社会経済システムの在り方を根本的に見直す大事業となります。この中で我々の果たすべき役割は大きいと思います。

未来のための大学債を活用して、無から有を生み出し、持続可能であるとともに、多様で包摂的な明るい未来社会をいかに創造していくのか。『東京大学ビジョン2020』の次を描く『未来構想ビヨンド2020』を策定するなかで、皆で考えていこうではありませんか。東京大学の構成員の一人一人が誇りと責任をもって取り組みそれを社会のさまざまな人びとにつなげることができれば、どんな困難も乗り越えられると信じています。このようなポテンシャルをもった組織は他にはないということも、総長としての約6年間で強く感じたことのひとつです。私の任期は3月で終了しますが、これらの仕組みや構想は次期総長の藤井輝夫先生にぜひ引き継ぎたいと思いますし、私も構成員の一人として本学の構想の実現に向けて努力を続けていきます。私たちの科学と創造力を信じ、前を向いて共に進みましょう。

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東京大学総長 五神 真

2021年1月1日
東京大学総長
五神 真
 

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