池は恋愛小説の舞台だった 三四郎池 Vol.1
本郷キャンパスの真ん中に三四郎池があります。赤門とならんで東京大学の宝物です。江戸時代の加賀前田藩の藩邸時代に造られ、大学に引きつがれました。学生や職員、来訪者から今も愛されています。ここを散歩する前に、名前のもとになった夏目漱石の小説「三四郎」について、英米文学の阿部公彦教授に聞きました。

阿部先生は英米詩の研究者です。『集中講義 夏目漱石』(NHK出版)の著書があります。漱石を「英文学の先輩です」といいます。大学院生たちを指導する英語英米文学研究室に、漱石とラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の写真が並んでいます。漱石は明治時代に帝国大学(現在の東京大学)英文科で学び、イギリス留学の後、母校で英語と英文学を教えました。阿部先生も同じです。漱石は直系の先輩にあたります。ハーンは漱石の前任の教師でした。
「三四郎」で恋愛小説に挑んだ漱石
阿部先生は「漱石が西洋風の恋愛小説を書こうとして、どういう風に書くかという試みがよく出た」のが「三四郎」だといいます。
漱石は大学教師の後、新聞社に専属作家として就職します。はじめは読者の興味にあわせるのに苦労したようです。「三四郎」は新聞社で連載小説を書くようになって二年目の明治41(1908)年の作品です。
小説のなかで主人公の三四郎が東京の大学に入ります。大学病院から出てきた美しい女性に見とれるのが、後に三四郎池と呼ばれるようになった池での出来事です。ヒロインの美禰子(みねこ)とはその後、池でもう一度出会い、話を交わします。それまでにも、美禰子に出会わないかと池のまわりを歩くシーンが何度もあります。知りあいと連れだって菊人形を見に行って、美禰子と二人だけで先に出て、谷筋の道を歩くシーンもあります。
なぜ、三四郎はこんなに歩くのでしょうか。
阿部先生は「主人公を動かすと物語が動く」「誰かを登場させると動く」といいます。「どの小説にも、知らない人同士が出会う場面が書かれているし、出会いの発端で移動があるというのも書かれている」といいます。これは当時、世界的にも交通網が広がり、移動の範囲が格段に広くなったことも背景にあるそうです。三四郎も電車に乗って本郷から大久保まで行きます。阿部先生はこの小説を「東京案内小説」と呼ぶほどです。明治時代の東京の発展と、それを知りたい読者の思いに応えたのかもしれません。
美禰子はこの小説で “Stray Sheep”(迷える羊)という言葉を何度も口にします。三四郎は何をさしての言葉かわからず、戸惑います。これも「他者である女性に惑わされる男性というのが、恋愛小説の基本パターン」(阿部先生)なので、作家の技法に三四郎も読者も惑わされることになります。
ヒロインに惑わされる青年
美禰子が「人に目立たぬ位に、自分の口を三四郎の耳へ近寄せた」というシーンがあります。三四郎は何を言われたのかわかりません。美禰子は実は何も言わなかったのかもしれません。ほかにも、三四郎に話しかけて中途で終わったり、問いかけに答えなかったりします。
阿部先生によると、漱石が研究した19世紀のイギリスの小説では「何を言っているのかわからない台詞はそんなに出てこない」そうです。20世紀になると「そういうのが散々出てきます。有名なのはヘミングウェイですが、ぼそっと言うとか、最初から「……」とか、途中でやめるとか」。20世紀初めに書かれた「三四郎」は最新のスタイルを見せています。
また、阿部先生の解説では、この小説が発表された時代は、作家たちが日本語の話し言葉で文章を書く「言文一致」をどう形にするか模索している時代でした。「三四郎」は、時代を拓いた新しい形の恋愛小説を試したといえるようです。
池のどこで二人は出会ったか
三四郎池は現在、まわりの木々が繁茂して、見通しの悪いところもあります。
三四郎が初めて美禰子を見たのは池のどこでしょう。小説の原文に「左手の岡の上に女が二人立っている」「女はこの夕日に向いて立っていた」とあります。現在の三四郎池の東側の上の方に美禰子が現れ、それを見上げるどこかに三四郎がいたことになります。その方向には、美禰子が入院していた病院がありました。三四郎は、北側の理科大学(理学部)に知人を訪ねてからの帰り道でした。
小説を読んで、二人がどう出会ったのかを考えてみるのも楽しいですね。
この場面で美禰子は「今まで嗅いでいた白い花を三四郎の前に落として行った」とあります。三四郎は「茫然と」します。この前後で「白」という色が何度か出てきます。阿部先生は「色は演出としてうまく機能する。同じ色がなぜか出てくることが小説にはしばしばあって、それを拾っていくと何かが浮かび上がる。意味がありそうだけど、なんだか分からないぐらいがちょうどいい」と分析します。漱石はここでも、作家としての技法をこらしています。
小説「三四郎」は名作として、その名を大学の池に残しました。もともとは加賀藩が造った庭園「育徳園」の一部である「心字池」ですが、いまではこの愛称の方が知られるようになりました。小説の舞台は本郷キャンパスとその周辺であり、作品自体が漱石から大学へのプレゼントになっているともいえるでしょう。
お勧めの漱石作品
海外からの学生をはじめ、漱石を初めて読む人にも「三四郎」はお勧めの一篇です。阿部先生は、その後に書かれる「門」や「明暗」も好きだそうです。
次回は、この三四郎池がどうやって出来たか、地形としての特徴は何かを、工学系の研究者に聞きます。

阿部 公彦
大学院人文社会系研究科・文学部 教授
専門は英米文学。東京大学文学部卒、同修士課程修了。ケンブリッジ大学大学院博士課程修了。博士(文学)。東京大学文学部英語英米文学科助手、同大学院人文社会系研究科准教授などを経て、2018年より現職。 『集中講義 夏目漱石』(2023年、NHK出版)、『小説的思考のススメ』(2012年、東京大学出版会)、『英詩のわかり方』(2007年、研究社)ほか。
取材:中島 泰


