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美術に関わる東大の研究 芳賀京子の西洋美術史 | 広報誌「淡青」38号より

掲載日:2019年5月7日

西洋美術史

VR技術が明らかにする
古代ギリシア・ローマ彫刻のリアル

バーチャルリアリティ(VR)技術が身近な存在になってきた昨今。実はその影響は美術史研究の世界にも及んでいます。最新の3Dスキャンを武器に古代彫刻像の複製や作者同定の問題に切り込んでいる芳賀先生が、VR技術が垣間見せる紀元前のリアルを紹介します。

芳賀京子/文
Kyoko Sengoku-Haga
人文社会系研究科
准教授

ラテン語で芸術のことは「アルス」という。これは本来は「技」という意味だが、英語の「アート」の語源にもなっているからまだ耳になじんでいる。だがギリシア語で芸術が「テクネー」だと聞くと、「テクニック」や「テクノロジー」の語源ということもあって、何か違和感を覚えるのではないだろうか。

しかし古代ギリシアにおいて、芸術家はまぎれもなく第一線の技術者だった。紀元前6世紀後半に等身大ブロンズ像の鋳造技術が開発されると、日焼け色に輝き、まるで生きているかのような動きを表現している等身大の男性裸体像に、人々は感嘆するとともに、われわれがリアルなロボットに抱くような不気味さすら感じたらしい(図1)。

一方、古代ローマは建設技術で有名だが、大規模建造物はたいてい膨大な数の彫像で飾られていた。それを可能にしたのは、紀元前1世紀に考案された大理石彫刻の精密複製技術だった。オリジナルから石膏像をつくり、表面のポイントをコンパスなどを用いて細かく三次元的に計測し、大理石ブロックに写すことで、ひとつのオリジナルから大量の精密コピーが生産された。

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図1
リアーチェの戦士像A
紀元前460~440年
イタリア半島南端のリアーチェ・マリーナ沖で発見 レッジョ・カラブリア国立考古学博物館 ローマ時代のコピーではない、貴重なオリジナルのブロンズ像
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図2
ポリュクレイトス
槍を持つ人
1世紀の大理石コピー(オリジナルは紀元前450~440年) ポンペイのパラエストラ(運動場)出土 ナポリ国立考古学博物館
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図3
ポリュクレイトス
鉢巻する人
紀元前100年頃の大理石コピー
(オリジナルは紀元前420年頃)
デロス島出土 アテネ国立考古学博物館

彼らの技術力を、現代の最新技術を用いて検証してみよう。紀元前5世紀のギリシア人彫刻家ポリュクレイトスの《槍を持つ人》は、ローマ時代に数多くコピーされた。オリジナルのブロンズ像は現存しないが、ローマ時代のコピーなら大理石像もブロンズ像も残っている(図2)。試しに、質が高い4つのコピー作品を3Dスキャンし、3Dモデルをコンピュータ上で重ね合わせてみたところ、腕や脚の角度はコピーによってずれがあり(パーツごとにコピーしたためだろう)、スケールにもわずかながら差があるものの(ブロンズの収縮が原因か)、顔や足のパーツの形状はほぼ一致し、誤差は多い箇所でも2mm以内という結果が出た。彼らの複製技術は、驚くほど高かったのだ。

それだけ精密なら、コピーを介してオリジナルの形状も比較できそうだ。ポリュクレイトスはのちに《鉢巻する人》という作品もつくっている(図3)。そこで両作品のローマ時代のコピーを3Dモデルにして比較したところ、なんと顔と足の形状が一致した。ポリュクレイトスは《槍を持つ人》の原型を保存し、それをもとにして《鉢巻する人》の原型をつくっていたのだ。作業効率化の工夫は、芸術家というより技術者の精神を感じさせる。

写真
図4
ポリュクレイトスの《槍を持つ人》《鉢巻する人》と3体の《アマゾン》の顔部分の3D形状比較(東京大学生産技術研究所 大石岳史研究室)
 

それなら3D形状比較の手法を用いて、作者の同定もできるのではないか。古代の文献によれば、ある時、彫刻家たちがそれぞれアマゾン族の女性像をつくり、互選で最優秀作を決めたところ、1位はポリュクレイトス、2位はフェイディアス、3位はクレシラスになったという。ローマ時代のアマゾン像のコピーも、ちょうど3種類が知られている。ところがそのうちのどれがポリュクレイトスの作品なのか、研究者の意見は2つに分かれ、決着がつきそうにない。そこで3種類のアマゾンの頭部を3Dスキャンし、《槍を持つ人》《鉢巻する人》と比較してみた。すると見事に、ひとつだけがぴたりと一致した(図4、ソシクレス・タイプ)。3D技術は、古代彫刻の研究になかなか役に立つのである。


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