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3Dマップで可視化されるウクライナの被害 位置情報が加えられた写真の“束”が伝える大切なこと

掲載日:2022年4月1日

2月24日に始まったロシアの軍事侵攻は、ウクライナの人々に甚大な被害と悲しみを及ぼし、世界に衝撃と混乱をもたらしています。メディアは連日その動向を報じていますが、信頼できる情報を見極めるのは簡単なことではありません。情報学環の渡邉英徳先生は、情報デザインの研究者の視点から、ウクライナの現実を可視化する試みを続けています。用いるツールは人工衛星の撮影した画像と3Dモデル。戦争被害の姿とともに新しいジャーナリズムの可能性をも示しています。
 

Satellite Images Map of Ukraine  破壊された建物の窓に炎が見えている様子や、破壊された橋を前に引き返す車列など、ウクライナの現実を伝える画像が一覧できる。なかにはセーシェルの海に浮かぶオリガルヒの豪華ヨットの画像も。

 

被害状況を写した衛星画像をマッピング

――渡邉先生がウェブで公開している「Satellite Images Map of Ukraine」では、ウクライナの上空から撮影された被害状況を伝える衛星画像を集め、マップ化していますね。

MaxarやBlackSkyといった企業は、自社の衛星で撮影した画像から、特徴的な部分を選んで配信しています。そうした画像は、ネット記事やTwitterなどを通じて世界中に拡散していますが、詳しい位置情報は示されていないため、ウクライナのどの地点のものなのかは実は正確にはわかりません。わかるのはマリウポリ(Mariupol)などの地名くらいです。私たちが行なっているのは、配信された衛星画像の詳細な地点をGoogle Earth上で探し出し、特定することです。特定できたら、画像の縦横比や方位、歪みを調整して実際の場所にぴったり重なるように調整し、デジタル地球儀プラットフォームの「Cesium」にマッピングして公開しています。

――どうやって場所を特定するのでしょうか。何か特別なデジタルツールを使うのでしょうか。

地名や地理学的な知見を頼りに自分の目で探すしかありません。たとえば、広い駐車場があり、大きな建物が2つ並んでいるのはどこなのか、といったことを手掛かりにするわけです。もちろんコツはあります。太陽同期衛星はほぼ南中時に撮影するため、影が真北に伸びますから、画像の向きが決められます。大きなショッピングモールが写っているのであれば、おそらく街の郊外だろうと推測できます。青山学院大学の古橋大地先生と私、そして大学院生たちでチームを組み、日々配信される衛星画像をSlackで共有し、誰かが手を挙げて探すという作業を日々続けています。飛行場のように大規模な施設であれば特定は容易ですが、特段特徴がなく地名では特定しづらい住宅地などの場合はなかなか大変です。たとえばマリウポリの衛星画像では、小さな家々が立ち並ぶエリアで特定は難しかったのですが、大きな建物や街路を手がかりに30分くらいで特定できました。2月24日から古橋先生の呼びかけで共同作業を開始し、これまでに約130点の衛星画像を掲載しています(3月25日現在)。

軍事施設以外も攻撃しているのは一目瞭然

――この取り組みから見えてくるのはどんなことでしょうか。

衛星画像をみて、さらに「マリウポリのものだ」と聞いたとしても、ひどい被害だ、ということ以外の情報は得づらいかも知れません。でも、マップに重ね合わせて周辺の状況と併せてみれば、ロシアとの国境、黒海に近い街であることがすぐわかります。たとえば、工場地帯から一本だけ伸びている街道沿いであれば、ロシア軍が進撃の途上で攻撃したものではないかという推測が得られますし、田園地帯のなかの住宅地であれば、戦略的なものではない、一般市民への攻撃であることが分かります。また、ハンガリーとの国境付近の衛星画像には、長く続く避難民の車列が写っています。メディアは首都キーウ(Kyiv)に注目しがちですが、国境付近には避難民がたくさんいます。そして、ウクライナ全土の夜間の画像を侵攻以前のものと比べてみると、真っ暗になっています。夜間の灯火を統制しているのでしょう。

かつて、こうした衛星画像は軍の偵察衛星が撮影しており、一般に出回ることは稀でした。現在では、民間の企業がメディアに向けて配信し、さらにSNSですぐ拡散されます。太平洋戦争の時代とは違い、軍や為政者が嘘をつきにくい時代になっているのかもしれません。たとえば、ロシアは軍事施設しか攻撃しないと主張していますが、衛星画像をみれば、軍事施設以外も攻撃しており、一般市民が被害を受けていることは一目瞭然です。こうして地図に画像を重ね合わせていくと、個別の衛星画像である点と点がつながって線になり、さらに面をなすので、全体として何が起きているのかをイメージしやすい。こうした衛星画像は単体でも力を持っていますが、位置情報が加わることでマップ上に束ねられ,さらに大きな力を発揮するわけです。

――なかには衛星画像ではないものも掲載されていますね。

キーウ西郊のボロジャンカ(Borodianka)という街の画像は、ドイツの研究者Simeon Schmaußさんが提供してくれました。被害を受けた建物の3Dモデルを作ったからマップに載せないか、とTwitterで連絡があったんです。ドローンで撮られたロイターの映像から生成されたものでした。この技術はフォトグラメトリと呼ばれ、精密な測量などをしなくても、複数の画像をもとに3Dモデルを作成することができるようになっています。また、軍用車に踏み潰された一般市民の車の3Dモデルを公開している人と連絡が取れ、掲載したりもしています。ドネツク(Donetsk)の市民からは、日々防空壕として使っている団地の地下室の3Dモデルが提供されました。彼は17歳でITベンチャーを起業して成功している地元の少年でした。

市民が記録した現地データも可視化

彼らとのやりとりを通して、被害を受けた場所のようすをデジタルで記録した人々からデータを受け取り、まとめていく方針が生まれました。現地において、戦争の推移を記録し、世界に発信しようと尽力している人たちがいる。神様の目線の衛星画像と、地上にいる人々の目線の情報が組み合わさるのです。これは、フォトグラメトリによる3Dモデルという新しいテクノロジーを使った、戦争の実態の可視化といえます。かつては、戦況は軍や政府が公式発表するもの、あるいはメディアが報道するものでした。いまでは、民間の企業が撮影した衛星画像,さらに世界中の有志が記録し、発信したデータがメディア報道に活用され、あるいは私たちのプロジェクトのように、束ねられて再発信されるようになっています。これは、ジャーナリズムの新しいかたちかもしれません。デジタルマップ上で戦争の推移を記述していくボトムアップな報道ともいえます。



私自身は、情報デザインの研究者としてこの戦争にアプローチしています。戦時下にあるウクライナの記録を残し、未来に伝えようとしている人たちのデータを束ね、最新技術とデザインによってわかりやすい形に表現し、発信する仕事です。現時点では、まさに進行中の戦争を実況するコンテンツとして機能していますが、将来は、この戦争で何があったのかをたどるための記憶の場となっていくのかもしれません。

――渡邉研究室はこれまでも戦争や災害に関わるマッピングの取り組みを積み重ねてきています。その狙いはどのようなものでしょうか。

おそらく、誰も戦争をしたいと思ってはいません。でも、起きてしまう。為政者をはじめ、戦争に関わるすべての人々が、自分の身に起こることとしてイメージできていないからではないでしょうか。当事者意識、イマジネーションが欠落していくことによって、戦争が起きる。だからこそ、戦争が引き起こすできごとを視覚で伝え、想像力を喚起することによって、戦争に向かうベクトルを少しでも抑制したいと考えます。自然災害においても、同じくイマジネーションが大切です。「震災犠牲者の行動記録」(2016年)で可視化した、津波の犠牲になった皆さんの行動の軌跡は、今後津波が来たときにどのように行動すればよいのかという知恵を私たちに授けてくれています。このように、記憶と記録を眠らせず、未来につなげることが重要です。そのままだと意識化されづらいので、情報デザインによってわかりやすく再表現し、人の心にしっかり届くようにする。私たちは今後もその努力を続けていきます。


渡邉研究室にあるマルチディスプレイシステム「Liquid Galaxy」。Satellite Images Map of Ukraineをはじめ、制作した各種コンテンツを大画面で表示できる。「一人で画面を覗き込むスマホとは違い、複数の人が同時に眺めることができ、コンテンツをきっかけに会話が広がることに価値があると思います」(渡邉先生)

 

渡邉英徳
WATANAVE Hidenori

情報学環教授

東京理科大学理工学部建築学科卒業。筑波大学大学院システム情報工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)。2018年より現職。「ヒロシマ・アーカイブ」「東日本大震災アーカイブ」「沖縄戦デジタルアーカイブ~戦世からぬ伝言~」などを制作。著書に『データを紡いで社会につなぐ』(講談社現代新書/2013年)、庭田杏珠さん(本学学生)との共著に『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』など。


取材日:2022年3月10日

 
(2022.04.07追記:ウクライナ・ボロジャンカのドローン映像を撮影し、3月中旬から行方不明となっていたMaks Levin氏が、キーウで亡くなっていたことが4月2日に判明した。Maks Levin氏のドローン映像をSimeon Schmauss氏が3D化したものが「Satellite Images Map of Ukraine」に掲載されている)

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