東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

明治時代の建物の絵

書籍名

明治維新と海陸軍 近世武家政権から近代国家へ

著者名

水上 たかね

判型など

368ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2026年3月26日

ISBN コード

978-4-13-026355-9

出版社

東京大学出版会

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明治維新と海陸軍

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本書を手にとるとまず、陸軍省を描いた明治9年 (1876) の錦絵が目に入る。明治時代の庁舎でありながら、江戸時代のような和風建築である。というのも、当時陸軍省が置かれていたのは旧鳥取藩邸であり、遡れば陸軍省の前身機関である兵部省の庁舎であった。この兵部省、さらにその前身の軍務官が、本書の後半部分における主要な分析対象である。次に書名を見ると、そこには「海陸軍」という、現代では見慣れない言葉が用いられている。なぜ陸海軍ではないのだろうか。
 
そもそも、近代では軍隊の代名詞とも言える陸海軍は、それ以前から存在したわけではない。江戸時代の支配身分であった武士は本来戦闘者であり、幕藩体制の基礎には彼らの戦争遂行体制が存在した。ただし、長く平和な時代が続いたため、実戦には役立たなくなっていた。そのため、幕末期に外圧や内乱への対処が必要になると、幕府や藩そして明治新政府は、西洋の軍事知識・技術・制度の導入を試み、「海陸軍」建設が主要な課題となる。そして、この軍制改革が、武士の統治体制や身分を解体していくことにもなった。新しい軍制は、最終的に陸海軍の並立体制として近代日本に定着する。それを端的に表すのが、明治5年 (1872) 2月の陸軍省・海軍省の成立である。
 
本書は、陸海軍省成立以前の「海陸軍」の実務を担う役所・機関を主要な分析対象としている。それにより明治維新を、軍事と行政が不可分であった近世武家政権から、軍事行政が分離・独立する、ひいては軍事という分野・領域が陸海軍と一致する形で独立専門化する近代国家への変容過程として描いた。そして、幕末維新期の「海陸軍」という史料用語や海軍優先の傾向を重視し、海軍建設という課題がこの過程において不可欠の要素であったと考えた。そのため、第一部では、幕末期における江戸幕府の「海陸軍」組織の形成過程を、海軍組織の形成を中心に明らかにした。第二部では、維新期 (王政復古政変から廃藩置県) を対象に、戊辰戦争の影響と艦船や海軍をめぐる動きに注目しながら、前述した明治政府の軍務官・兵部省の組織・活動を明らかにした。
 
本書の特長は、個々の事実を史料に基づいて明らかにした基礎的かつ実証的な研究成果である点にある。身分制と能力主義を折衷した人事制度、第二次長州征討や戊辰戦争の後方業務、海陸軍の経費の問題、それらの業務を担った役人たちなど、大半が地味で実務的な制度や組織や活動である。しかも、それらの制度や組織自体が形成途上にあり、短期間に次々と変更されたり、法制化されていなかったりもする。本書は、このような史料から立ち上がってくる幕末維新期の世界を、なるべく当時の言葉によって、当時の制度的複雑さや曖昧さを残したまま、読者に伝えることを目指した。また、近世史と近代史の架橋を企図して、中央政権が江戸幕府から明治新政府へ変わる際の連続性と断絶性の両面を論じている。
 

(紹介文執筆者: 水上 たかね / 2026年10月2日)

本の目次

凡例
 
序章 「海陸軍」を管掌する政府機関の登場
 
   第一部 江戸幕府による「海陸軍」組織の形成──幕末期
 
第一章 幕府軍制改革の展開と断面
   はじめに
   第一節 幕末軍制改革の展開と幕府機構改革
   第二節 幕府組織の横断的な分析のために──「過人」とは何か
   第三節 定員外の増員を必要とした場面──「過人」の用途
   第四節 幕府組織改革の性格と帰結──「武役」の再編と「過人」「出役」
   おわりに
 
第二章 幕府海軍における人材登用の課題──「業前」と「家」
   はじめに
   第一節 海軍士官の役職体系と任用方法
   第二節 将軍の直臣とする──「業前之場所」の召出
   第三節 慶応四年の人事制度改革
   おわりに
 
第三章 藩士任用における「家」の問題──幕府海軍に出仕した一人の佐倉藩士を中心に
   はじめに
   第一節 出自・学問・人脈
   第二節 幕府海軍への出仕
   第三節 幻となった幕臣登用
   おわりに
 
第四章 幕府海軍局の形成
   はじめに
   第一節 軍艦取調役系統の成立
   第二節 慶応期における軍艦取調役系統の活動
   第三節 慶応改革における「海軍」組織の形成
   おわりに
 
 第二部への架橋
 
   第二部 明治政府の軍事担当部局と諸藩──維新期
 
第五章 軍務官の戊辰戦争
   はじめに
   第一節 軍務官の発足と兵庫出張所
   第二節 越後戦局への対応と軍務官
   おわりに
 
第六章 明治二年の軍務官再編
   はじめに
   第一節 箱館出兵準備と兵庫軍務官
   第二節 本部・出張所の再配置と兵部省への改組
   第三節 軍務官・兵部省の会計問題
   おわりに
 
第七章 兵部省の海軍建設計画と諸藩
   はじめに
   第一節 戊辰戦争中・戦後の軍務官・兵部省と艦船
   第二節 諸藩艦船の政府献上
   第三節 明治三年兵部省の海軍構想と「藩制」
   おわりに
 
第八章 明治初年の軍事費問題
   はじめに
   第一節 「陸軍編制」の布告と軍資金の徴収
   第二節 兵部省における海陸軍費の分離と競合
   第三節 海軍資の徴収実態
   第四節 廃藩置県と海陸軍費
   おわりに
 
終章 近世武家政権の解体と近代的軍事=陸海軍の成立
   第一節 総括
   第二節 展望と課題
 
初出一覧
あとがき
巻末表 諸藩の海軍資金納付状況
索引
 

関連情報

令和元年度東京大学卓越研究員 (東京大学 2019年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/excellent-researchers/member/r1_mizukami.html

受賞:
第6回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2025年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html

第20回日本歴史学会賞受賞 (日本歴史学会 2019年)
受賞論文:水上たかね「幕末期における江戸幕府組織改革の一断面―「過人」と「出役」をめぐって―」 (『日本歴史』841号、2018年) …本書第一章に改稿の上収録
https://www.yoshikawa-k.co.jp/news/n345.html

著者インタビュー:
史料を次代に残すのが困難になりつつある 日本の課題.3|水上たかね (『淡青』vol.50 2025年3月)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z1304_00337.html