
書籍名
ヴァレリーにおける詩と芸術
判型など
362ページ、A5判、上製
言語
日本語
発行年月日
2018年8月30日
ISBN コード
978-4-8010-0358-3
出版社
水声社
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ヴァレリーという作家をご存じだろうか。かつて小林秀雄、吉田健一、石川淳などの作家が、新たな批評言語を日本語のうちに創りだそうとしたとき、さかんに参照したフランスの詩人・批評家である。批評をその場かぎりの印象にとどめず、ひとつの「方法」として磨きあげるためにはどうすればいいのか。そんな疑問に応えるために、さまざまな作家たちがヴァレリーの言葉を血肉化しようとした。というのも、このフランス作家は、ものを作る過程を、どこまで明確に意識できるかという問いを、生涯を賭けて追究した作家だからである。
詩が問題となるとき、ヴァレリーは一篇の詩を書くこと以上に、一篇の詩を作る方法を明確にしようとした。どのような詩もその方法を実践したひとつの見本にすぎなくなるような、そんなメカニズムを見出そうとしたのである。規則や形式は詩の形成にどこまで寄与しているのか、いったいどんな偶然が必要なのか、そもそも詩は何を目指して書かれるのか。ヴァレリーの問いは果てしなく、問いの対象も狭い意味での詩をはるかに超え、作ることに関わるあらゆる分野におよんでゆく。本書は、作ることをめぐるヴァレリーの思索を多様な角度から検討する論文集である。
作品を作ることではなく、作品制作を可能にする方法を明らかにしようとするこの試みを、ヴァレリーは「制作学」poïétiqueと呼んだ。「詩学」poétiqueのギリシア語語源poïein (作る) を際立たせた造語である。「詩学」はヴァレリーによって、一篇の詩を書くための規則の集成ではなく、精神がものを作ろうとするとき、そこで実行される複雑な操作を見極めようとする「制作学」となった。重要なのは、ここで言う詩が、芸術のさまざまな現れに共通する、作るという行為という意味に定義し直されたことであり、この視点から、詩に関する考察をそのまま芸術全般──絵画、建築、音楽、舞踏、演劇、写真、映画等々──に関する考察にまで押し広げることができるということである。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ方法序説」(1895)、「テスト氏との一夜」(1896)、「方法の制覇」(1897) 等の初期のテクストにおいてヴァレリーが行ったのは、まさしくこの制作学の試みである。制作の過程をひとはどこまで意識化できるのか、そしてその意識の極限に到達すれば、いったい何が起こるのかという疑問がそこでは追究されている。ヴァレリーにとって、理解するということは、その対象を作る力をもつということだった。そのような力をあらゆる分野でもつことは、人間の精神に根源的な影響をおよぼすのではないだろうか。人間のあらゆる活動を、計算可能な操作に置き換えたとき、それでも人間にしかできないことは残されるのだろうか。このヴァレリーの問いは現代性を失っていないように思われる。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 塚本 昌則 / 2019)
本の目次
I ヴァレリーとは誰か
ポール・ヴァレリー、ある伝記的冒険 (ブノワ・ペータース)
ヴァレリーにおける <精神> の意味 (恒川邦夫)
苦痛の幾何学と身体の思想 (三浦信孝)
II 詩とエロス――他者という源泉
ヴァレリーとブルトン――思考のエロス (松浦寿輝)
ヴァレリーにおける他者関係の希求と「不可能な文学」 (森本淳生)
ヴァレリーとルイス――『若きパルク』に秘められた友情 (鳥山定嗣)
ヴァレリーとポッジ――エクリチュールの相克 (松田浩則)
III ヴァレリーの芸術論――絵画と経済学
ヴァレリーと二〇世紀初頭の芸術家 (ミシェル・ジャルティ)
大芸術家の肖像――ダ・ヴィンチからドガへ (今井 勉)
絵画のポエジー――ヴァレリー、マルロー、バタイユ (永井敦子)
詩学と経済学――ヴァレリーは芸術を語るのに、なぜ経済学的タームを用いるのか (山田広昭)
IV ヴァレリーと音楽――声とリズム
<声>の詩学――芸術照応の源泉としての (田上竜也)
リズムと吃音――「異質な機能作用」に出会う体 (伊藤亜紗)
ヴァレリーとリズム――ドイツ近代の視座から (宮田眞治)
V ヴァレリーとメディウム
ヴァレリーと広告 (ウィリアム・マルクス)
<絶対的なもの> のミメーシス――ヴァレリーを読むアドルノ (竹峰義和)
支持体とは何か――ヴァレリーにおけるシミュレーションの詩学 (塚本昌則)
「名前のない島」――ヴァレリーと映画 (ジャン=ルイ・ジャンネル)
ポール・ヴァレリー略年譜
読書案内
人名索引
あとがき (三浦信孝)
関連情報
井上直子 (大阪教育大学准教授) 評 複数の観点から明らかにされる作家像 (webふらんす 2019年1月9日)
https://webfrance.hakusuisha.co.jp/posts/1588
中畑寛之 評 (日本ヴァレリー研究会ホームページ 2019年9月6日)
https://www.paul-valery-japon.com/post/09062019
安永 愛 評「恰好のヴァレリー入門の書」 (『週刊読書人』 2018年11月2日)
https://dokushojin.com/article.html?i=4503