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白いシンプルな表紙

書籍名

目覚めたまま見る夢 20世紀フランス文学序説

著者名

塚本 昌則

判型など

254ページ、四六判、上製

言語

日本語

発行年月日

2019年2月22日

ISBN コード

9784000249577

出版社

岩波書店

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目覚めたまま見る夢

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夢を見た、と人はよく口にする。実際、夢は多くの場合、目覚めた後に、過去形であらわれる現象である。これを覚醒したまま、目の当たりにすることは可能だろうか。目覚めたまま夢を見ることはできるのだろうか。

このような疑問を、二十世紀フランスのさまざまな作家たちが追究している。夢に対する関心そのものは、どの時代の文化にも見出すことができるが、この時代、フロイト『夢解釈』(1900) の影響もあり、それ以前になかった夢へのアプローチが現れはじめた。フランスでは、眠っている間に見ていた夢ではなく、覚醒した意識のさなかに夢見ることは可能かという疑問がとりわけ問題となっている。何かのきっかけで、見慣れた日常生活の事物が、眠りにひたされたような独特の光沢を帯びはじめる──そんな夢と覚醒が共存する瞬間がさかんに描かれたのだ。半覚半醒のまどろみを繰り返し描いたプルースト、夢と現実の対立を解消しようとしたシュルレアリストなどを思い浮かべただけで、夢への関心に、覚醒した意識が深く関わっていることが理解できるだろう。

どうしてフランスの作家たちは、フロイトのように、夢を無意識との関係で理解するのではなく、覚醒した意識との関係で夢を捉えようとしたのだろうか。その背景を考えてゆくと、ベンヤミンが「経験の貧困」と呼んだ、物語ることが困難になった時代が見えてくる。この時代、一人の人間が人生の中で豊かな経験を積み、完成された人格となってゆく道筋は解体されてしまった。世代ごと、それどころか十年単位で経験のあり方が変わってしまう社会状況の中で、昔の経験はほとんど意味をもたなくなってしまった。だが、同時にこれは主観効果が隅々にまで浸透した時代でもある。どれほど卑小なものになったとしても、われわれは自己を通してしか世界を体験することができない。自分にとって本当に価値あることを決められるのはこの〈私〉だけだということは、〈私〉の地位が決定的に凋落したことと同じほど確実なことである。

夢が、不思議な力強さで、主題化されつづけたのはそのためではないだろうか。眠りと覚醒の境界は、個人を超える力への敷居であり、〈私〉のなかで起こることでありながら、〈私〉を圧倒する外の世界に開かれている。この敷居への認識を深めることができれば、目覚めている限り、平坦で、どこまでも変わらないようにみえる世界が変容する、そんな瞬間を捉えることができるのではないか。事物の外観を超えたはるかな世界の反響を目の当たりにするために、眠りと覚醒の敷居に立ち、注意力を凝らしたままま夢みることを目指した作家たち──そんな文学の世界を、ヴァレリー、プルースト、ブルトン、サルトル、ロラン・バルトのテクストを通して探索したのが本書である。

 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 塚本 昌則 / 2019)

本の目次

序章 存在の瞬間──二十世紀フランス文学における眠りと覚醒
 モンテーニュの落馬体験/ジャン・ジャック=ルソーの転倒体験 / 物語的同一性の否定・物語の回復

第1章 ヴァレリーにおける中断の詩学
 I 夢の存在と不在──ヴァレリー <夢の幾何学> をめぐって
 II 「ロンドン橋」──存在と不在の交錯

第2章 プルーストにおけるイメージの詩学
 I  「陳列用の偽物の自我」
 II 蛹としての自我
 III イメージ──再創造された現実
 IV 隠喩の状態

第3章 ブルトンにおける期待の詩学
 I 超現実における眠りと覚醒
 II 「取り乱した目撃者」
 III 超現実と根源
 IV 期待の詩学──イメージ形成の場としての眠りと覚醒の敷居

第4章 サルトルにおける崩壊の詩学
 I 否定の対象 / 到達不可能な対象
 II 否定と総合──イメージのうちにある形成力
 III 愚かさ、あるいは自らをイメージに変えること
 IV マロニエの樹の根、そして眠りと覚醒

第5章 ロラン・バルトの <中性> の詩学
 I 白い目覚め」
 II <中性>
 III 「陶酔の記述」──「過剰に働く自然なもの」
 IV 「雰囲気」と目覚めたまま見る夢



 

関連情報

書評:
山田広昭 評 (『ヴァレリー研究第8号』p.40-44 2019年11月)
https://274c0c1b-7157-4b16-bb38-08e6e2d747f0.filesusr.com/ugd/4f880e_b1957c1116d1478194baab96fe9d626b.pdf

三ツ堀広一郎 評 「目を見開いたまま異界と日常の敷居に立ち尽くす」 (『図書新聞』 2019年6月22日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3404

鈴木雅生 評 「夢の持つ不思議な力に魅せられて──「目覚めたまま見る夢」こそ詩の生まれる場所」 (『週刊読書人』 2019年5月31日)
https://dokushojin.com/article.html?i=5480

堀江敏幸 評 「創作との関係でとらえる夢の力」(毎日新聞朝刊 2019年3月31日) https://mainichi.jp/articles/20190331/ddm/015/070/011000c

刊行記念イベント:
『目覚めたまま見る夢』刊行記念 塚本昌則氏×野崎歓氏トークイベント 「夢の交歓」 (神保町ブックセンター 2019年5月23日)
https://mezametamama.peatix.com/

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