国際仲裁の内容は多様であるが、大別すると、(1) 国家間仲裁 (南シナ海をめぐるフィリピン・中国の仲裁が有名)、(2) 投資仲裁 (投資保護条約に基づき進出企業が現地政府を訴える仲裁)、(3) 国際商事仲裁 (企業間の仲裁)、(4) その他の国際仲裁からなるといえる。このうち、(1) (2) (3)については、国際関係法学 (国際法学、国際経済法学、国際私法学、国際取引法学) において相当の研究の蓄積がある。これに対して (4) については、国際関係法学では看過されてきた。本書はこの(4) (ここでは非典型仲裁と呼ぶ) に焦点をあてて具体的な仲裁裁定の検討を行うものである。
帯には「投資仲裁でも商事仲裁でもない経済に関する国際仲裁の奥深い世界を見てみよう」と記したが、これは法学の専門家においても、国際仲裁と言った時に上記の4つのタイプのものがあることが十分に認識されていないため、あえてこのような表現にした次第である。本書は、これまで『JCAジャーナル』及び『東京大学法科大学院ローレビュー』に寄稿したものが主になっている。
著者が最初に非典型仲裁に関心を有したのは、イラン米国請求権裁判所 (イラン革命と米国大使館占拠事件をめぐる米国・イランの経済関係の混乱の事後処理機関としてアルジェ合意に基づいて1981年に創設された特別の仲裁機関) の研究を1990年代に行ったことであった。同裁判所は米国の国際法学界では一定の関心を呼んだが、我が国では全くといってよいほど注目されなかった。さらにODAをめぐる「イタリア・コスタリカ借款事件」を検討して2011年に『東京大学法科大学院ローレビュー』に紹介した際に感じたことは、フランス語のみが裁定文である同裁定については、その内容の重要性にもかかわらす、英語の評釈が皆無であるということであった。
国際仲裁の醍醐味は、多様な形態の紛争に対応が可能なことである (これが国際司法裁判所との主要な相違でもある) にもかかわらず、パターン化されていない国際仲裁に国際法学徒が関心を有して来なかったため、「落穂拾い」をした次第である。
今後の国際仲裁においては、租税条約に基づく国際仲裁や3か国 (3当事者) 以上の紛争を一挙両断に解決する国際仲裁が登場することを期待したい。なお、航空協定に基づく国際仲裁はこれまで5つあるが、これらについて検討した拙稿は、別書『航空経済紛争と国際法』に収録されているので、本書には収録されていない。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 中谷 和弘 / 2022)
本の目次
I 金融・租税・建設・インフラ運営に関する国際仲裁
A イタリア・コスタリカ借款事件:ODAの返済をめぐる仲裁裁定
B マレーシア・シンガポール鉄道用地事件 : 開発税をめぐる仲裁裁定
C 在モスクワ米国大使館建設事件:冷戦期における米ソ仲裁の試み
D ユーロトンネル事件:交通インフラの運営をめぐる仲裁裁定
II 私人対国際機関の国際仲裁
E 国際決済銀行事件:私人株主への補償をめぐる仲裁裁定
III イラン米国請求権裁判所
F イラン米国請求権裁判所の概要
G イラン米国請求権裁判所における契約(不可抗力、履行不能、事情変更)問題及び通貨問題:地政学的リスクのある国際取引に関する判断
関連情報
国際仲裁判断における贈収賄への対応をめぐって/中谷和弘 (『JCAジャーナル』第69巻第8号 (第782号) 2022年8月10日)
https://www.jcaa.or.jp/publication/journal.php