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両手と地球のイラスト

書籍名

気候を操作する 温暖化対策の危険な「最終手段」

著者名

杉山 昌広

判型など

240ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2021年3月26日

ISBN コード

9784044006112

出版社

KADOKAWA

出版社URL

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学内図書館貸出状況(OPAC)

気候を操作する

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2022年の夏も猛暑日が続き、世界各国でも熱波や間伐、山火事が起きています。もちろん世界は手をこまねいているわけではなく、多くの国が積極的な対策を取り、産業界も持続可能性をビジネスに取り込んでいます。しかし、各国の対策を足し合わせてもパリ協定で謳われる気温上昇を1.5℃や2℃より十分低い水準に抑えるという目標までは程遠いのが現実です。そんな中、欧米を中心に注目を集めている最新技術が気候工学 (ジオエンジニアリング) または太陽放射改変です。
 
太陽放射改変は、技術的にはサイエンス・フィクションではないのです。とりわけ、成層圏エアロゾル注入は自然現象を真似たものです。数十年おきに起きる大規模火山噴火に伴う反射性物質の大気上空への注入、それとともに起こる気候の冷却という一連の観測事実から、科学的に一定の信頼が置けるのです。スーパーコンピューターを用いた気候モデル研究でも同様な結果が得られます。つまり、地球を冷やす事は可能なのです。同時に、冷やし方が均一でなかったり、冷やしすぎた後で突然やめると急激な気温上昇が起こったりするなど、副作用やリスクも明らかになってきています。
 
そもそも、地球を冷やすことが可能だとしても、それは社会にとって良いことなのでしょうか。地球温暖化に限らず、科学技術イノベーションが加速する中、交流サイト (SNS) は民主国家の選挙に影響を与え始めており、ゲノム編集はデザイナー・ベイビーにつながる懸念もあります。太陽放射改変も同様です。科学的な効果や副作用は見通せても、社会的な影響はまだまだわからないことがあります。
 
例えば、仮に、太陽放射改変が大きな効果をもたらすと政策担当者や一般市民が勘違いしてしまった場合はどうなるでしょうか。太陽放射改変は地球温暖化を完璧に相殺するわけではなく、気候変動によるリスクを減少させるにすぎません。代替手段にはなり得ないのです。しかし、人間の心は弱いもので、旧来型の対策を求めてしまうかもしれません。これは (経済学の言葉を借りて)「モラル・ハザード」と呼ばれます。
 
また、太陽放射改変は実施だけを考えますとコストは安価であると考えられています。国際政治がますます分断される中、気候変動の影響を大きく受ける国が単独で実施する可能性は無いのでしょうか。
 
太陽放射改変の最大の課題は自然科学や技術ではなく、ガバナンスであると、2009年の英国の王立協会の報告書は述べました。それから10年以上経ったあと、欧米では社会的な側面やガバナンスについては議論が一定量、蓄積されてきました。しかし、この技術は欧米だけでなく世界全体に影響を及ぼし得ると言うことです。地球は一つしかないので、日本も、新興国も、アフリカなどの発展途上国も、この技術の影響から逃れることができないのです。好むと好まざるとに関わらず、日本も含めて世界の各国がこの技術の役割について考えていく必要性があるのです。

 

(紹介文執筆者: 未来ビジョン研究センター 准教授 杉山 昌広 / 2022)

本の目次

第1章  深刻化する気候変動
    1-1 影響をもたらしつつある地球温暖化
    1-2 未来の地球温暖化
    1-3 地球温暖化の影響
    1-4 気候変動に関する誤解
 
第2章  不十分な対策と気候工学の必要性
    2-1 加速する温暖化対策
    2-2 ゼロにすることの難しさ
    2-3 新たな対策の必要性
 
第3章  気候工学とは何か―分類と歴史
    3-1 気候変動対策の定義と分類
    3-2 気候工学小史
 
第4章  CO2除去 (CDR)
    4-1 様々なCO2除去
    4-2 CCS付きバイオマス・エネルギー
    4-3 直接空気回収
    4-4 ガバナンスと政策
 
第5章  地域的介入
    5-1 極域への介入
    5-1 グレート・バリア・リーフを雲で冷やす
 
第6章  放射改変 (SRM)
    6-1 様々な放射改変
    6-2 火山噴火による気温の低下
    6-3 エアロゾル注入のモデリング
    6-4 放射改変の評価
 
第7章  放射改変の研究開発―屋外実験と技術
    7-1 研究が研究室を離れるとき
    7-2 スコーペックス・プロジェクト
    7-3 どのように実施するのか
 
第8章  ガバナンス
    8-1 気候工学の最大の課題
    8-2 「ガバナンス」と呼ぶ理由
    8-3 市民の意見で方向性を決める
    8-4 ガバナンスの現状
 
第9章  人々は気候工学についてどう思うか
    9-1 市民の反応
    9-2 ステークホルダーの反応
    9-3 全世界の人々に耳を傾けるには
 
第10章 日本の役割
    10-1 中規模な民主主義の国の役割
    10-2 専門家居の弱い意識
    10-3 市民の弱い意識
    10-4 これからの日本の方向性
 
おわりに――人新世における気候工学
 

関連情報

著者インタビュー:
日本人が知らない、温暖化対策の「キケンな最終手段」があった…!“ジオエンジニアリング”とは何か? (『現代ビジネス』 2021年5月3日)
https://gendai.media/articles/-/82328?page=1&imp=0
 
関連記事:
気候操作で温暖化は防げるか (『Newton』 2022年11月号)
https://www.newtonpress.co.jp/newton/back/bk_202211.html
 
イーロン・マスクも注目の気候工学。温暖化を力づくで抑える技術は必要か? (Business Insider 2021年6月18日)
https://www.businessinsider.jp/post-236859
 
~特集~ 地球を人工的に冷やすジオエンジニアリング (三井住友ファイナンシャルグループホームページ)
https://www.smfg.co.jp/sustainability/report/topics/detail112.html
 
書評:
くらしナビ・環境: 記者が薦める環境問題の一冊 (『毎日新聞』 2022年8月23日)
https://mainichi.jp/articles/20220823/ddm/013/040/012000c
 
書評 (『エネルギー・資源』Vol.42 No.6 2021年11月号)
https://www.jser.gr.jp/wp-content/themes/jser/pdf/magazine/2021_11.pdf
 
温暖化への対策に現実味も (『日本経済新聞』 2021年6月21日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO72806020R10C21A6MY6000/
 
永田希 評「知られざる気候工学の世界をわかりやすく紹介」 (『週刊金曜日』1332号 2021年6月11日)
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2021/06/15/book-110/
 
本よみうり堂: 瀧澤弘和 (経済学者 中央大教授) 評 (『読売新聞』 2021年5月30日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20210529-OYT8T50154/
 
書籍紹介:
【6月は環境月間】神をも恐れぬ...... 人間が「気候を操作する」気候工学とは何か? (J-cast 2021年6月10日)
https://www.j-cast.com/kaisha/2021/06/10413189.html

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