東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

青灰色の無数の線が交差する抽象模様

書籍名

セクシュアリティの歴史社会学 新装版

著者名

赤川 学

判型など

514ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2024年5月

ISBN コード

978-4-326-60370-1

出版社

勁草書房

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

セクシュアリティの歴史社会学

その他

1999年初版 (〈書物復権〉2024共同復刊)

英語版ページ指定

英語ページを見る

本書は、近代日本において人びとが「性」をどのように理解し、語り、社会の中で位置づけてきたのかを、歴史社会学の方法によって明らかにした研究です。セクシュアリティは生物学的な現象としてだけでなく、人びとが「性」として認識し、意味づけることで成立する社会的な現象でもあります。本書は、その変化の過程をたどることで、近代社会の価値観や規範がどのように形成されてきたのかを読み解こうとするものです。
 
とりわけ本書では、自慰 (オナニー) をめぐる言説の変化が詳しく分析されています。明治期の『造化機論』や大正期の通俗性欲学では、身体や精神に深刻な害をもたらすとする「強い有害論」が広く受け入れられていました。これに対し昭和前期には、大きな害はないができるだけ控えるべきだとする「弱い有害論」へと変化し、さらに昭和後期になると、性の発達や性生活にとって必要な行為とみなす「必要論」が広がっていきます。この推移は、性に関する社会的理解そのものが歴史の中で大きく変わってきたことを示しています。
 
こうした変化の背景には、性の意味づけそのものの転換がありました。近代初期には、性欲は抑制すべき本能として捉えられる傾向が強く、「性欲=本能」という理解が支配的でした。しかし次第に、性は人格形成や自己理解、対人関係と結びついたものとして語られるようになり、「性=人格」という見方が広がっていきます。その過程で、性を親密な関係性の中で理解する「親密性」のパラダイムが優勢となり、セクシュアリティは人間のアイデンティティや親密性の問題として位置づけられていきました。
 
こうした意味の変化は、教育、医療、家庭、国家といった社会制度の変化とも密接に関係しています。本書は、セクシュアリティをめぐる言説の歴史をたどることで、近代日本社会の価値観や社会の仕組みがどのように形づくられてきたのかを明らかにします。
 
本書の特徴は、セクシュアリティを単なる文化や思想の問題としてではなく、社会の制度や人びとの行動、知識のあり方と結びつけて分析している点にあります。性に関する考え方が変わることは、社会のあり方そのものが変わることでもあるのです。
 
大学で学び始めた学生にとって、本書は、身近なテーマを手がかりに社会の仕組みを考える社会学の面白さを知る入口となる一冊です。普段当たり前だと思っている価値観が、歴史の中で形づくられてきたものであることに気づくことで、社会を多角的に見る視点を身につけることができます。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 赤川 学 / 2026)

本の目次

復刊にあたって
まえがき
 
[理論編]
 
第一章 セクシュアリティの概念定義をめぐって
 1 「セクシュアリティ」という概念
 2 <本質主義・対・構成主義>再考
 3 ジェンダー、セクシュアリティ概念定義の本質的困難
 4 セクシュアリティ概念の言語論的転回
 5 無定義概念としてのセクシュアリティ
 
第二章 歴史社会学としてのフーコー
 1 フーコー・インパクト
 2 近代主体の系譜学――フーコーの研究遍歴
 3 セクシュアリティの歴史
 4 フェミニズムとフーコー
 5 言説分析という方法
 6 言説分析への援軍
 
第三章 セクシュアリティの歴史社会学の方法基準
 1 社会学における、テーマとしての「性愛」の浮上
 2 テクスト・クリティークについて
 3 言説の「質」の問題
 4 性愛の理論化
 5 セクシュアリティと主体性の理論図式
 6 日本社会診断の問題
 7 セクシュアリティの歴史社会学への出立
 
[歴史編]
 
第四章 開化セクソロジーのエピステーメー
 1 『造化機論』の登場
 2 開化セクソロジーに対する評価
 3 開化セクソロジー・ブームの全貌とその問題系
 4 処女膜の近代
 5 開化セクソロジーの情欲論
 
第五章 オナニー有害論の内発的発展
 1 上野―小田論争で残された問題
 2 開化セクソロジーにおけるオナニー言説
 3 近代以前の日本社会におけるオナニー観
 4 オナニー有害論の内発的発展論
 
第六章 オナニー有害論の言説化
 1 開化セクソロジーとの断絶
 2 医学界の成立と『東京医事新誌』誌上のオナニー論争
 3 オナニー言説の領域分化
 4 新興学界・版図拡大戦略としてのオナニー有害論
 
第七章 「性欲」の誕生と通俗性欲学のエピステーメー
 1 「性欲」という概念
 2 大拙の「性慾論」
 3 通俗性欲学のエピステーメー
 4 開化セクソロジーと通俗性欲学の断絶
 
第八章 性欲のエコノミー問題
 1 発動し、処理せねばならぬものとしての性欲
 2 性欲のエコノミー問題
 3 夫婦間性行動のエロス化
 
第九章 「強い」有害論
 1 オナニー有害論に対する社会学的説明
 2 オナニー有害論/無害論の恣意的線引き
 3 「強い」有害論の言説編制
 4 生きられた現実としての「強い」有害論
 5 オナニー有害論のナショナリズム
 6 性欲を統御する主体と修養・立身出世
 7 オナニー有害論の階級/階層性
 
第一〇章 「弱い」有害論
 1 「弱い」有害論の言説編制
 2 「万病の基パラダイム」の終焉
 3 オナニー有害性のラベリング理論
 4 オナニーの規制緩和とオナニストの囲い込み
 5 統計のトリックとレトリック
 6 養生訓パラダイムとフロイティズムシンクレティズム
 
第一一章 性欲自然主義と性=人格論
 1 性欲自然主義
 2 もう一つの性欲論:性=人格論
 3 性=人格論の源流1:恋愛至上主義
 4 性=人格論の源流2:純潔教育
 
第一二章 性欲のエコノミーの変容
 1 「セクシュアリティの近代」の階級/階層問題
 2 澤田順次郎主幹・性雑誌の読者層
 3 戦時期・戦後期の連続/不連続問題について[中間考察]
 4 性欲のエコノミー秩序の完成態
 5 オナニーの規制緩和
 6 純潔/処女/童貞規範の変容
 
第一三章 オナニー至上主義とセックス至上主義
 1 オナニー経験の変容
 2 医学部内のオナニー必要論
 3 オナニー言説の哲学化・文学化
 4 オナニー言説の大衆化
 5 オナニー至上主義とセックス至上主義
 6 女性のオナニー論
 7 性=人格論の分裂
 
第一四章 性欲のエコノミーから親密性パラダイムへ
 1 オナニー有害論の生成と消滅
 2 セクシュアリティに関する二つの意味論
 3 同性愛言説の変容
 4 性欲のエコノミー秩序の崩壊
 5 親密性パラダイム
 6 夫婦間性行動の脱エロス化
 7 性=人格論という梏桎
 

あとがき
引用・参考二次文献
引用・参考一次文献
事項索引
人名索引
 

関連情報

著者インタビュー:
ポルノやエロスが社会学に?セクシュアリティの研究について聞いてみた|東京大学赤川学教授インタビュー【前編】 (『Hey! Lab』 2020年2月6日)
https://hey-labo.com/labo/akagawa-u-tokyo/blog/18
 
セクシュアリティから少子化問題へ。フェイク情報が広まる歴史を分析する|東京大学赤川学教授インタビュー【後編】 (『Hey! Lab』 2020年2月13日)
https://hey-labo.com/labo/akagawa-u-tokyo/blog/19
 
書評:
西村大志 (京都大学) 評 (『ソシオロジ』45巻2号p.146-154 2000年10月31日)
https://doi.org/10.14959/soshioroji.45.2_146
 
大山治彦 (四国学院短期大学) 評 (『家族社会学研究』12巻1号p.137-140 2000年7月31日)
https://doi.org/10.4234/jjoffamilysociology.12.137
 
張競 評 (『ALL REVIEWS』 2017年11月9日)
https://allreviews.jp/review/1433
 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています