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書籍名

東アジアの家族とセクシュアリティ 規範と逸脱

著者名

小浜 正子、 板橋 暁子 (編)

判型など

402ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2022年2月

出版社

京都大学学術出版会

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東アジアの家族とセクシュアリティ

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本書の副題には「規範と逸脱」とある。東アジア的な規範というと、儒教倫理にもとづく規範、すなわち孝行や忠義といったものが第一に想起されるかもしれない。しかし、『周易(易経)』等が説くように、儒教は森羅万象 (のうち人間社会) の起点を男女 / 夫婦とする。男女や夫婦の結合が父子に先立って形成されるのは当然のようでもあるが、君臣や師弟や友人同士といった、より高次の社会関係ではなく、生物的な意味での再生産の単位である男女もしくは夫婦、拡大して言えば家族が、「礼義 (秩序と道義)」の根源として設定され、後世では「夫婦は人倫の始め」という捉え方が普及してゆくことに留意したい。逆に言えば、「正しくない」男女 / 夫婦関係、「正しくない」家族のありかたは社会秩序の脅威となりうる (ゆえに公権力が規制すべき) と考えられたことも意味する。それは、儒教倫理の浸透が比較的薄れて価値観が多様化した現代の東アジア各国でも、今なお息づく発想であるといえる。
 
本書は「父系制家族、男尊女卑、同姓不婚などのジェンダーシステムが、東アジア各地の社会でいつ頃から、どのようにして形成され、如何に変容したかを、比較史的視点を持って研究する必要があり、近代前夜の近世社会における社会構造を古代以来の「伝統社会」を貫くものと無条件に受け取ってはならない」(小浜正子「総論 東アジアの家族とセクシュアリティの歴史」) という言明で始まる。比較史の視点からジェンダー構造の変動を明らかにすること、それが本書に通底する問題意識といえよう。
 
「比較」が強調されているように、本書が扱う地域・時代は偏りなく多様であり、執筆者の専門も社会学・文学・歴史学など多岐にわたることが特色である。本書は「I セクシュアリティ」「II 家族」という2部および両者をつなぐ「Connecting Section――リプロダクション」から構成され、「総論」のほか11篇の論文と4編のコラムを収める。
 
いずれもそれぞれのテーマにおいて最新の知見を提供するものだが、不特定の読者に向けてとくに選ぶならば、ジェンダーや社会階層や出身国などの属性を問わず、いかなる人間も当事者の一端となりうるテーマを扱う「Connecting Section」収録の論文2篇、すなわち代理出産に代表される生殖補助医療をめぐる論考を挙げたい。同テーマに関してはすでに専門家による著書が数多く上梓されているが、本書の成果も含めて議論が深められてゆくことを期待したい。
 
なお、本書を通じて東アジアのセクシュアリティと家族の歴史的変遷に興味を持たれた方には、本書の筆頭編者である小浜正子氏が『近代家族とフェミニズム』等で著名な社会学者の落合恵美子氏とともに編者を務めた『東アジアは「儒教社会」か? : アジア家族の変容』(京都大学学術出版会、2022年) もお勧めしたい。同書は家族のありかたも含め、社会のさまざまな局面において、現代の我々が“伝統的”と考える基本的な枠組みが形成された近世の東アジア (ベトナムを含む) 各地に比重を置いた論集であり、家族制度の儒教化が進行する近世を経た上での近代化の経験そして現代における継承と変容という大きな流れを示すものである。
 

(紹介文執筆者: 附属図書館 助教 板橋 暁子 / 2023)

本の目次

総論 東アジアの家族とセクシュアリティの歴史[小浜正子] 
 
I セクシュアリティ
 
第1章 冷戦体制と軍事化されたマスキュリニティ
   ――台湾と韓国の徴兵制を事例に[福永玄弥
 はじめに――近代国民国家とセクシュアリティ
 1 台湾
 2 韓国
 おわりに――冷戦体制と軍事化されたマスキュリニティ
 
第2章 中国における包括的性教育の推進と反動
   ――『生命を大切に:小学生性健康教育読本』を事例に[郭 立夫]
 はじめに
 1 中国における性教育とその実践
 2 マイノリティの連帯としての包括的性教育
 3 『生命を大切に』の挫折
 おわりに
 
第3章 中国のフェミニズムとセックスワーカー運動
   ――2000年以降、両者の連帯に至るまで[遠山日出也]
 はじめに
 1 2000年頃までの売買春政策とセックスワークをめぐる議論
 2 2000年以降の政策の変化とセックスワーカー
 3 鄧玉嬌事件をめぐって
 4 「売買春一掃」と「セックスワーカーデー」
 5 東莞における売買春一掃をめぐって
 6 連帯の形成要因
 おわりに
 
第4章 台湾LGBT文学の現在
   ――「新しいホモノーマティビティ」への対抗[白水紀子]
 はじめに
 1 エイズの問題
 2 同性婚・家族の問題
 3 周縁に追いやられた人々――貧困・老い
 4 LGBT 文学とは
 
コラム[1] 女性の作り手による韓国独立ドキュメンタリー
    ――ビョン・ヨンジュから女性映像集団ウムまで[油谷佳歩]
 
Connecting Section――リプロダクション
 
第5章 中国における生殖補助医療規制に見る排除と包摂
   ――代理出産をめぐる議論を中心に[姚 毅]
 はじめに
 1 中国におけるART に関する法規制と現状
 2 条件付きでの代理出産合法化賛成論
 3 代理出産慎重論・反対論
 4 誰がどのように利用すべきか――排除と包摂の原理
 おわりに
 
第6章 アジアにおける代理出産ツーリズム
   ――拡大から廃止、そして法制度化へ[日比野由利]
 はじめに
 1 商業的代理出産と利他的代理出産
 2 拡大から廃止、そして法制度化へ
 3 親族間の人道的代理出産を法制化したベトナム
 4 非商業的代理出産を法制化したタイ
 5 インドにおける利他的代理出産の導入 (その1)
 6 インドにおける利他的代理出産の導入 (その2)
 おわりに
 
コラム[2] 女性映像集団ウムによる映像作品
    ――韓国フェミニズムの一コマ[油谷佳歩]
 
II 家族
 
第7章 敦煌書儀はかく語る
   ――婚礼史上の“唐宋変革”[下倉 渉]
 はじめに
 1 妻方での挙式
 2 『封氏見聞記』が伝える「拝堂の礼」
 3 建中元年の婚礼儀改革
 4 「婦見舅姑」の儀における拝礼
 おわりに
 
第8章 近世中国における生命発生論
   ――母子間の継承関係と父系制[佐々木愛]
 はじめに
 1 母子間における気の継承
 2 「父は種・母は園」――魏禧と魏際端
 3 強固な父子継承を支える気の思想
 おわりに
 
第9章 魏晋南北朝時代の「以妾爲妻」「以妻爲妾」について[板橋暁子]
 はじめに
 1 魏晋時代の「以妾爲妻」「以妻爲妾」
 2 南北朝時代の「以妾爲妻」「以妻爲妾」
 おわりに
 
コラム[3] 清代の宮廷歳時とジェンダー[小川快之]
 
第10章 清代の地方志における同姓通婚と同姓不婚[五味知子]
 はじめに
 1 中国における同姓不婚
 2 地方志の風俗関連の記述にみる同姓通婚
 3 地方志の人物に関する記述にみる同姓不婚
 おわりに
 
第11章 人民共和国建国初期の大衆運動と主婦
   ――上海市家庭婦連を中心に[泉谷陽子]
 はじめに
 1 家庭婦連の会員と活動
 2 抗米援朝運動と家庭婦連の改組
 3 反革命鎮圧運動と家属座談会
 4 婚姻法貫徹運動と家庭婦連
 おわりに
 
コラム[4] 塞外の都市奉天にとっての女性
    ――上海女性のとある軌跡を手がかりに[上田貴子]
 
索引
執筆者紹介

関連情報

書評:
熱田敬子 評 (『ジェンダー研究:お茶の水女子大学ジェンダー研究所年報』第26号 pp. 130-131 2023年)
https://www2.igs.ocha.ac.jp/gender/gender-26-2/
 
赤枝香奈子 書 (『比較家族史研究』第37号 pp. 229-233 2022年)

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