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第8回「やっぱり物理が好き!」を開催 ~物理に進んだ女子学生・院生のキャリア~

掲載日:2024年1月30日

2023年11月25日 (土) 、カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) と物性研究所、宇宙線研究所の主催により、物理を学ぶ女子学部生及び女子大学院生の支援を目的に第8回目となる「やっぱり物理が好き! ~物理に進んだ女子学生・院生のキャリア~」をオンラインで開催しました。今回は15名の参加がありました。本イベントは、様々な講師の方をお招きしてキャリアパスを提示すると共に、参加者同士のネットワーク作りや物理学分野 (物性・物質科学、物理工学、素粒子・原子核、宇宙・天文等) の魅力を伝える機会として行われてきたものです。

冒頭に東京大学副学長を兼ねる物性研究所の森初果教授より、第8回となった「やっぱり物理が好き!」が始まった経緯や開催趣旨そして講師の紹介といった内容の開会挨拶があり、講演に移りました。

1人目の講演者は、パナソニックホールディングス株式会社のテクノロジー本部 マテリアル応用技術センターで主任研究員として働く竹内圭織さんで、「いつもそばに、物理」と題して講演しました。冒頭ではまず、学部から修士に進学し、就職活動を経てパナソニックに就職するまでを紹介しました。具体的には、学部は東京理科大学で学び、大学院入試を経て東京大学の修士課程に進学。修士では物性研究所の松田巌研究室でX線を使った材料物性の研究に携わるなど物理の最先端研究に従事することが出来たと述べていました。そして、就職活動では自分の強みや弱みが何かを探り、手先が器用であることやコツコツ何かを積み上げていくことが得意なことを気づきとしてメーカーを志望したと語りました。引き続いて、パナソニック就職後はどのような製品や材料の開発に携わったかを詳細に紹介していました。最初に配属された部署は化学専攻の方がほとんどでついていくのに苦労したと語る一方、これまでの会社生活で物理を学んできたことが活かされており、物理に支えられたと実感していると述べました。中でも、自身がコツコツと研究を進めてきた結果、3分で充電できる全固体リチウムイオン電池の開発に成功したことを紹介。是非、自分の好きなことや得意なことを伸ばし、自分の強みを作っていって欲しいとのメッセージを参加者に述べて講演を締め括りました。

2人目の講演者は、高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所助教の清水志真さんで、「素粒子の世界に戻ってきた!」と題して講演しました。清水さんは3年間の専業主婦期間を経て一昨年に研究の世界に戻ってきました。その経験も交えながら、学生時代から現在にかけてどのようなアカデミックポストに就いて研究をしてきたのかと、それに伴うライフイベントをどう迎えてきたのかを時系列で紹介していました。冒頭でまず素粒子物理学の概要を述べたあと、英語に苦手意識はあったものの「物質が何から出来ているのか」という自身の興味を優先して学生時代に高エネルギー粒子衝突実験の道に飛び込んだことを述べました。修士から博士課程ではドイツの DESY 研究所で行われていた ZEUS 実験に参加し、博士取得後はCERN の LHC 加速器を使った ATLAS 実験に参加してきたことを紹介。そうした中で迎えた結婚や妊娠、出産といったライフイベントやその時々で考えていたことや悩んでいたことについても具体的に語りました。一旦、アカデミックポストの職が切れたものの、出産・育児で研究を中断した研究者に向けた日本学術振興会の特別研究員 RPD に採用されたことで、原子核物理学研究で研究者としてのキャリアを再開。その後に高エネルギー加速器研究機構の現在の職に就いたことでATLAS 実験に再び参加するようになったことを紹介しました。とはいえ、子育てもあることから、研究者の夫と子供達の送迎を分担するなど1日のスケジュールを工夫して過ごしていることや、時に出張もこなすなど、大変だと思うことは多々ありつつもなんとか研究の日々を送っていることを最後に紹介しました。そして、参加者に対するメッセージとして「自分にとっての正解は自分で作るもの。是非いろいろな人を見て欲しい。キャリアと生活の様々な組み立て方を見ると勇気が出てくるかもしれません」と述べ、講演を締めくくりました。


3人目は、理化学研究所仁科加速器科学研究センター室長を兼ねる東北大学理学研究科教授の肥山詠美子さんで「目に見えないミクロの世界に魅せられて」と題して講演しました。冒頭で自身の経歴について紹介した後、「物理がどうして好きになったのか」「どういうきっかけで研究者の道を選んだのか」の2点については人との出会いが重要だったと語り、自らのキャリアに大きな影響を与えた3名の方とのエピソードを紹介しました。1人目の中学校の理科の先生と2人目の高校の物理の先生は、いずれも教え方が大変上手で理科や物理がとても好きになったこと、特に、高校の先生は、物理好きにしてくれただけでなく、物理の中でも特に興味を持った原子核について更に学ぶにはどうしたら良いかという相談に乗ってもらい、大学で物理学科に進むという進路選択のきっかけとなったことを語りました。そして3人目は九州大学で原子核理論の研究者として教鞭を執っていた上村正康先生で、授業ではその時の世界最前線の研究を紹介し、世界を相手に競争することの大変さや楽しさを話してくれたと語りました。なかでも、「クーロン力が働く3粒子系の運動方程式を精度良く解くこと」が当時の最先端であり、ある国際会議において、アメリカやロシアのグループが計算に10時間かかったと発表のあったところ、九州大学の日本グループはなんと3分で計算結果を出したという話を授業で楽しそうに紹介されていたこと。加えて、「九州大学の3体計算理論は誰でも使いやすく、マスターすれば早くから世界最前線で研究できる」という話にとても感動すると同時に迷うことなく原子核理論の研究者としての道を選ぶことに決めたと語りました。その後は博士課程取得後のアカデミックポストでの経験や自身の現在の研究内容の概要について紹介しました。特に、ストレンジクォークを含む核子であるハイペロン間の力の理解は中性子星研究では不可欠であり、ハイペロンの力の相互作用を3体問題、4体問題として解くことを理論からアプローチしており、原子核物理実験や天体物理学の研究者とも連携し研究を行なっていることを紹介しました。そして最後に、研究会や国際会議で印象深い講演を行うことを大学院生の頃から心がけてきたことをはじめとして研究者にとって必要な心構えを語ると共に、中高大の3名の先生方の講義を参考にして自身の大学の授業でも「楽しそうに、熱心に」講義することを心がけていることを述べました。そして、今回の講演も、参加学生の皆さんにとって人生の参考になればと語り講演を終えました。


4人目は、日本中性子科学会会長やニュートロン次世代システム技術研究組合 T-RANS 理事長を兼ね、理化学研究所光量子工学研究センター中性子ビーム技術開発チームのチームリーダーとして働く大竹淑恵さんで、「理研小型中性子源システムRANSプロジェクトの設立から今日まで―女性PIだから?-」と題して講演しました。冒頭で経歴を紹介し、素粒子理論で博士号を取得後にどのような経歴を辿って現在従事している小型中性子源システムの開発に携わるようになったのかを説明していました。これまで、中性子の装置は大型で世界的にも数が少なく利用頻度が少なかったものの、中性子は透過能が高く非破壊分析もでき、元素分析も可能と言った優れた性質から新しいソリューションとしての価値が高く、中性子の小型装置の開発が望まれていたことを説明。そして、具体的にどのようなニーズがあり、そのニーズにあわせて行なってきた検出技術や装置開発の事例を紹介していきました。例えば、社会インフラである橋梁の点検車に載せるための装置の開発や、土木研究所からの依頼で技術開発して実現にこぎつけた屋外でコンクリート内の塩分の分析をする装置の開発などについて語りました。とはいえ、こうした装置は開発するだけでは現場ですぐに利用はできず、点検支援のカタログに載せて誰でも使えるようにしなければいけないという制約があったことも紹介。そのために土木会社なども含む組合を作ってカタログに掲載する作業を行なったことや、点検支援のためにベンチャーを立ち上げてその技術アドバイザーになった経験なども紹介。何を研究したいか、実現したいのか、目標の実現のためであれば自ら立ち上げることも厭わないなど、周囲の様々な方の協力を得ながら邁進してきたと語りました。そして、もう一度経歴の紹介に戻って、中性子の小型装置の開発という形で研究室PIとなるまでには介護や看護で研究に専念できない時期もあったことや、海外でポスドクをしていた時期には日本国内で男性社会との戦いに疲れて日本で研究を続けるつもりがなくなっていたという当時の気持ちについて述べていました。しかしながら、ある先生から日本でも研究できるとの言葉を頂いたことや人との出会いがあって、理研で研究室PIというチャンスをもらい今の研究があると述べました。そして自分の強みとしては、そもそも理論から実験に来たこともあって「知らないということを知らないと正直に述べることに躊躇がないこと」「目標がはっきりしていれば多くの人に協力してもらい、多くを教えてもらいながら常に進化させていけること」があったかもしれないと語り、新しい分野を作っていくには国内外、企業であるか研究所であるかといった組織の別などは関係なく人とのコラボレーションが必要であると語り、講演を締めくくりました。


なお、講演の合間には、物性研究所近藤研究室博士課程1年の福島優斗さんによる案内でレーザー角度分解光電子分光 (ARPES) の装置の紹介が行われました。

また、閉会挨拶では、物性研究所の松田巌教授が講師の先生方や本イベントへの支援をいただいたキオクシアホールディングスへの感謝などを述べました。閉会挨拶後は、自由参加の形式で SpatialChat を用いた交流会が行われ、3つの研究所から計4名の大学院生がTAとして、参加学生からの質問に個別に答えるなどしました。また、講師やスタッフへも積極的に話しかけて、沢山の質問を投げかける参加者の姿も見られました。


参加者アンケートからは、
「実際に子育てとキャリアの両立ができている方もいらっしゃるということを知ることができた」
「研究者になるために今からやりたいこと、試したいことが見つかった。」
「ライブイベントとキャリアアップに関するモデルや、自分になかった考え方を得られた」
「大学で物理をやり抜き通すことができれば、大学を出ても物理に関連したことをやることができる場所があると分かった」
など、参加者から前向きなコメントや感想が寄せられました。



写真. 第8回やっぱり物理が好きの講師、参加者、スタッフの様子
(※集合写真撮影時にビデオ表示されていない参加者もいらっしゃいます)


写真. オンラインで行われたレーザー角度分解光電子分光 (ARPES)の装置紹介。右は案内を担当した近藤猛研究室博士1年の福島優斗さん


写真. SpatialChatを用いた交流の様子
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