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トルコ・シリア地震と情報のデザイン ――発災直後、被災状況を伝える衛星画像はどう現地に届いたか

掲載日:2023年3月10日

トルコとシリアで発生した大地震は甚大な被害をもたらしました。災害の全貌を把握するために出来ることは何か、発災直後に衛星画像マップを公開し、被災情報を発信し続けている渡邉英徳先生に聞きました。

トルコ・シリア地震 衛星画像マップ

即時性のある情報発信をデザインする

── トルコとシリアの地震について、翌々日(2023年2月8日)には発信を開始されていました。

今回の地震は、衛星画像を提供する企業(後述)が社会貢献とおそらくは企業価値のアピールのために、ウクライナ戦争を契機として衛星画像データを無料公開するようになってから起きた、初めての大規模な災害でした。そこで、生の衛星画像データをもとにして被害を分析し、状況を俯瞰する動画をツイッターで発信したところ、公開後1週間で約2万8000人のトルコのユーザーからアクセスがありました。当時は現地上空の悪天候により光学的な撮影による観測が難しく、人工衛星からマイクロウェーブを地上に発射し、反射されてきた信号をもとにして地表を観測する「SAR(Synthetic Aperture Radar、合成開口レーダー)」のデータからイメージを合成しました。

── 現地からの反応はどのようなものでしたか?

今回の地震における被災範囲はたいへん広く「個々の地域の被害状況だけではなく、全体像を俯瞰したい」という要望が、トルコの方々から多く寄せられました。必要な情報がトルコ政府からは出てこない状況において、衛星画像をリアルタイムでウェブに公開する私のツイートは、トルコ語に翻訳され、拡散されていきました。トルコ国営放送(TRT)やアナトリア通信(国営通信社)からも取材があり、地元の人々に届いた実感があります。

というのも、発災直後のタイミングで公開されているデータをスマートフォンで簡単に見られるように加工し、発信した人は他にいなかったようです。生データに適切な情報デザインを施すことによって、一番必要としている人々に情報を届けることができる。トルコ現地からの大きな反響は、このことの証明になっており、大いに勇気づけられました。

── 「情報デザイン」にあたって、どのような処理や作業をされたのでしょうか?

代表的な衛星画像企業である「MAXAR Technologies」は、最新で高精細な衛星画像を、誰でも自由に使えるオープンデータとして災害時に公開しています。しかし実際には、数百メガバイトもある大きなファイルがサーバにただ置かれているだけです。GIS(地理情報システム)を扱える専用のソフトウェアが無ければ、ファイルを開くことすらできません。

まず、どんなに最新であっても生の衛星画像データをただ眺めるだけでは、どこが被災しているのか分かりません。そこで、過去の衛星画像と見比べつつ、破壊箇所をしらみつぶしに探し当てました。次に、それらの被災箇所を順次、自動的に表示していくように、ストーリーテリング型のデジタルマップ「トルコ・シリア地震 衛星画像マップ(Satellite Images Map of Turkey-Syria Earthquake)」を作成しました。

これはドイツ在住のジャーナリズム関係者が「トルコ・シリア地震 衛星画像マップ」を紹介してくれたツイート(2023年2月11日)で、トルコ語で「新画像!!!!!」と書かれています。このマップはウェブブラウザがあれば閲覧できますから、パソコン・タブレット・スマートフォンを使えば、誰でもアクセスすることができます。トルコ国内外のジャーナリストや地理情報に関心のある方などが、マップの情報を現地の言葉でも発信してくれています。

── 「誰でもアクセスすることができる」ものであったために、活用されていったのですね。

このデジタルマップは、地震で地表に現れた断層を探すことにも役立ちました。地表の割れ目の開始地点を衛星画像上で見つけ、割れ目を連続的に辿ることができるようにストーリーマップを構成します。こうして可視化することによって、断層が集落を貫いており、断層に沿って建物群が破壊されていることなどが分かってきます。このマップを活用した専門家が画像から新たな断層を発見することもありました。

さらに、デジタルマップを操作している様子を短い動画にして、ツイッターで発信しました。マップに直接アクセスしなくても、そこから得られる知見を届けられるようにするためです。こうして、衛星画像の提供元の企業と、情報を求めている人々との橋渡し的な役割を果たすことになりました。

発災から20日後、ようやく「グーグルアース」でもMAXAR Technologiesの衛星画像が参照できるようになりました。しかし、災害対応としては遅いように思われますし、専用のデスクトップアプリをインストールしないと閲覧できず、一般ユーザーには敷居が高いのです。

今回の地震では、オリジナルの衛星画像データは専門家・災害対応の組織などのプロフェッショナルにしか届いておらず、一般の人々には扱いにくいということを改めて実感しました。スピーディに、かつ誰でも被害状況を観られるようにデジタルマップを公開した点に、私たちの仕事の意義があります。

状況を多面的に「可視化」する

── 被災したトルコとシリアでは、被害にどのような違いが見られますか?

シリアの都市は、トルコと比べると低層の建物が多いため、衛星画像を眺めても、壊れている箇所を識別しづらいのです。そこで、SARによって地上の起伏を検出する技術を応用しました。地震により地上物が破壊されると、起伏が変化する。つまり、被災前後でSARのデータを比較し、差が現れているところ、この画像で赤く示した箇所が、破壊されていることが推測できます。トルコに比べ報道される機会が少ないシリアでも、実際にはひどい被害が生じていることが分かり、さらなる支援が必要だということです。

―― 被災地や被害情報をマッピングする際に大切なことは?

例えば、地中海沿岸の港湾都市・イスケンデルンの火災は日本でも報道されましたが、消火後、この町は忘れ去られているといってもいい。しかし衛星画像マップを参照すると、多数の高層ビルが崩壊しており、多面的な被害がみえてきます。

東日本大震災では発生から1年後、「東日本大震災マスメディア・カバレッジ・マップ」という、震災後のマスメディア報道がどのように変遷したか、報道の空白地域がどこかわかるマップを作成しました。例えば茨城県における津波被害は、ほとんど報道されなかったことなどが見えてきます。この経験を活かして、シリアのように、メディアでは取り上げられづらい地域の被害状況を可視化し、支援の手が届くようにしたいと考えてきました。

今回の地震でも多く報道されている都市のカフラマンマラシュとアンタキヤはおよそ170キロ離れています。これは日本でいえば、東京から福島県いわき市の距離と同じです。その間には、報道されないけれども壊滅的な被害を受けた街が多数存在します。そうした「目立たない」被災地の情報こそ、求められているのです。

―― 今後に向けて、どんなことが進んでいますか?

地元の有志によるフォトグラメトリ(3Dデータ)の作成と公開も始まっています。これらの3Dデータは、被災状況を立体的に捉えるための重要なものです。ウクライナ戦争の3Dマップで培った技術を用いて、マップへの掲載を始めています。

災害の発生から、あっという間に時間は経過していきます。今回の衛星画像マップはリアルタイムに構築し、リアルタイムに役立てられてきました。一方、これからの復興に活かすためにも、被災状況をいつでも参照できる場所としてのアーカイブ化が必要になってきます。その際には、これまでに手掛けてきた東日本大震災関連のデジタルアーカイブなど、被災地の方々とも中長期的なコミュニケーションを継続して行うさまざまなマッピングや可視化の知見が生かせると思っています。

そして、こうした活動を社会全体で支えていく仕組みも必要です。東日本大震災から12周年を機に、東京大学基金「戦災・災害のデジタルアーカイブ基金」を立ち上げました。デジタルアーカイブの開発・運用、若い世代の育成や被災地との連携に活かしていきたいと考えています。
 

渡邉先生写真

渡邉英徳
WATANAVE Hidenori
情報学環・学際情報学府 教授

東京理科大学理工学部建築学科卒業。筑波大学大学院システム情報工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)。2018年より現職。「ヒロシマ・アーカイブ」「忘れない:震災犠牲者の行動記録」「沖縄戦デジタルアーカイブ~戦世からぬ伝言~」などを制作。著書に『データを紡いで社会につなぐ』(講談社現代新書/2013年)、共著に『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書/2020年)など。

写真:中島みゆき

取材日:2023年2月27日
取材:寺田悠紀、ハナ・ダールバーグ=ドッド

 

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